映画『メッセージ』(Arrival, 2016)に見る人生の選択


日影尚之  麗澤大学


 『ブレードランナー2049』や『デューン 砂の惑星』などでも知られるドゥニ・ヴィルヌーヴ監督のSF映画『メッセージ』(Arrival, 2016)について少し考えてみたいと思います。この映画の始まりと終わりは、同じ悲壮な弦楽曲にオーバーラップする主人公の言語学者Louise Banksの語りで繋がっています。プロット的には、宇宙船で地球の12か所に同時にやってきたまま宙でじっとしているエイリアン(heptapod)たちに対して、Louise が謙虚な態度で文字によるコミュニケーションを積み重ねながら、彼らの言語(つまり外国語)を学んでいきます。新しい言語を学ぶことは思考方法(Louise に関して言えばその時間認識や「原因ー>結果」などの固定観念)を変える(複眼化する)ことであり、次第に彼らのメッセージに気づいていき、大切なことばを知る/思い出す/伝えることで人類を戦争の危機から救うことになります。
 

エイリアン(alien:見知らぬ相手、馴染みのない存在、異なる者、外国人、宇宙人などの意味)に対して、Louise の方は必要以上に怖がることなく、防護服(鎧兜)を脱いでコミュニケーションを取ろうとするのに対して、「見知らぬ存在」を極度に警戒し、軍事力を誇示したり、勝敗や敵味方などの二項対立的思考(zero-sum game)にとらわ
れたりする軍および安全保障関係者(主として男性たち)の態度が対照的です。同じように、エイリアンが言う“weapon”を「武力」ととらえ、警戒と敵対関係・分断を強める地球各国の指導者に対して、そういう意味ではない、信頼と協力の方向に舵を切るようにと人類が異星人に教えられる経験をします。
 

 しかし、異星人とのコミュニケーションを通じてLouiseの人生には、物理学者Ianとのロマンスが生まれます。Hannahという回文のような名前をつけられた、やがて生まれ若くして亡くなるらしい娘のビジョンをはさんで、エイリアンたちの真意を理解しようと奮闘するLouiseの姿は、一人の人間として、先の運命を知っていてもその娘を産み育てる選択をする(そのことを受け容れた上で日々を生きていこうとする)物語にもなっています。映画の最後に主人公が語る静かな決意 “Despite knowing the journey and where it leads, I embrace it, and welcome every moment of it.”(どうなるかがわかっていたとしても、人生の瞬間瞬間を大切に生きていく)は、Everett Hamner (2017)が示唆するように、例えば、遺伝子研究の進展やそれに基づく確立的データの蓄積などにより、未来がある程度の確率で予想できるかもしれない時代を生きる我々が、そうした情報をどう受け止め、どう生きていくのかについて考えるヒントになるのかもしれません。


主要参考文献
Hamner, Everett. (2017). Editing the Soul: Science and Fiction in the Genome Age.
Pennsylvania State University Press.