タイパもいいけど:トウモロコシ畑を時速8キロの芝刈り機が行く

タイトル:タイパもいいけど:トウモロコシ畑を時速8キロの芝刈り機が行く
投稿者:藤倉なおこ(京都外国語大学)

タイムパフォーマンス(Time performance)、略してタイパ。つまり「時間対効果」を重視する若者が増えています。彼らは物心ついたときからインターネットが存在し、デジタルネイティブ(Digital native)とも呼ばれます。調べ物は図書館に行かず、手元のスマホを使います。目的地への到着方法はアプリで最短の方法を調べます。また、オンラインで結んでモニター越しに会えば、出かける必要もありません。

そんな人たちが『ストレイト・ストーリー』(The Straight Story, 1999)を観たら「辛気くさい」と思うかもしれません。主人公は杖の助けを借りて歩く73歳のアルヴィン・ストレイトです。ある日、何年も不仲にしていた兄のライルが倒れたとの電話があり、彼は会いに行くことを決意します。アルヴィンのアイオワ州の家からウィスコンシン州の兄のところまでは560キロの道のりです。参考までに東京-大阪間の鉄道営業距離が約550キロ、新幹線で約2時間半、車では一日あれば着く距離です。ところがアルヴィンは、時速8キロのトラクター型の芝刈り機に乗って6週間をかけてライルの元に向かいます。トラックに追い越され、自転車にも追い越され、芝刈り機は両側に見渡す限りのトウモロコシ畑が広がる道路をゆっくり進んでいくのです。タイパとは無縁です。しかし、この映画はなんとも言えない安らいだ時間の流れを感じさせてくれます。しかも驚くことにこれは実話を元にしています。

アルヴィンは旅の途中で出会ったサイクリストの若者に、老いについての深い洞察を語ります。

Alvin: You don’t think about getting old when you’re young. You shouldn’t.
(若いときは自分が年をとるとは思わんな。考えなくてもいい。)
Young Boy: Must be something good about getting old.
(年をとっていい事も何かあるでしょう?)
Alvin: Well, I can’t imagine anything good about being blind and lame at the same time, but… still at my age, I’ve seen about all that life has to dish out. I know to separate the wheat from the chaff and let the small stuff fall away.
(目も足も弱っていいことなどありゃせんが、経験は積むからな。年とともに実と殻の区別がついてきて、細かいことは気にせんようになる。)<00:54:20>
『ストレイト・ストーリー』(The Straight Story, 1999)

この会話の “to separate the wheat from the chaff”(実と殻の区別をつける)は、良いものと悪いもの、役に立つものと立たないもの、あるいは良い人、悪い人を見分けるという “idiom”(熟語)です。もとは、天国に迎えられる人と迎えられない人を分けるという、聖書の一節から来ていると言われています。子どもの頃から畑で働き、深くしわが刻まれた顔のアルヴィンが口にすると、さらに深く響きます。

旅の出会いの他にこの映画には大きな見所があります。それは地平線まで広がる広大なとうもろこし畑の情景です。アルヴィンが出発したアイオワ州は米国中西部、五大湖の西南に位置しています。米国には、“~ Belt”○○ベルト)と表現される帯状の地域がいくつかあります。例えばキリスト教の信仰心が厚く保守的な人たちが多いとされる南東部の帯状の地域を“Bible Belt”(聖書ベルト)、鉄鋼業が廃れてしまった五大湖東部の地域を“Rust Belt”(さびベルト)と呼びます。アルヴィンが進むアイオワ州からウィスコンシン州は、“Corn Belt”(とうもろこしベルト)の一部です。ここではいくつもの州に渡り、広大な土地でとうもろこしを栽培しています。それは実に、米国のとうもろこし生産高の80%に及びます。果てしなく広がる畑の中に高くそびえるサイロやとうもろこしを刈り取る巨大なトラクターは、ニューヨークなどの大都会とは対照的に、農業大国というもう一つの米国の姿を教えてくれます。タイパに疲れてゆっくりとした時間の流れを感じたいときにこの映画を観てください。アルヴィンのぼくとつとした語り口と芝刈り機の素朴なエンジン音が、きっと耳から離れなくなるでしょう。

Ought toの表す様々な感情

タイトル:Ought toの表す様々な感情
投稿者:衛藤圭一(京都外国語短期大学)

このコラムでは、学校英語などでshouldと似た意味とされることが多いought toの特徴について,映画などの英文を通じて見ていきたいと思います。従来、ought toとshouldは「忠告」や「義務」を表す点で共通しているものの、厳密に言えば、前者は決まり事などの客観的意味、後者は個人的意見のような主観的意味を表す点で異なると主張されてきました。一例として、Swan (1980)は(1)のような文では、客観的意味を表すought toの代わりに主観的意味のshouldを用いると不適格になるとしています。

