藤田久美子(進学塾TOMAS講師)
英語の授業で映画や歌を教材として使うことの意味については、すでに多くの方が論じていらっしゃり、わざわざ確認する必要もないとも言えますが、それでも、大学講師として英語を教えていた時には、私は毎年の授業の初めに、何度も自分で確認して、使用する映画や歌を選んでいました。映画に関して言えば、先ず何よりも、「俳優達の生の英語による、素晴らしい人間ドラマを見せることが出来る」という利点が挙げられます。フィクションではあっても、登場人物の喜びや悲しみ、苦悩、また、他者との関りを見、それについて考えることは、他の手段ではなかなか出来ないことです。大学の英語の授業の目的の一つは、英語の実力向上だけではなく、第一級の教材を使うことによって、異文化の人々の考え方や文化、歴史について学び、人間性を深めることにあると考えています。
歌についても同様のことが言えます。素晴らしい内容を歌った第一級の歌なら、十分に教材として使うことが出来ます。私は、英語学習には、音読が極めて大事であると考えています。英語のリズムは、日本語のそれとは相当違ったもので、何度も音読して身に付けていくより仕方がないものです。明治大学の斎藤孝教授は、「英語は日本語に比べて抑揚が大きく、英語らしく朗読しようとすればするほど、その朗読は演劇的に聞こえてくる」と述べています。(斎藤 2003)従って、何かの演劇のセリフや歌の歌詞を朗読してみることは、英語のトーン、次にはそれらの伝える感動を理解することにつながるはずです。歌詞は一種の優れた詩であると考えられるので、歌詞を朗読し、その意味を考え、その後実際に歌ってみることは、実に楽しく、意義あることであると思います。
【授業の導入として使う歌】
私は、授業の開始後すぐに15分程を使って、英語の歌を聞かせるようにしていました。授業のメインは、映画の一場面を見て、セリフの聞き取りと読み取りを行い、登場人物の心情とその場面の意味を考えることですが、その前段階として、英語の歌を聞いてリスニング・ディクテーションを行った後、歌詞を皆で朗読し、その意味を理解させることは、学生達の気持ちを英語に集中させ、やる気にさせるのに効果があったと思います。加えて、英語がそう得意ではない学生も、大部分の人たちが洋楽には関心を持っていることが挙げられます。しかし、英語のポップスはよく聞くけれども、意味をなかなか知ろうとしない人が多いのも事実です。
学生達が好きな曲であれば何でもいいとも言えますが、私は、出来ればクラスで見る映画の内容と関係のあるものがいいと考え、なるべくそうした歌を選んで聞かせました。
私が初めて自分でワークシートを作って学生たちに見せた映画は「フォレスト・ガンプ一期一会」でした。この映画は、多くの先生が教材として使われた経験がおありのようで、授業に適した良い映画であることは、すでに多くの皆さんがご承知でしょう。
この映画は、皆さんもよくご存知のように、トム・ハンクス演じるフォレストが主演の、深い意味での恋愛ドラマだとも言えますが、その外枠は、第二次世界大戦後のアメリカに降りかかった様々な状況であって、そうした状況にフォレストが否応なしに巻き込まれていく様子を描いています。そしてこの映画の正に素晴らしい点の一つは、フォレストが紡いでいく一つ一つのエピソードのバックに、そのエピソード、場面にぴったりの歌や音楽(演奏)が流れることです。この映画の監督であるロバート・ゼメキスと脚本担当のエリック・ロスも次のように言っています。
…The movie Forrest Gump is about time. A simple man’s journey through complicated times. The coming-of-age of a generation and a country. And at the heart of the story is the music. Music that lives with us, always there to remind us of the people, the places, and the events of our times. The music of Forrest Gump is as vital as any character—it is a character—complex, and exhilarating, humorous and heartbreaking, the essence of what we once were and will always be… (「Forrest Gump The Soundtrack—32 American Classics on 2 CDs—」より
このように、「フォレスト・ガンプ一期一会」に於いては、音楽や歌は極めて重要なものですが、その中で私が注目し、授業の初めに皆に聞かせてリスニングや朗読、内容解説をしたのは、「Blowing In The Wind」(風に吹かれて・Joan Baez歌、Bob Dylan作曲)、「San Francisco」(花のサン・フランシスコ・Scott Mackenzie)、それに、「Turn! Turn! Turn!」(ターン、ターン、ターン・The Byrds)でした。また、それに加えて、映画の中では歌われませんが、フォレストのジェーンへの深い愛を象徴する曲として、「Bridge Over Troubled Water」(明日に架ける橋・Simon & Garfunkel)も聞かせました。
「Blowing In The Wind」は、ボブ・ディラン作曲の、フォークソングの中で最も有名と言っても過言ではない曲で、この映画の中では、フォレストの幼馴染で、彼が愛するジェニーが、“ジョーン・バエズのような歌手になりたい!”という夢が破れて、酒場で酔った男たちにからかわれながら歌う歌です。ほとんど全裸で、ギターを抱えて歌うジェニーの姿を見かねたフォレストは、彼女を抱きかかえて外に連れ出します。そしてフォレストは、ジェニーに、ヴェトナムに行くことになったと話します。時はちょうどヴェトナム戦争のころです。自分を酒場から連れ出したフォレストに対して、ジェニーは、“Forrest, you stay away from me, OK?” と言いますが、フォレストのヴェトナム行きを知った彼女は、彼に次のように告げます。“If you are ever in trouble, just run, OK?”
