他人が期待するパーソナリティを生きる

タイトル:他人が期待するパーソナリティを生きる
投稿者:藤倉なおこ(京都外国語大学)

近年、日本でもLGBTQの人たちの人権について、少しずつですが、関心が高まりつつあります。例えば、最近では札幌地方裁判所が同性婚を認めないのは憲法違反であるとの判決を出しました。この判決は婚姻が「両性の合意のみに基づいて成立する」というのは、「人と人との自由な結びつき」を意味し、現在の制度では「個人の尊厳を成す人格が損なわれる事態」だと指摘した、今までで一番踏み込んだ内容でした。また、若い人たちを中心に当事者がメディアに登場するようになりました。米国では宗教的な思想と相まって偏見は色濃く残っていますが、有名人がカミングアウトしたり、都市部では大規模なレインボー・パレードが行われたりして、理解が進んでいます。一方で、高齢のLGBTQの人たちをメディアであまり目にすることはありません。かつて米国では同性愛は治すべき「病気」でした。また、同性愛者は学校を退学になったり、逮捕されたりすることもあるほど差別を受けていました。

映画『人生はビギナーズ』(Beginners, 2010)は、75歳でゲイであることをカミングアウトした父親から人生を学ぶ息子が主人公の物語です。父親を演じたクリストファー・プラマーは、この映画でアカデミー賞史上最高齢の82歳で助演男優賞を受賞しました。息子役は、『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』(Star Wards Episode 1: Phantom Menace, 1999)でオビ=ワン・ケノービを演じたユアン・マクレガーです。

父のハルは妻の死後、自分はゲイであると息子のオリバーに告げて、若い男性の恋人やゲイの仲間と毎日楽しく過ごし始めます。オリバーは父の様子を見ながら、両親の結婚はいったい何だったのか、自分の存在は何なのかを問います。そしてある日、母親を愛していたのかと父を問い詰めます。すると父親は、実はオリバーの母親の方からプロポーズしたのだと答えます。妻への返事とその後の会話を父は息子にこう説明します。

Hal: “Look, I love you, and we’re great buddies, but you know what I am.”And then she says, “That doesn’t matter, I’ll fix that.” I thought, “Oh, God. I’ll try anything.” (「確かに好きだよ、僕たちはいい相棒だ。でも、僕が何者かわかっているだろう。」と話したら、彼女は「そんなことはどうでもいい。私が治してあげる。」って言ったんだ。「なんてことを言ってくれるんだ、どんなことを試してでも治そう。」と思ったよ。)<01:12:00>

同性愛という病気を「治してあげる」と言われて、父は結婚したのです。 “fix”という表現には、「治す」という意味がありますが、どちらかというと、壊れている物を直すという表現です。「結婚してどんなことをしてでも治したいと考えた」というのが、社会の偏見の中で彼がいかに生きづらい思いをしていたのかをものがたっています。しかし、結局「病気」が治ることはなく、彼の苦悩は続きました。そうして人生の終わりに近づいて、ようやくハルは本当の「個人の尊厳を成す人格」を生きることができたのです。

オリバーは、公園で愛犬のジャック・ラッセル・テリアに語ります。「犬仲間と遊んでおいで。僕は人間だ。おまえは狩り好きのジャック・ラッセルという人が育てた犬種で、かつてはキツネを追いかけていたんだよ。ところが、ある時からカワイイっていうことになって映画やテレビに出て、テニスボールを追いかけるようになったんだ。」オリバーはその後、 “My personality was created by someone else…”「僕の人格は、他人が作ったもの」というTシャツを作ります。人は、そして犬も、他人が期待する人格を演じて生きていて、それがいかに人生を台無しにするかを父親の人生から学んだのでしょう。ハルはオリバーに自分の人生を生きる大切さを教えました。

 

実写版『リトル・マーメイド』に見られる人魚の多様性

タイトル:実写版『リトル・マーメイド』に見られる人魚の多様性
投稿者:松浦加寿子(倉敷市立短期大学)

今やカフェの代名詞ともいえるスターバックスですが、ロゴマークに描かれている人魚の正体をご存じですか?この人魚は、ギリシャ神話に登場する女神サイレンです。サイレンが美しい歌声で船乗りたちを魅了したように、「コーヒーの香りで道行く人々を魅了したい」という想いがロゴマークに込められているそうです。