(1) We ought to go and see Mary tomorrow, but I don’t think we will.(私たちは明日メアリーに会いに行かないといけないけど、私は行かないと思う。)

つまり、上の文でought toではなくshouldを入れると、「個人的に行かなければならないと思っているが私としては行くつもりがない」のように響き、but以下の主張と内容が矛盾することになります。

Close(1992)もSwanと同様に、以下のような棲み分けがshouldとought toに見られると述べています。

(2)
a. Applications should be submitted by March 31st at the latest.
(申込書は遅くとも3月31日までに提出されなければならない。)
b. You’ll have to make up your mind quickly. Applications ought to be in by tomorrow, and I doubt whether yours will arrive in time.(君は急いで願書を提出するかどうかを決めなければならない。願書は明日までに提出しなければならないが、早く決めないと願書の到着が間に合わないと思う。)

たとえば(2a)のshouldは単なる義務を表いていますが、(2b)のought toが表す義務には話し手の焦燥感や怒りといった感情を伴います。これは、ought toが義務を放置している点に注目を置いた表現であることから、「ぐずぐずするな」といった焦燥感や怒りなどの感情が生まれるためです。また、話し手が聞き手に早く遂行するよう促す場面では、shouldよりもought toが好まれるという趣旨の記述をCloseは行っています。その傍証として、ought toの使用例(2b)では先行文を通じて、締め切りが迫る中で応募を決めかねている聞き手に即断するよう促している点にご注目ください。

以上で述べた話し手の感情については、映画におけるought toの例でも観察することができます。(3)はため息をつきながら、救助隊である話者クルーズが中隊長ケイシーのふるまいを批判している場面ですが、ここではought toを用いることで話し手の焦燥感を表しています。

(3) I mean, you know I love Casey. But he ought to have more respect for Rescue Squad. (つまり、私がケイシーを好きなことは知ってるよね。でも、彼は救助隊にもっと敬意を払うべきですよ。)<00:12:29>
『シカゴ・ファイア』(Chicago Fire, Season 6, Episode 5, 2017)

Ought toが表す,話し手の感情は焦燥感だけではありません。たとえば次の例は話者ミッキーが「怒り」を露わにして責めている場面です。

(4) After all these years together, you don’t know what to do? You ought to be ashamed of yourself. Now, get out there and do it!(これまで何年も一緒にボクシングをしてきて、お前はどうしたらいいのかわからないのか?恥を知れ。さあ、ここから出て行って、戦うんだ!)<00:41:30>
『ロッキー 3』(Rocky III, 1982)

一方、下の(5)は別れて家を出ると告げた夫に対して、長年連れ添った話者Roseが涙を流しながら別の人生を送るよう告げている場面ですが、このような場合も妻の「悔しさ」や「悲しさ」といった感情を伴っているため、shouldよりもought toが好まれると考えられます。

(5) Well, maybe you ought to go on and stay down there with her. (じゃあ、そのままその女性と一緒に暮らした方がいいんじゃないの。)<01:19:28>
『フェンス』(Fences, 2016)

このように、ought toが使われる場合には、上記のような「話し手の感情」を伴う傾向があると言えます。もし映画を見ていて使用例を見つけたら、セリフが発せられる状況と話し手がどのような感情を交えて発話しているのかに注目してみてください。

Singularity―映画で学ぶ宇宙物理学(Interstellar, 2014)

タイトル:Singularity―映画で学ぶ宇宙物理学(Interstellar, 2014)
投稿者:井村誠(大阪工業大学)

シンギュラリティ(singularity)という言葉を最近よく耳にします。人工知能が人類の知能を超える転換期のことを指し、2045年にはそれによって予測不可能な事態が生じるだろうとも言われています。さてsingularityは「特異点」と訳されますが、何故そのような訳になるのでしょうか。この言葉は他の分野でも用いられます。数学では不連続で微分できない点のように、一般法則が成り立たない点のことを指します。1970年にフィールズ賞を受賞した広中平祐博士の研究は特異点に関するものでした。宇宙物理学ではブラックホールに特異点が存在すると考えられています。そこでは重力が無限大となって、物理法則が破綻してしまうことになります。そこで宇宙物理学の最前線では、そのような特異点を解消するために、一般相対性理論と量子理論を融合した統一理論(量子重力理論)が追究されています。

2014年に公開された『インターステラー』(Interstellar)では、現代宇宙物理学の研究が想像する宇宙の姿を垣間見ることができます。気候変動が進み人類の滅亡が迫り来る中、NASAは秘密裏に居住可能な別の銀河系惑星の探査を進めています。しかし何十万光年も離れた他の銀河系へと旅をするためには、ワームホールを通って時空を飛び越える必要があり、また巨大なブラックホールの超重力の影響で時間の進み方が異なるため、地球との時差が生じたりします。この映画の台詞の中から singularityが使われているシーンを見てみましょう。(字幕翻訳:アンゼたかし)

