藤田久美子(進学塾TOMAS講師・元白梅学園大学講師)
私が大学で英語講師をしていた頃には、映画が最良の教材だと考えて、かなり多くの映画を使用してきましたが、「どんな映画をどんな意味で使ったらよいのか」、また、「どんなやり方で教えるのが良いのか」等の問題はいつも考えていた問題でした。
私は言語学や英語教育の専攻ではなく、関心を持っているのは文学や歴史、さらに言えば、文学に描かれる人間関係なので、使用する映画は「文学的意味を持つもの、何らかの問題を提起するもの」であって相当優れたものを、と考えていました。しかも対象となる学生は、児童教育や地域支援などを専攻する人達だったので、そうした彼らの専攻を考慮する必要もあると考えて、「家族関係」や「家庭の中の子供の問題」等を扱ったものも使いました。
学生に好評で、何度も使った映画の中に、「アンネの日記」がありました。この映画は、元々第二次大戦中のナチスドイツ占領下のアムステルダムで、極めて不自由な狭い隠れ家暮らしを強いられたアンネ達(アンネの家族と、別の家族、さらに家族ではない男性の合計8人)の姿を描くもので、アンネの書いた実際の日記に基づいて映画化され、演劇としても何度も上演された有名な作品ですが、学生達は、名前は知っていても映画は観たことがないので、大変楽しみにしていたようでした。そうは言っても、私の使ったのは、50年以上前に公開されたモノクロの映画で、しかも上映時間は3時間余りと長く、重要な問題を扱ったものであるとは分かっていても、果たして教材として適当なのか、と心を悩ませたものでした。
しかしそうした私の心配も、映画の内容と表現の迫力が学生達を圧倒したようで、結局杞憂に終わりました。
さて、この映画の特徴はどんなところにあるのでしょうか?主人公のアンネは、確かに
家族と共に、普通ならとても暮らしてなどいけない狭い場所に隠れて暮らさねばならず、しかも、下の階は普通の会社が入っているので、昼間は、その人々に分からないように、じっとしていなくてはなりませんでした。改めて考えてみると、大人だって大変な状況を、わずか13歳のアンネとペーター、それにアンネの姉のマーゴットは、耐えたのです。アンネは特に積極的で活動的な性格の少女でした。そのアンネが、また、アンネの家族(父、母、マーゴット、アンネ)とペーターのファンダーン一家、さらに、歯医者の中年男性であるデュッセルと共に生活しながらも、時にいらいらして諍いをすることはあっても、心理的に変調を来たしたり、発狂したりすることは決してなかったのです。ですから、この映画は、決して声高に反戦を叫び、惨たらしい戦場の場面を見せることなく、しかし明らかに、何の罪もないのに、犠牲を強いられたユダヤ人家族の、極めて不自由ではあるけれど、淡々とした、節度ある、信仰に基づいた生活を描いていくものなのです。そうであるが故に、益々彼らの悲劇が(勿論アンネの家族以外にも、大勢の人々が同じ運命に会いましたが)私たちの胸に迫るのです。
そうした明らかに異常な、時にはひもじさに苦しみ、普通ならとても我慢が出来ないような生活の中でも、主人公のアンネは、少しずつ肉体的にも、心理的にも成長していきました。
初めの内、思春期の少女にありがちなように、彼女は母親に多少反発しており、父親を慕っていました。それは、この映画の中では、アンネが、友達のザンネが収容所に入れられ、ただ死を待つだけ、という恐ろしい夢を見てうなされ、それを母親が慰めようとするのに、アンネは、母よりも父に傍にいてもらいたいと言って、母を悲しませる、という場面に現れています。そして、この場面は、アンネの日記の中では、次のような表現で描かれています。
日記のなかでは、友達の名前はザンネではなく、リース(Lies)となっています。実際はそうだったのでしょう。
Oh, God, that I should have all I could wish for and that she should be seized by such a terrible fate. I am not more virtuous than she; she, too, wanted to do what was right, why should I be chosen to live and she probably to die? What was the difference between us? Why are we so far away from each other now?