人魚といえば、ディズニー・アニメーション映画の実写版『リトル・マーメイド』(The Little Mermaid, 2023)は、主人公のアリエル役に歌手のハリー・ベイリーが起用されたことで、公開前から世界中で大きな話題となりました。本映画は、デンマーク出身の童話作家であるハンス・クリスチャン・アンデルセンによって1837年に発表されたアンデルセン童話『人魚姫』と、ディズニーによって1989年に製作されたアニメーション映画『リトル・マーメイド』(The Little Mermaid, 1989)がモチーフになっています。

堀田(2009)は、人魚姫 “mermaid” の語源について、古英語のmere (sea)+maide (maid)の2語を組み合わせたものであり、これらが複合語として使われるようになったのは、14世紀以降であると述べています。また、現代英語において海を意味するmereは、詩語や古語で「湖」や「池」を表す一方で、maideは語尾の-eが脱落したmaidとして「女中」の意味で使用されますが、多くはbarmaidやhousemaidなどのように複合語として用いられると指摘されています。

実写版『リトル・マーメイド』において、mer-を接頭辞とする人魚に関連する単語として、男性の人魚を表す “merman” も使われています。たとえば(1)のアリエルの姉たちの会話にある“merman”からは、他に男性の人魚も存在していて、恋愛関係にあったことがうかがえます。

(1) Perla: How could we forget?(よく覚えてる)
Indira: Well, I wonder who the lucky merman is.(誰にお熱なんだか)<00:44:59>

また、性別を区別しない人魚を表す単語も使用されています。海王トリトンの妹で、海の魔女であるアースラの台詞において、アリエルと彼女の姉たちに対して、“mer-brats” という造語が用いられます。下の(2)では、アースラがトリトンから王宮を追放されたことを恨み、復讐するために海の支配権を略奪しようと企んでいます。

(2) While Daddy and his spoiled little mer-brats celebrate the Coral Moon.
(パパとワガママ人魚たちはコーラル・ムーンのお祝い)<00:14:14>

一方で、アースラが海の支配権を略奪しようと企み、言葉巧みにアリエルに近づく(3)の場面では、人魚の総称として “merpeople” が用いられていて、ポリティカルコレクトネスにも配慮した単語であるといえます。

(3) Ursula: What has your father told you about me?
(お父さんに何を聞いたの?)
Ariel: That you like to stir up trouble between humans and merpeople.
( “人間と人魚をトラブルに引き込む”って)<00:49:54>

また、“merperson”は本映画では使用されていませんでしたが、“merpeople” とともにアルク出版の『英辞郎 on the WEB』には記載されていて、前者は「〈男性または女性の〉人魚」、後者は「人魚たち、人魚族(の人々)」とあります。両者とも日常的に使用頻度が低いので、定着して多くの辞書に記載されるにはもう少し時間がかかると考えられます。今後も世界でますますポリティカルコレクトネスが浸透していくと思いますが、“mermaid” は上述した女神サイレンと結びつけられることが多いので、生き残るかもしれないことが示唆されています(堀田, 2009)。さらに、“merman” もギリシャ神話の海神トリトンと結びつけられるので、同様のことがいえるかもしれません。

実写版『リトル・マーメイド』は、人間と人魚が種を超えて結婚できたように、人種の垣根を越えて多様な人魚が登場していました。一人ひとりがお互いを認め合い、多様性を尊重し合う社会になればいいですね。

堀田隆一(2009).「hellog~英語史ブログ #115. 男の人魚はいないのか?」
http://user.keio.ac.jp/~rhotta/hellog/2009-08-20-1.html (keio.ac.jp)(最終閲覧日:2023年10月20日)
スターバックスコーヒージャパン(2021).「あなたは誰?スターバックスの永遠のシンボル「サイレン」のストーリー」
https://stories.starbucks.co.jp/ja/stories/2021/15658868/(最終閲覧日:2023年10月20日)

 

タイパもいいけど:トウモロコシ畑を時速8キロの芝刈り機が行く

タイトル:タイパもいいけど:トウモロコシ畑を時速8キロの芝刈り機が行く
投稿者:藤倉なおこ(京都外国語大学)

タイムパフォーマンス(Time performance)、略してタイパ。つまり「時間対効果」を重視する若者が増えています。彼らは物心ついたときからインターネットが存在し、デジタルネイティブ(Digital native)とも呼ばれます。調べ物は図書館に行かず、手元のスマホを使います。目的地への到着方法はアプリで最短の方法を調べます。また、オンラインで結んでモニター越しに会えば、出かける必要もありません。