<01:05:41-01:06:08>
Cooper : Romilly, are you reading these forces?(ロミリー、重力は?)
Romilly : It’s unbelievable.(すごいぞ。)
Doyle : A literal heart of darkness.(まさに闇の奥だな。)
Romilly : If we could just see the collapsed star inside… the singularity, yeah, we’d solve gravity.(重力崩壊の中心「特異点」を観測できれば重力を解明できる。)
Cooper : And we can’t get anything from it?(観測は無理か?)
Romilly : Nothing escapes that horizon. Not even light. The answer’s there, just no way to see it.(なにも届かない。光さえも。答えは闇の中だ。)

この他にも数カ所singularityが登場しますが、いずれもブラックホールの中では理論上重力が無限となって、現在の物理法則では説明できなくなる限界が存在することを示しています。この映画はノーベル賞を受賞した理論物理学者のキップ・ソーン(Kip Thorne, 1941-)が製作総指揮を務めていることからも、きわめて科学的水準の高いScience Fictionであると言えるでしょう。

さてsingularityという言葉はもちろん「ひとつ」を表すsingleに由来しますが、singularを辞書で引くと「単数の」という意味の他に、「並外れた」「非凡な」「奇妙な」などの意味が出てきます。つまり「単数」というコアミーニングから「唯一の」→「独特な」→「風変わりな」という意味に拡張していったと考えられます。ですから、He is single. なら、「彼は独身だ」という意味ですが、He is singular. だと「彼は変わり者だ」という意味になるので注意が必要ですね。進化論で有名なチャールズ・ダーウィン(Charles Darwin, 1809-1882)は、ビーグル号の航海記の中で、finchというスズメに似た鳥について、“These birds are the most singular of any in the archipelago.” と記しています。つまりその種において独特である(only one of the kind)ということです。このようにsingularityはユニークで極めて特殊な点ということで「特異点」という訳になったと考えられます。Singularityという言葉の意味についていろいろな角度からアプローチしてみました。その意味合いや語感を掴むことができたでしょうか。

学校英語と映画のセリフ:映画で学ぶ英語の気づき

タイトル:学校英語と映画のセリフ:映画で学ぶ英語の気づき
投稿者:石原健志(大阪星光学院中学・高等学校)

映像メディアを英語学習に利用することで、「気づき」の度合いが高まることが期待されます。「気づき」はことばの学習に大切な役割を果たします。例えば、細かい文法規則がいつまでたっても身につかないのは、その知識が単に「理屈」として知っているだけにとどまってしまい、コミュニケーションの中で「使える」知識にならないためだと言われています。文法規則の定着は、学習者本人の気づきが大切だと言われています。肯定文から疑問文への変化や、英文法の穴埋め問題のような機械的な練習をいくら繰り返しても、そこで身につくのは、単なる記号的なやり方にとどまってしまいます。意味のある英語学習には場面設定のある練習活動が不可欠です。本稿では、映画『ハリーポッターと賢者の石』(Harry Potter and the Philosopher’s Stone, 2001)を使用して、中学で習う英文法の規則と映画の実例を照らし合わせ、英語学習の「気づき」に果たす役割について述べていきたいと思います。

最近の中学校の英文法書は記述が大変充実しています。『中学英文法 Fine [改訂版]』(渡辺, 2021)ではThere構文のthere is / are …に続く要素について次のように書いてあります。

「~」には不特定の名詞が入る。the・所有格の人称代名詞(myなど)・指示代名詞(this / that)など特定のものを指す語は使われない。
×There is the cat on the sofa.
(『中学英文法 Fine[改訂版]』p.144)

このような記述が中学校の英文法の参考書に記載されていることは、ひと昔前には考えられなかったのではないでしょうか。我々が思っている以上に学校英語が扱う英文法の記述は充実してきているのです。

しかしながら、このような規則を提示されるだけではなかなか英語学習は進みません。実際に映画を観てみると、ここで書かれた規則に反するように見える例も見つかります。次のセリフは『ハリーポッターと賢者の石』からのものです。

Ron: It’s a chessboard.(チェス盤の上だ)
Harry: There’s the door.(ドアがあるよ)
Hermione: Now what do we do?(どうする?)
<02:01:16>

