映画のスピーチシーンに見るコミュニケーション


守田 美子 (大妻女子大学)


映画の中で、登場人物のスピーチが全体のストーリーのハイライトになっていることは珍しくありません。2014年に公開の映画 『グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札』(オリヴィエ・ダアン監督)もそのひとつです。

主人公のグレース・ケリーはアメリカに生まれ育ち、ハリウッドスターとして輝かしいキャリアを築いた後、1956年に26歳でモナコ君主のレーニエ大公と結婚してモナコ公妃となりました。映画では、結婚6年後の1962年に舞台を設定し、「おとぎ話のプリンセス」ではなく、ひとりの女性として苦悩するグレース公妃を描きます。ただし、実在の人物を主人公にしていますが、史実を交えつつ、映画ならではのフィクションも取り入れて製作されたものです(以下、映画内容の核心に触れる箇所を含みますので、視聴していない方はご注意ください)。

問題のスピーチシーンは、グレース妃が各国首脳や著名人を招いたモナコ赤十字主催の舞踏会での挨拶です。このスピーチは、実は最初から最後まで間接的な表現や比喩の連続です。ここでは、その中にある次のセリフを取り上げたいと思います。

And in a way that is why… That is why I am Monaco.

表向きは大公妃の挨拶ですから、「皆様、モナコへようこそ。モナコは素晴らしい国です。わたくしは人道的精神に則り、皆様と同じように、愛に溢れたよりよい世界が実現を求めて努力してまいります」といったことが述べられるのですが、本当に伝えたいメッセージは別にあり、上に挙げた「私はモナコ」というメタファーを含んだセリフが、それを読み解くカギとなっています。

複雑なスピーチの背景にあるのは、当時のモナコと隣国フランスとの緊張関係です。この時、フランスのド・ゴール大統領は、国境封鎖という圧力をかけて、モナコ公国に税制度の見直しを迫っていました。以前からモナコの税金政策がフランスの国益を損なっているという不満を持っていたからです。モナコは国面積がバチカン市国に次ぐ世界第2位と小さく、海岸線を除いた全ての国境はフランスと接しています。国境封鎖は公国にとって存亡の危機に他なりません。映画の中では、グレース妃が舞踏会を開催した真の目的は、大国フランスを怖れてモナコを支援しない欧米諸国を味方につけること、という設定になっていました。

スピーチは、各国からモナコに足を運んでくれた招待客への感謝から始まります。次にグレース妃は、結婚してアメリカからモナコに移り住んで以来、モナコは私の家であり、国民は家族だ、なぜなら私はモナコを選択したのだからと話します。これに続くのが、「だから私自身がモナコなのです」という、先に引用したセリフです。その後、私はたとえ軍事侵攻されても逃げることなく、愛のある世界を信じて、世界をより良くするため、自分ができる努力を続けると言った決意を述べています。

主語は私(=グレース妃)となっていますが、「私はモナコ」と宣言すれば、その後の主語は全て、モナコに置き換えることが可能になります。スピーチ前半のグレース妃は、映画スターから大公妃に転身した「おとぎ話のプリンセス」そのものです。彼女は、人々が自分に求める「理想の女性像」を完璧に演じて、招待客を魅了します。そして、後半は自分とモナコを一体化させて、自身に集めた共感を一気にモナコの国際的立場への理解につなげていきます。

この場面は史実というより「映画的な演出」である可能性が高いと言われていますが、印象深いシーンです。ニコール・キッドマンが演じるグレース妃のスピーチは、美しく、けなげな風情でありながら、大公妃としての威厳、そして身を挺してモナコを守ろうとする強い覚悟を感じさせます。論理明快なスピーチばかりが、人の心に伝わるとは限らないという当たり前のことを、私たちに改めて気づかせてくれます。