ジェニーは子供の頃からいつもフォレストを気遣ってきて、フォレストも、何度も自分から離れていっても、いつもジェニーのことを想い、ずっと愛してきました。この場面は、是非クラスで見せたい場面ですが、その前にこの曲を聴いてリスニング練習をし、その後歌詞を考えてみることは、愛する人々を引き裂く残酷な戦争について考えることになり、意味あることだと思います。
「Blowing In The Wind」の歌詞の一部は次の通りです。
How many times must a man look up
Before he can see the sky?
Ane how many ears must one man have
Before he can hear people cry?
And how many deaths will it take till he knows
That too many people have died?
The answer, my friend, is blowing in the wind
The answer is blowing in the wind
この歌が作られたのは60年程前ですが、ウクライナやガザでの戦闘が続く現代でも、正にリアルな意味を持ち、心に迫る素晴らしい曲です。
「Bridge Over Troubled Water」は、この映画には出てはきませんが、歌詞がちょうど
フォレストのジェニーへの深い愛を歌ったとも取れるので、紹介して、リスニングをやってみるだけの意味があると考えました。
「Bridge Over Troubled Water」(「明日に架ける橋」と訳されていますが、troubled water とは、“荒れた海”、転じて“生きるのに辛い世の中”という意味だと思われます)の歌詞の一部は次の通りです。
When you’re weary, feeling small
When tears are in your eyes, I’ll dry them all
I’m on your side, when times get rough,
And friends just can’t be found
Like a bridge over troubled water
I will lay me down
Like a bridge over troubled water
I will lay me down
ほとんど宗教的な色合いすら感じさせるこの曲ですが、使われている単語や表現は易しいのに、歌われている内容は深く、正に聞き取りと部分ディクテーションをするのに適しています。
リスニングについては、曲を聞かせただけでは難しいので、私が再度比較的ゆっくりと読んだ後またやってみましたが、易しい単語や表現の聞き取りであっても、平均して6割程の正解率で、やはり相当難しいのだな、と感じました。内容の読み取りについては、時間の制約もあり、歌詞の意味を考えさせることは難しかったので、ワークシートに予め私の試訳を書いておきました。そしてリスニングの後には、なるべく皆で、歌詞を朗読するようにしました。
【最後に】
私は元々映画や歌が大好きで、英語を習い始めた頃も、主に英語のポップスやミュージカル映画で歌われる歌が教科書以外の大事な教材でした。英語の歌を楽しく歌いながら、英語の勉強をしていったのです。勿論人それぞれですから、歌が特に好きというわけではない方もいるでしょう。でも、歌や映画が好きな方は、私が述べてきた方法を試してくださるといいと思います。同時に、素晴らしいセリフを覚えて(また、学生たちに覚えさせて)、それを、なるべく理想に近い表現で言ってみる(言わせてみる)こともよい練習方法だと思います。とにかく、英語の授業中は、じっと黙っているのではなく、声に出してセリフや歌詞を、またテキストの文章を読んでみる事が大事です。
【参考資料】
斎藤 孝. (2003). 『からだを揺さぶる英語入門』. 角川書店
藤田久美子(2013). 「リスニングとリーディングの応用学習~フォレスト・ガンプの愛のセリフを味わう~」. 『映画英語授業デザイン集』, スクリーンプレイ, 50~53.
The Best Of Simon & Garfunkel. ソニー・ミュージック エンターテインメント
Forrest Gump the Soundtrack(32 American Classics on 2 CDs)
「フォレスト・ガンプ 一期一会」. DVD. パラマウント・ジャパン