このセリフでは、一見、先ほどの説明に反するようにThere’s の後に定冠詞付きの名詞句the doorが続いています。このようなセリフに出会うことは、英語学習の気づきに繋がる絶好の機会です。参考書に書いてあることと違う例に出会うことができるのが、映画など映像メディアの醍醐味です。ここで「例外に出会ってしまった。だから学校英語は役に立たない」としてしまうのは学習の機会を逃していることになります。例えば辞書を引いてみるのはどうでしょうか。そうすることで、今回取り上げた映画のセリフにおけるthere’s the 名詞句と学校英語の参考書に書かれた説明との違いに気づく機会になるでしょう。

英語学習は「気づき」を繰り返すことで英文法の理解が深まり、英語を使った様々なコミュニケーションの中で英文法のルールを使えるようになっていくのです。そういう意味で映像メディアは「英語の気づき」の宝庫だと言えます。また、中学英文法は英文法の基本ですが、必ずしも簡単であるわけではありません。「基本≠簡単」です。分かったつもりの中学英文法も、映像メディアの実例を通じて見つめ直すことで、きっと新しい気づきがあるでしょう。

メディアでひもとくspeaking of Xとspeaking of Wとspeaking of Z

タイトル:メディアでひもとくspeaking of Xとspeaking of Wとspeaking of Z
投稿者:倉田 誠(京都外国語大学)

ちょうど一年前の2022年1月の「映像メディアと英語」で、speaking of X (SoX)について映画やTOEICや入試問題からの用例を紹介しました。映画やドラマなどの話の展開の速い会話では、Xの部分に多義性をうまく使って、全く別の話題に話をすり替えるという「我田引水」的な会話の荒業も可能であることにも触れ、それを便宜上SoXPと呼びました。XPのPは「polysemy(多義)」を表すという意味です。今回も標準的なSoXの(1)の例を示し、その後にその亜種である(2)のSoXPを再掲するところから話を始めます。

(1) Good morning, everyone. Remember how we had been concerned about meeting our monthly sales goal? Well, the new sweaters have all been sold. However, now the storage room is a mess and needs to be cleaned up—we have a lot of empty boxes and packaging in there. I’ve updated the duty roster with this assignment. And speaking of the roster, I know some of you are planning on being away soon for vacation. Please make sure I have your time-off request forms by the end of the week.
(公式TOEIC Listening & Reading問題集6 Test 1 Part 4 #83-85)

この問題文は、会議での上司社員による発言の抜粋という設定のモノローグです。セーターの売り上げ目標が達成されたものの、収納庫の散らかり具合に対処する業務当番表を更新したと言ったところで、「休暇願を出す人はお早めに」という展開になっています。下線部のrosterは両方とも当番表という意味で多義性はありません。よってSoXと分類します。

(2) Chuck : It’s a perfect marriage between technology and systems management.
Morgan : Speaking of marriage, Chuck, when are you going to make an honest woman out of Kelly?
『キャスト・アウェイ』(Cast Away, 2000) <00:15:33>

(2)はSoXPの例です。主人公のチャックは、婚約者のケリーの実家で、彼女の親戚とクリスマスディナーを食べています。食事をしながらチャックは、勤務するフェデラルエクスプレス社の最新の技術管理システムについて、雄弁に話をしています。ケリーの叔父のモーガンは、ケリーとなかなか結婚をしないチャックに焦燥感を抱いており、チャックが話の中で「融合」の意味でmarriageを使った瞬間を逃しませんでした。SoXPを使って原義である「結婚」の話題に引き込み、全員を爆笑させます。まさに多義性を利用した「我田引水」的会話の荒業です。

このようにSoX(SoXPを含む)は、具体的な語句をピンポイントに指しますが、1970年以降はspeaking of which (SoW) という別の変種のパターンの使用が急増しました。関係代名詞の非制限用法が、先行文脈をピンポイントではなく、広範囲に捉えることが可能なパターンです。

(3) Katherine : She is such a sweet girl. She’s saving money for college.
Karen : Speaking of which, where did Dave go to college?
『デスパレートな妻たち』 (Desperate Housewives, Season 5, Episode 3) (2008) <00:11:30>

詮索好きなカレンおばさんは、近所に住むイーディーの婚約者で謎の多い男デーヴの情報を聞き出すため、食事会に来ています。そのレストランのアルバイト女子大生のことを、キャサリンが「優しくてよい娘よ。アルバイト料金を学費の足しにしているの。」と言ったが早いか、カレンはSoWでデーヴの出身大学の話に転じます。SoWは先行情報を「ザックリ」と切り取ることができる点でSoXよりも簡便な表現方法と言えるかもしれません。

最後に、変数のXもWも何もない、SoZ(Zero)という形式を紹介します。このパターンは2000年以降から顕著にみられるようになったとされています。SoZはSoWよりも先行文脈をかなり広範囲に捉えることができるために、情報の関連性は若干希薄化される場合が多いとされます。(参考文献:『映画でひもとく英語学』(pp.40-41))