母を傷つけてしまう幼いアンネですが、同時に、幼いながら、このようなことが考えられるとは、人間として素晴らしいことだと感じます。彼女自身辛い生活を強いられながら、“私は望むもの全てを持っているのに、彼女(リース)は、こんな過酷な運命に捕らえられているなんて・・・”と、アンネは友達のことを本当に真剣に憂いています。映画の場面とは多少違いますが、実際の日記には、アンネの心情がはっきりと述べられているので、他の箇所も含めて、これらの何か所かを読解のために使いました。
ペーターの父であるファンダーン氏が、ひもじさに耐えかねて、ただでさえ少ないパンを盗んで、アンネの母から酷く非難され、ここから出ていってほしい、と言われる切ない場面などもあり、彼らの暮らしが如何に限界ギリギリのものであったかがわかるのですが、そのような時にも、アンネの父のオットーが冷静に皆を説得して、気持ちを落ち着かせるのが印象的です。
アンネ達のいる場所は、彼らの隠れ家となった屋根裏部屋で、外に決して出ることの出来ない彼らの生活は単調だと思いがちですが、“自分たちの存在を絶対に知られてはならない”という彼らの心理的及び肉体的緊張が、観る者に十分感じられ、階下の会社に泥棒が入った時や、猫のムーシが何かから飛び降りた音を、見回りのゲシュタポに聞かれた時には、“万事窮す!”と思って、息をのむことになるのです。彼らの隠れ家は、遂にゲシュタボの知るところとなり、皆それぞれナチスの収容所に送られていくのだ、ということを知っていても、私たちは、彼らが命の危機に会いそうになるたびに、彼らとともにスリリングな緊張感を味わうことになるのです。本当に、ジョージ・スティーヴンス監督は、アンネが日記に記した実際に起きたことを、第一級の優れたサスペンスに仕上げたと言えるでしょう。
アンネとペーターは、初めの内は、悪口を言いあったりしていましたが、やがてその距離を縮めていきます。アンネは将来の夢をペーターに語り、二人はお互いに最も理解し合える存在であると思うようになります。アンネが、精一杯のおしゃれをして、ペーターの部屋を訪れる場面は、如何にも思春期の女の子らしく、微笑ましい場面です。
連合軍によるノルマンディー上陸作戦が始まったことをラジオで知り、皆はもう少しの辛抱だとお互い励まし合いますが、同時に、近くの店や住まいから、人々が次々と連れ去られていく様子も隠れ家の窓から見えるのです。そしてアンネとペーターは益々距離を縮め、二人はよく誰も来ない屋根裏部屋へ行って、お互いの考えを伝えあいます。アンネの次の台詞は、素晴らしいものです。
When I think of all things out there, trees, flowers and those seagulls,
When I think of the dearness of you, Peter, and the goodness of the people we know,
Mr. Kraler and Miep, the vegetable man, all of them risking their lives for us every day,
When I think of these good things, I’m not afraid anymore. I find myself…and God, …
We’re not the only people that have had to suffer. There have always been people that
have had to. Sometime one race, sometime another.
I still believe in spite of everything that people are really good at heart.
この瞬間、ゲシュタボの車がサイレンを鳴らして近づいてきて、アンネ達の隠れ家があるビルの前に止まります。アンネとペーターはしっかりと抱き合い、隠れ家の皆は、大騒ぎもせず、観念していたかのように、日頃から準備していた自分のリュックを手にとります。それは1944年8月4日のことでした。その後、隠れ家の皆は、それぞれの場所(収容所)に送られていきます。アンネと姉のマーゴットは、初めの2か月はアウシュヴィッツで、母と一緒に過ごせましたが、その後、二人はベルゲン・ベルゼン収容所に送られ、劣悪な環境の中でチフスに罹り、まずマーゴットが、次にアンネが1945年3月頃に亡くなりました。ベルゲン・ベルゼン収容所が、イギリス軍によって解放されたのは、そのわずか後の4月15日の事でした。
アンネのような運命を辿った少年少女は、他にも沢山いたでしょう。また、ナチスの収容所に送られたのはユダヤ人だけではなく、社会主義者や同性愛者なども多くいました。そして、現在では、このような酷い迫害の歴史を経験したユダヤ人の国家であるイスラエルが、パレスティナの人々に対して相当酷いことをしているのも事実です。一体民族の対立、宗教的対立とは、何なのでしょう?大昔から存在する一筋縄では解決できない問題ですが、その根元は、やはり、他者への不寛容、差別、無理解ではないでしょうか?私は、この映画を使って、英語学習としては、セリフの読み取りと聞き取りを主にやってきましたが、この、“他者への不寛容”という問題を自分のこととして考えてほしい、というのが私の願いでした。外見、年齢、職業、国籍、学歴、社会階層、その他による差別意識は、私たちの心の中にないでしょうか?多分無意識にそれらの差別意識は、私達の心理の中にあり、それをある程度当然のこととしているのではないでしょうか?この、一見地味ではあるけれども、観るべき優れた映画である、ジョージ・スティーヴンス監督作品「アンネの日記」を皆で観ていろいろ考えたことは、決して無駄ではなかったと思います。
(参考資料)
- Anne Frank. (1952) The Diary of a Young Girl (Bantom Books)
- 小川洋子. (1995) アンネ・フランクの記憶 (角川書店)
- George Stevens‘ Production of The Diary of Anne Frank(1959)