「東日本支部便り」カテゴリーアーカイブ

東日本支部便り 7月号    『未来世紀ブラジル』と“Voila!”

中村佐知子(東北大学)

何かが完成したとき、日本語で「じゃーん!」や「じゃじゃーん!」と言いますが、英語では“Voila!”と言います。英語と言ってもこの単語の響きからも推測できるようにフランス語の借用語です。この言葉がとても印象的に使われているのが、テリー・ギリアム監督のディストピアSFの傑作『未来世紀ブラジル』(Brazil, 1985)です。主人公サムの母親が若返り手術を受けるシーンで、担当医が手術完了とともに「どうだ!」と言わんばかりの得意顔で“Voila!”と言います。この映画を初めて見たとき「私もこんなふうに得意気に“Voila!”と言ってみたい…」と感じたことを覚えています(のちに実践しました)。映画は、「使える英語表現」にあふれた最高の教材です。

単語やフレーズが、どのような場面で使われているのか知りたい。こんなとき、とても役に立つのがYouGlishです。

YouGlish

https://youglish.com/

YouGlishで単語やフレーズを検索すれば、YouTube内の動画でどのように使われているのかがすぐ分かります。ためしに“voila”で検索すると、1572件の動画がヒットしました。詳しく見ていくと、“voila!”と言うとき、両手を広げるジェスチャーをする人がいることが分かります。ただ、全員がおおげさにジェスチャーつきでこの表現を使う、というわけでは決してなく、まったく強調せずに、とてもさりげなく使う人も見られます。TEDTalkなどのスピーチでもよく使用されているようです。

“no offense”「気を悪くしないでもらいたいのだけど」というフレーズも見てみましょう。988件のYouTube動画がヒットしました。こちらも詳しく見てみると、“no offense to 人”という形でよく使われています。そして、この表現の意味から当然推測されることではありますが、 “no offense”と言ったあとには苦言や批判が述べられています。興味深いのが、笑いが起こる場面がしばしば見られたということです。まじめなシチュエーションで使われることもあれば、ユーモア交じりに使われることもある表現だと言えそうです。

もうひとつ見てみます。“Are you with me”で検索すると2283件ヒットしました。この表現は、何かを説明している途中で「話についてきていますか?」と、理解を確認するために使われています。また“Are you with me so far?”「今のところ話についてきていますか?」や“Are you with me still?”「まだ話についてきていますか?」などの形でもよく使われることが分かります。プレゼンをする際にとても効果的なフレーズです。

言葉がどのように使われているか。個々の使用例を動画で詳細に観察することで、大きなデータで傾向を分析するだけでは把握できない、その言葉の特性が浮かび上がってきます。単語やフレーズの性格を踏まえた上で、会話でそれらをうまく使えたときの喜びは格別です。英語の一学習者としてこれからも英語を観察し、トライアル&エラーを繰り返しながら果敢に使っていきたい、こう考えています。

※YouGlishの検索件数はすべて2022年6月17日時点のものです。

助動詞 “may” から見えるアンの魅力(『ローマの休日』(Roman Holiday, 1953))

濱上桂菜(獨協大学)

2022年5月13日、『ローマの休日』の新しい吹替版がテレビで放送されました。映像と効果音・音楽はそのままで、次世代の声優たちが登場人物に新たな声を吹き込みました。以前の吹替版に馴染みのある方にとっては違和感があったかもしれません。しかし、新しい吹替版では、多くの人にとって聞き覚えのある声優さんが一人は見つかったかと思います。白黒映画を見たことがない人であっても、親しみを持って見ることができたのではないでしょうか。

この映画で英語の勉強になるのは、助動詞のmayです。mayの意味の一つとして、「許可」を思い出す人も多いでしょう。主人公の王女アンは次のように言っています。(以下例文の日本語訳は5月13日放送の吹き替え版です。)