(4) Martin : … All the while, a whole generation of Swedes simply skirted the issue by never getting married in the first place. Thank you. Speaking of, have you all met my lovely wife, Ruth?
『ビリーブ 未来への大逆転』(On the Basis of Sex, 2018) <00:39:25>

(4)では、弁護士のマーティンがパーティーで、弁護士仲間とスウェーデン人が結婚しないのは、結婚税という変な税金があるからだと雄弁に語っています。その時に、妻で弁護士のルースが飲み物を持ってきます。マーティンはSoZを使って、スウェーデンの結婚の話題から転じて、自身の配偶者であるルースの紹介にスムーズに切り換えます。話題の関連性はそれほど強くないかもしれませんが、結婚つながりの話題転換となります。

SoXもSoWもSoZも速い会話の中で使いこなすのはかなり難しいと思います。就中、多義を操るSoXPという亜種の我田引水の荒業は、映画やドラマのセリフの離れ業だと思いますが、英語を生業とする私たち教員はスパッと使ってみたいものですね。

場所目的語が表す意味について

タイトル:場所目的語が表す意味について
投稿者:吉川裕介(京都外国語大学)

今回は自動詞にも関わらず「場所」を表す語句を目的語に置く表現について、映画からの用例を交えながら紐解いていきたいと思います。老人の姿で産まれ、歳を取るにつれて若返っていくベンジャミンの一生を描いた『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』を中心に見てみましょう。以下は、英国貿易使節団のスパイである夫と結婚しながら、ベンジャミンと恋仲になるエリザベスのセリフです。

(1) When I was 19, I attempted to become the first woman ever to swim the English Channel.
(19歳の時、私は英仏海峡を泳いで渡る最初の女性になろうとしたの。)
『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(The Curious Case of Benjamin Button, 2008)<01:00:46>

ここではswim the English Channelのように、自動詞のswimの直後に「場所」を表すthe English Channelが目的語位置に置かれています。これを場所目的語と言います。では、なぜ脚本家はswim acrossのように前置詞acrossを使わずに場所目的語を使ったのでしょうか。ここでは、エリザベスは19歳の時に英仏海峡の横断泳に挑戦したのですが、32時間かけて泳いだのちに力尽きて失敗に終わったことを伝えています。このように、場所目的語は動詞によって示される行為の達成が困難であるという意味を含む場合に使われるという特徴があります。次の例を見てみましょう。

(2) a. John swam the lake.   (ジョンは湖を泳ぎ切った)
b. ??John swam the pond. (ジョンは池を泳ぎ切った)
(3) a. John swam across the lake.
b.     John swam across the pond.

(2)を比べてみると、場所目的語が含む意味が見えてきます。(2a)のthe lakeは、多くの人にとって泳いで渡ることが困難なほどの大きさであるため、Johnは「湖を泳ぎ切る」ためにswimが表す動作を意識的・積極的にthe lakeに働きかける解釈ができます。一方、(2b)のthe pondが湖よりも小さくプールよりも大きい程度の池を意味するので、それほど労力をかけずに泳ぎきることができる解釈となるため、場所目的語が容認されません。この場合、(3b)のようにswim acrossとすると適切な文になります。

このような困難な状況や偉業の達成を含意する背景には動詞の他動詞化が関係しています。本来、自動詞のswimは前置詞acrossなどを伴って「泳ぎ切る」という出来事を表しますが、この自動詞が他動詞として使われることで、目的語の場所に対して主語の意識的な行為の働きかけが加わり、対象となる場所全体にわたって意識的に動詞の行為を働きかける解釈になります。

この作品の中では、終盤にもう一度この場所目的語が出てきます。(4)を見てみましょう。20年以上経ち68歳になったエリザベスが英仏海峡横断泳を成功させた知らせを、ベンジャミンはテレビのニュースで知ることになります。ここでも、アナウンサーが場所目的語を使うことで、その偉業を効果的に伝えようとする意図が見えてきます。

(4) The oldest woman to ever swim the English Channel arrived here today in Calais. <02:15:16>
(英仏海峡を泳いだ最高齢の女性は今日、ここカレーに到着しました。)

最後に次の表現を見てみましょう。おそらく多くの読者の皆さんは(5)の例から偉業性を感じられないと思います。

(5) Bike the bridge !

