<食>を巡る映画で学ぶことばと文化ー 『マダム・マロリーと魔法のスパイス』(The Hundred-Foot Journey, 2014)の場合

題名 

日影尚之 麗澤大学  

 大学の授業で<食>を巡る映画を扱っているのですが、今回はその中からラッセ・ハルストレム監督の『マダム・マロリーと魔法のスパイス』(The Hundred-Foot Journey, 2014)の場合を例として取りあげたいと思います。(以下、ネタバレがありますのでご了承ください。)

 インドからヨーロッパに移住した Kadam家の次男 Hassan は、フランスの地方でインド料理のレストランを開きますが、通りを挟んで真向かいにはマダム・マロリーの由緒あるフレンチレストランがあり、この両レストラン(両家)間のバトルが展開します。フランス料理を独学で勉強し、能力を認められた Hassan はやがて、敵対する両レストランを隔てる通りーインド文化とフランス文化を隔てる壁ーを超えて、マダム・マロリーのレストランの厨房で活躍することになります。

 ある先生からもご指摘いただいたことですが、英語のタイトルの “hundred-foot journey” 「徒歩で百歩の旅」とは、通り一本超えるだけの短い距離でも、その文化的壁を超えることの困難さを“journey” という英語で表現しているのです。同じ「旅」や「移動」を意味する英語でも、例えば travel, trip, journey, tour, voyage, pilgrimageなどがありますが、journeyは比較的長い困難を伴う旅の場合に使ったり、何かを学ぶプロセスの比喩として使ったりします。「精神的な旅」のような使い方です。

 さて、Hassanの評判は地方を超え、彼は前衛的な料理の発明(innovation)の最前線であるパリの研究所に招聘されますが、最終的に彼はまた地方に戻り、マダム・マロリーからフレンチレストランを引き継ぐという、移民男性のサクセスストーリーです。

 さて、話題をジェンダーに移します。フランスに移住してきた Kadam 家を最初に助けたり、Hassan にフランス料理の教科書を借してくれたりしたのは、フレンチレストランで働くMarguerite という若い女性です。Hassanは彼女をビジネスパートナーそして人生のパートナーとして、2人でフレンチレストランを引き継ぎます。また、まだインドにいた当時、Hassanに料理の “こころ”を教えてくれたのは亡き母ですし、母の形見である「秘密のスパイス」一式を彼は大切にします。亡き母が彼の人生の成功を陰から支えています。<食>つまり料理を通じた移民のサクセスストーリーの表に出るのは Hassanという男性、重要な役割を果たすが、陰でサポートするのが女性という構図になるでしょう。もちろんここでいう料理は、いわゆる“家庭料理”ではなく、キャリアとしてのプロの料理であることにも注意する必要があるでしょう。

参考文献:Laura Lindenfeld & Fabio Parasecoli, Feasting Our Eyes: Food Films and Cultural Identity in the United States, Columbia University Press, 2017.