・You may sit down.「さぁ お掛けになって。」

・You may call me Anya.「では こう呼んでください。アーニャと。」

これらの文中のmayは「許可」を意味します。しかも主語がyouですから、聞き手に対して許可を与えています。

ただし、このようにmayを使って聞き手に許可を与えるのは、今風に言うと上から目線の言い方です。封建制度下のような身分の違いが明らかな社会では用いられていましたが、現在社会では使われていません。たとえ1953年に制作された『ローマの休日』の頃であっても同様に、ずいぶん高圧的な上から目線の言い方です。確かにアンは王女ですから「許可」のmayを使う立場ではあります。しかし、しがない記者のアパートに押し込んで眠りこけていたパジャマ姿の来客が言うのですから、滑稽ですね。

聞き手に許可を与えるmayの使用は今日廃れましたが、聞き手に許可を求めるmayは今日も使われます。

・May I have some?「私にもください。」

上の文は、ジョーがお酒を飲んだときに、王女アンの言葉です。アンがお酒を貰う許可を求めているのです。このmayの使い方は一般的ですから、mayで笑うところではありません。(ただし、フラフラの状態でもなおアルコールを飲もうとするアンの姿に笑うところではあります。)

このように同じ「許可」を意味するmayであっても、You may …(聞き手に許可を与える表現)は高圧的すぎて今日使われませんが、May I … ?(聞き手に許可を求める表現)は今も使うことができます。

身分を隠してたった1日の「休日」を楽しむ王女アン。最初はmayを使うなどして王女らしさを隠せずにいるので滑稽です。いかにも王女らしいこのようなセリフは、この映画では重要な役割を果たしていると思いませんか? 最初に王女らしさが目に付くぶん、徐々に現れてくる少女としての自然体のアンに私達は強く惹かれていくように思うのです。

“Collections of Idiomatic Expressions on YouTube”

Ryan Spring (ATEM East, Tohoku University)

There is a YouTube channel called “As Easy As Pie.” It has a nice collection of various phrases and idiomatic expressions that appear in popular American and British TV shows. Each video contains an explanation of what the phrase or idiomatic expression means and then shows at least one clip from a television show where it is being used in context. Some video contain multiple examples. This channel is potentially useful for use either in the classroom (i.e., showing specific examples to students) or for guided study outside of the classroom. Students could also use the channel for self-study, as it includes definitions, explanations, and practical examples of the phrases and expressions in use. 
Here are the benefits and drawbacks to this particular channel:
Benefits:
1. Being a YouTube channel, you can search for specific phrases or expressions WITHIN the channel. Any videos will follow the same easy-to-use format. 2. There are a wide range of phrases and expressions.3. There are explanations, definitions, and practical examples created from authentic video materials 
Drawbacks:1. The channel has a limited number of phrases and expressions, so teachers may have to plan their lessons/quizzes/etc. around what exists on the channel.
2. There is no way to add your own
Overall, this can be a powerful tool either for encouraging students to study, or to provide easy to understand examples when one of the phrases or expressions that you want to teach appears within the channel. Here is the channel link:https://www.youtube.com/channel/UCfG86_GaWYrGZlj05TArkrg

An interesting future study could be to link this to corpus studies, or to create our own ATEM channel that would be based on the expressions and phrases that we think are important or that might supplement or compliment this channel.

『96時間』(Taken, 2008)における英語の「脅し文句」

小泉勇人(東京工業大学)

『96時間』(Taken, 2008)で役者リーアム・ニーソンが捲し立てる脅し文句を耳にして震え上がらない観客がいるでしょうか。『96時間』は、周りから心優しく無害だと思われていた人間の劇的な変貌を描いた傑作活劇だと言えましょう。中年男ブライアン・ミルズ(ニーソン)は離婚した後、溺愛する娘キムのパリ旅行をハラハラして見送ります。心配性の彼は、パリに到着し次第、彼が住むアメリカの自宅に電話をかけるようキムに頼みます。ところが、キムがパリのホテルからミルズに電話をかけたまさにその時、誘拐犯が侵入しキムを闇の売春組織の元へ連れ去ろうとするのです(原題がTakenなのはこれが由来)。キムが連れ去られた後、携帯を拾い上げた犯人の息遣いがミルズの耳に伝わります。ミルズがそこで取った行動は、1ミリも怯むことなく、退官した鬼のCIA工作員としての冷酷な脅し文句を誘拐犯に突きつけることだったのです:

Bryan Mills:

If you’re looking for ransom, I can tell you I don’t have money but what I do have are a very particular set of skills. Skills I have acquired over a very long career. Skills that make me a nightmare for people like you. If you let my daughter go now, that will be the end of it. I will not look for you, I will not pursue you. But if you don’t, I will look for you, I will find you and I will kill you. (参考YouTube動画:https://www.youtube.com/watch?v=jZOywn1qArI)

映画は時に強烈な「脅し文句」を教えてくれます。このわずか1分程で、ミルズは誘拐犯に自分の意思・能力・条件・宣告を誘拐犯の耳に叩き込むのです:

①身代金を払う余裕はない点(I don’t have money)

②誘拐犯を追い詰める能力がこちらにはある点(Skills that make me a nightmare for people like you)

③娘を返せば不問にする点(I will not look for you, I will not pursue you.)

④娘を返さないなら絶対に追い詰めて、殺すという揺るぎない決意(I will look for you, I will find you and I will kill you.)

この脚本術の骨子は、ミルズが何百回となく修羅場を乗り越えてきた人物であることを観客(と誘拐犯)に瞬時に理解させることにあります。強烈なのは①-③から続く④の宣告、話者の決意表明と、これから怒涛のように展開される鬼の追跡劇を予告する発言だと言えるでしょう。事実『96時間』は、優しい優しい好人物を絵に描いたような俳優リーアム・ニーソンが鬼と化し、愛娘を救出せんと拷問と破壊の限りを尽くしながらパリを激走する物語なのです。

 ところで本作は、ミルズを演じるリーアム・ニーソンの役者傾向が鮮やかに戯画化された映画でもあります。ニーソンが演じる役は、喜怒哀楽で言えば哀と怒の振り幅が異常に大きい傾向にあるのです。確かにニーソンと言えば『シンドラーのリスト』(Schindler’s List, 1993)でユダヤ人救出に命をかける静かなる男を演じたことでも、よく知られた名優です。『ラブ・アクチュアリー』(Love Actually, 2003)での、死別した妻の連れ子の世話を焼く優しい継父も記憶にあります。『スター・ウォーズ エピソード1/ ファントム・メナス』(Star Wars: Episode I – The Phantom Menace, 1999)にて弟子を導く雄大なジェダイを演じてもいました。

 一方、キレる役者芸もニーソンの強みだったに違いありません。『ロブ・ロイ/ロマンに生きた男』(Rob Roy, 1995)では静かに怒りをために貯めこんでついには爆発させるスコットランドの英雄を演じたのもニーソンです。サム・ライミ監督作『ダークマン』(Darkman, 1990)で、心根の優しい科学者が異常なまでの怒りを爆発させる難役を嬉々としてこなしていたのも、ニーソンです。(参考動画:景品のぬいぐるみをくれない意地悪な射的場の店員にキレるニーソン。https://www.youtube.com/watch?v=lbdeAhpIPhE&ab_channel=Movieclips)。つまりニーソンは研究を重ねてきていたのです、一見穏やかで実際にそうなのだけれと一度キレると止まらない男の役を・・・。その一つの到達点こそが他ならぬ『96時間』だったのではと、今になって見れば納得も行こうものです(振り返れば『シンドラーのリスト』ですら、ホロコーストに無関心だった男がやがてユダヤ人の救世主へと変貌していくという、「豹変する怒りのニーソン」的話型として読めてしまうから不思議なものです)。

 改めて『96時間』は、役者リーアム・ニーソン固有の十八番演技をこれでもかと生かした活劇であり、その口から発せられる「脅し文句」は、2000年代ジャンル映画史上において絶大なインパクトを残しました。この台詞に込められたニーソンの揺るがない意思を読み取り、音読し、暗唱しましょう。力強い英語です。あなたが何かと闘わなければならない時、心の中の鬼のニーソンがきっと背中を押してくれることでしょう。