しかし、この文がサンフランシスコにあるGolden Gate Bridgeの広告文で使われるとどうでしょうか。2700m以上の長さを誇る吊り橋を自転車で渡る場面が想像できますよね?このように、場所目的語は広告文でも目にすることがあるので、ぜひ探してみてください。

 

 

 

語学学習のための動画配信サービス活用法

タイトル:語学学習のための動画配信サービス活用法
投稿者:松井夏津紀(京都外国語大学・非)

映画やドラマを利用した語学学習は、インターネットを利用することで非常に気軽なものとなりました。今回は、すでにご存じの方も多いと思いますが、筆者が利用している自主語学学習に役立つ動画配信サービスの特徴を筆者目線で紹介したいと思います。

筆者が自分の語学学習や教育に利用しているのは、Hulu、 Amazon Prime Video、Netflixで、目的に応じて使い分けています。海外作品が視聴できる配信サービスにはU-NEXTやdTVなどもありますが、英語字幕が利用できる上記3社を利用しています。

まず、Huluの魅力ですが、BBCワールドニュースとCNN U.S.を24時間視聴することができることです。これらは日本語同時通訳での視聴を選択できる時間帯もあります。他にも、フランスTV5MONDEや韓国KBS WORLD+もライブ配信されていて、フランス語や韓国語を勉強している人には更に魅力的です。

次に、学生が最も気軽に利用できる配信サイトだと思われるAmazon Prime Videoについてです。これまでに筆者が大学生を対象に行った調査では、利用率が最も高いのはPrime Videoでした。Amazonには学生向けのPrime Studentという割引価格があり、月額250円でPrime Videoの映画やドラマが見放題になります。更に半年間の無料体験期間があるので、学生でも気軽に利用開始できるようになっています。

Prime Videoでは、2020年以降、Amazonオリジナル作品の配信数が増え、最近では、『ロード・オブ・ザ・リング:力の指輪』(The Lord of the Rings: The Rings of Power, 2022) が話題を呼んでいます。Amazon オリジナルの作品は、「英語音声+英語字幕」だけではなく、様々な言語の「吹き替え音声+字幕」での視聴ができるので、第2外国語や第3外国語の学習にも利用できます。また、Prime Videoではイギリス英語に興味がある学生に勧めやすいBBCドラマが豊富に配信されているのも利点の一つだと思われます。(Netflixでも英国ドラマは視聴できますが、過激な性描写が含まれているコンテンツも多いため、学生に勧めるには作品を吟味する必要があるかもしれません。)

最後に、Prime Videoに次いで学生にも人気が高いNetflixについてです。Netflixでは、世界各国の様々な作品の視聴ができ、英語字幕の利用が可能な作品も多いので、「英語音声+英語字幕」を利用して、リスニング力を高める訓練やシャドーイングで発音の練習に適しています。また、「日本語音声+英語字幕」で翻訳の勉強をしたり、字幕を利用した英文速読の訓練をしたりすることも可能です。Netflixのオリジナル作品では、オリジナル言語が何語であっても音声を英語や日本語やその他の言語の吹き替えや、様々な言語の字幕を利用することが可能です。同様のことがPrime Videoでもできますが、音声や字幕を英語やその他の言語に選択できる作品は、Netflixの方が豊富でしょう。

更に、Language Reactorという拡張子を使えば、2言語の字幕を同時に表示することも可能です。「英語圏の映画やドラマより韓国の作品の方が好きだ」というような学習者は、「韓国語音声+日英2言語同時字幕」を選択すると、次の例のように英語字幕と日本語字幕を同時表示できるので、韓国ドラマで英語学習をすることが可能です。

Yi Seo: It looks like neither of you knew.
初耳だったみたいですね。<00:35:28>
『梨泰院クラス』(Itaewon Class, Episode 13, 2020)

また、Netflixには下の例のように日本のアニメに英語字幕が付くものもあるので、アニメ好きの学習者が日本のアニメを利用して自主学習をしているというケースも見られます。

Eren: もうお前の手札は残っていない。俺はまだだけどな。
(You’ve got no more moves to play. But I have plenty.) <00:07:41>
『進撃の巨人The Final Season』「強襲」(Attack on Titan, “Assault”, Season 4, Episode 7, 2021)

以上、インターネット配信動画を利用した語学学習について紹介しましたが、他にもそれぞれのニーズに合わせた様々な学習方法があると思われます。配信動画の活用法を探索するのも、語学学習者、教育者ならではの楽しみ方ですね。

 

映画『リトル・ダンサー』におけるLikeの使用について

タイトル:映画『リトル・ダンサー』におけるLikeの使用について
投稿者:福井美奈子(京都産業大学)

英単語のlikeは基本的な動詞であり、「~が好きである」という意味だとまず教えられます。しかし、日常的に遭遇するlikeは、動詞以外の用法で使用されていることも多く、色々な用法が存在します。そこで、映画を一作品取り上げ、どのようにlikeが使用されているのか、likeの生起回数と共に調べてみることにしました。

今回取り上げた作品は、映画『リトル・ダンサー』(Billie Elliot, 2000) です。この映画におけるlikeの生起は全32回でしたが、動詞としての生起は4回のみでした。そして、動詞以外の用法で最も多く7回生起したものが、Like electricity.(電気のように)<01:29:50>に見られる、名詞の前に置かれ「(たとえば)~のような」の意味を持つ前置詞としての用法でした。また、興味深い用法として5回生起したものが、言いにくいことを伝えるときや、言葉につまったときに使われるlikeです。一例を挙げてみましょう。

主人公Billyのバレエの才能を見出したMrs. Wilkinsonは、Billyにロイヤル・バレエ学校の受験を勧めます。そして、いよいよオーディションが明日に迫ったとき、合格すればロンドンに行ってしまうことになるBillyに対し、彼に好意を寄せているDebbieは言います。

Debbie:  I’ll miss you if you go away.(受かると寂しくなるわ)
Billy : Who do you think’s better? Fred Astaire or Ginger Rogers?
(フレッド・アステアとジンジャー・ロジャース、どっちが上手いと思う?)
Debbie: Billy, do you not fancy us, like?(あなた、あのう、私のこと好き?)<00:53:34>

このシーンでは、Billyの気持ちを確かめるために話を振るDebbieに対し、明日のオーディションのことで頭がいっぱいのBillyがとんちんかんな受け答えをします。すると、当てが外れて気まずくなったDebbieは、fancy(好きだ)の目的語としてme(Debbie)ではなくus(BillyとDebbie)を使用し、ストレートさを緩和しつつBillyの気持ちを確かめようとします。さらに、文末には副詞であり「言いにくいことを伝えるときに使用されるlike」が見られます。ここに、Billyの気持ちを知りたいと思いつつも、拒絶を恐れるDebbieの気持ちが表れているのではないでしょうか。

辞書を確認する限り、likeについて全ての用法や使い分けを学生に指導することは難しいと考えます。しかし、映画を見せながら、先のシーンでなぜlikeが使用されたのか、またここでのlikeの役割は何なのかを考えてもらうことは、この単語の持つ多様性を知るきっかけとなるのではないでしょうか。

映画を補助教材として用いた英語学習の動機付けの一考察

タイトル:映画を補助教材として用いた英語学習の動機付けの一考察
投稿者:金田直子(神戸女子大学・非)

私は英語専攻ではない学生を対象に教養英語としての授業を担当しています。私の担当クラスの学生の多くは栄養士を目指し日頃勉学に励んでいます。一回目の授業時に自分の学習目標や英語への想い、英語学習のバックグラウンド、この授業での目標などを知るためのアンケートを実施します。下は2022年4月のアンケート結果の一部です。

質問:本授業で英語のどのスキルを身につけたい/伸ばしたい?
① プレゼンテーションスキル  0
② リーディングスキル  3
③ ライティングスキル  0
④ リスニングスキル  10
⑤ スピーキングスキル  17
⑥ 上記全て  3
⑦ 上記以外  0

回答の1位が【スピーキングスキル】、ついで【リスニングスキル】でした。また、自由に書いてもらったコメント欄には「プレゼンまではできなくても英語を少し話せるようになったら世界が広がる気がする」、「海外旅行で英語を使ってもっと楽しみたい」など英語を使うことで自分の視野が広がる、仕事の選択肢が増えるのではという意見が多く見られました。

次に英語が苦手な理由を尋ねると「正しい発音で話せないから恥ずかしい」、「ネイティブみたいに話せない自分が英語を話すとカッコ悪い」などのコメントが多くみられました。このことから「英語を話すには正しい発音と文法でなければいけない」という気持ちが多くの学生の英語を学ぶ、特に英語で話すことにネガティブな影響を及ぼしていることがわかりました。

そんな学生たちの不安を少し取り除くため、限られた時間の中で心を動かすように綿密に作り込まれたストーリーをもつ映画を視聴することで、学生の学習意欲をより高めることを目標にした授業構成にし、映画『マダム・イン・ニューヨーク』(English Vinglish, 2012)を教材にすることにしました。本映画はヒンディー語を話す登場人物が英語ネイティブスピーカーよりもはるかに多く、そのため言語的な学習よりも、学生にはストーリーに共感し、感情を揺さぶり、英語で話すことへの不安を少し取り除く手助けをするためのツールとして活用しました。

主人公シャシは、夫と子供たちの為に人生を捧げてきたごく普通のインド人の主婦です。あることをきっかけに家族には秘密でニューヨークの英会話学校に通い、自信や人生の輝きを取り戻すというお話です。下は特に学生たちが固唾を飲んで見つめていたシーンです。英語が全く話せない主人公のシャシが、初めてニューヨークのカフェで飲み物を注文します。

Staff: Anything to drink?(飲み物は?)
Shashi:Water.(水を)
Staff: Still or sparkling?(炭酸は?)
Shashi:Only water.(水だけ)
Staff: Still or sparkling?(炭酸入りかどうかよ)
Shashi:C, c, coffee…? (コーヒー?)<00:42:09>

英語がわからないシャシに対する店員の冷たい態度、注文が上手くできないシャシへの他の客による露骨な苛立ちなどが描かれています。ここで一気に学生たちは、英語を話すのに四苦八苦している主人公に自分を重ね、共感し始めます。また本映画には、シャシが通う英会話学校の仲間との友情や、シャシが英語で披露する感動的なスピーチなど、学生が登場人物たちに共感できるポイントが盛り沢山です。

学生からのコメントに「ネイティブみたいに話せなくてもシャシみたいに自分の言葉で表現したらいいんだと思った。」、「私もシャシのように一歩踏み出したい。ちゃんと英語に取り組みたいと思った。」など、シャシに共感し、少し前向きになったという意見が多く見られました。映画を効果的に使うことは、言語的な学習だけでなく、英語学習者が英語を話すことに対して抱く心理的な壁を取り払うきっかけになるのではないでしょうか。

所有を表す “have got” について

タイトル:所有を表す “have got” について
投稿者:松浦加寿子(中国学園大学)

通例、“have got” には二つの解釈が存在しています。一つは “have acquired” を意味する解釈であり、もう一つは “have, possess” を意味する解釈ですが、ここでは後者に焦点を当てます。イギリス英語の口語表現でよく見られる “have got” = “have, possess” はどのような歴史的発達を辿ったのでしょうか。荒木・宇賀治(1984: 436)によると、以下のとおり記載があります。

have got のこの新用法は16世紀後半に始まったと思われる。have が助動詞として頻用されるにつれて、本来の意味が薄れたと感じられ、補強表現にhave got が転用されたものであろう。使用域(register)に関しては、18世紀までは主として口語に限られたが、その後は文語へも拡がった。

つまり、17世紀には “have got” = “have, possess” が用法として確立し、現在に至ることになります。

また、Swan(2016)は音韻的側面から “have got” の助動詞 “have” は弱形のため、平叙文や疑問文で省略されることが多いと指摘しています。日常会話でも “have” と主語の “you” が省略された “Got a minute?” (ちょっと時間ある?)という表現は多用されています。

映画『僕のワンダフル・ライフ』(A Dog’s Purpose, 2017)では、犬のベイリーが転生を繰り返しやっと巡り合えた飼い主のイーサンに、自分がベイリーであることを気付いてもらうために、昔遊んだ(空気の抜けた)ラグビーボールを口にくわえてやってくる場面で次のセリフが見られます。

Ethan: What do you got there? Where did you find that? Hey. You wanna play? Get ready. You have to really go after this one. Go get it.(それは?どこで見つけたんだ?遊びたいのか?いいか?追いかけるんだ。取ってこい。)<01:30:15>

この “what do you got” という表現は、本来であれば “what have you got?” となるはずですが、“got” を動詞の “have” とみなすことで助動詞 “do” が用いられていると容易に推測できるでしょう。すなわち、“have got” = “got” = “have” と表すことができます。さらに、COCA (Corpus of Contemporary American English) によれば、“what do you got?” という表現は1922例あることが示されています。とりわけ、The Movie Corpusによると、1930年代には40例ほどしか見られなかったものの漸増し、1980年代からは急増して2010年代には518例あることが見てとれます。また、この表現は1674例中1560例がアメリカとカナダで使用されていることが示されています。

Biber他(1999:216)は疑問文において、アメリカ英語では “Do pronoun have a/any” が会話表現で最も使用される一方で、イギリス英語では “have” を助動詞のように用いる “Have pronoun a/any” が文学や映画のフィクション作品で最も多く、“Have pronoun got a/any” は会話表現で最も多いことを指摘しています。要するに、“what do you got?” という表現は、“do” を用いた疑問文が好まれるアメリカ英語と、 “have got” = “got” = “have” の意味で用いられるイギリス英語の融合表現であり、アメリカ英語のイギリス英語化といえます。言語の保守性に関して、堀田(2016:153)は「アメリカ英語はイギリス英語に対してある部分では保守的であり, ある部分では革新的である」と主張しています。今後英語がどのような変化を遂げていくのか楽しみですね。

荒木一雄・宇賀治正朋(1984).『英語史 ⅢA』英語学体系第10巻, 大修館書店.
堀田隆一(2016).『英語の「なぜ?」に答える はじめての英語史』研究社.
Biber, D., Johansson, S., Leech, G., Conrad, S. & Finegan, E. (1999). Longman Grammar of Spoken and Written English. Longman.
Swan, M. (2016). Practical English Usage. (4th ed.). Oxford University Press.