そんな人たちが『ストレイト・ストーリー』(The Straight Story, 1999)を観たら「辛気くさい」と思うかもしれません。主人公は杖の助けを借りて歩く73歳のアルヴィン・ストレイトです。ある日、何年も不仲にしていた兄のライルが倒れたとの電話があり、彼は会いに行くことを決意します。アルヴィンのアイオワ州の家からウィスコンシン州の兄のところまでは560キロの道のりです。参考までに東京-大阪間の鉄道営業距離が約550キロ、新幹線で約2時間半、車では一日あれば着く距離です。ところがアルヴィンは、時速8キロのトラクター型の芝刈り機に乗って6週間をかけてライルの元に向かいます。トラックに追い越され、自転車にも追い越され、芝刈り機は両側に見渡す限りのトウモロコシ畑が広がる道路をゆっくり進んでいくのです。タイパとは無縁です。しかし、この映画はなんとも言えない安らいだ時間の流れを感じさせてくれます。しかも驚くことにこれは実話を元にしています。

アルヴィンは旅の途中で出会ったサイクリストの若者に、老いについての深い洞察を語ります。

Alvin: You don’t think about getting old when you’re young. You shouldn’t.
(若いときは自分が年をとるとは思わんな。考えなくてもいい。)
Young Boy: Must be something good about getting old.
(年をとっていい事も何かあるでしょう?)
Alvin: Well, I can’t imagine anything good about being blind and lame at the same time, but… still at my age, I’ve seen about all that life has to dish out. I know to separate the wheat from the chaff and let the small stuff fall away.
(目も足も弱っていいことなどありゃせんが、経験は積むからな。年とともに実と殻の区別がついてきて、細かいことは気にせんようになる。)<00:54:20>
『ストレイト・ストーリー』(The Straight Story, 1999)

この会話の “to separate the wheat from the chaff”(実と殻の区別をつける)は、良いものと悪いもの、役に立つものと立たないもの、あるいは良い人、悪い人を見分けるという “idiom”(熟語)です。もとは、天国に迎えられる人と迎えられない人を分けるという、聖書の一節から来ていると言われています。子どもの頃から畑で働き、深くしわが刻まれた顔のアルヴィンが口にすると、さらに深く響きます。

旅の出会いの他にこの映画には大きな見所があります。それは地平線まで広がる広大なとうもろこし畑の情景です。アルヴィンが出発したアイオワ州は米国中西部、五大湖の西南に位置しています。米国には、“~ Belt”○○ベルト)と表現される帯状の地域がいくつかあります。例えばキリスト教の信仰心が厚く保守的な人たちが多いとされる南東部の帯状の地域を“Bible Belt”(聖書ベルト)、鉄鋼業が廃れてしまった五大湖東部の地域を“Rust Belt”(さびベルト)と呼びます。アルヴィンが進むアイオワ州からウィスコンシン州は、“Corn Belt”(とうもろこしベルト)の一部です。ここではいくつもの州に渡り、広大な土地でとうもろこしを栽培しています。それは実に、米国のとうもろこし生産高の80%に及びます。果てしなく広がる畑の中に高くそびえるサイロやとうもろこしを刈り取る巨大なトラクターは、ニューヨークなどの大都会とは対照的に、農業大国というもう一つの米国の姿を教えてくれます。タイパに疲れてゆっくりとした時間の流れを感じたいときにこの映画を観てください。アルヴィンのぼくとつとした語り口と芝刈り機の素朴なエンジン音が、きっと耳から離れなくなるでしょう。

Ought toの表す様々な感情

タイトル:Ought toの表す様々な感情
投稿者:衛藤圭一(京都外国語短期大学)

このコラムでは、学校英語などでshouldと似た意味とされることが多いought toの特徴について,映画などの英文を通じて見ていきたいと思います。従来、ought toとshouldは「忠告」や「義務」を表す点で共通しているものの、厳密に言えば、前者は決まり事などの客観的意味、後者は個人的意見のような主観的意味を表す点で異なると主張されてきました。一例として、Swan (1980)は(1)のような文では、客観的意味を表すought toの代わりに主観的意味のshouldを用いると不適格になるとしています。

(1) We ought to go and see Mary tomorrow, but I don’t think we will.(私たちは明日メアリーに会いに行かないといけないけど、私は行かないと思う。)

つまり、上の文でought toではなくshouldを入れると、「個人的に行かなければならないと思っているが私としては行くつもりがない」のように響き、but以下の主張と内容が矛盾することになります。

Close(1992)もSwanと同様に、以下のような棲み分けがshouldとought toに見られると述べています。

(2)
a. Applications should be submitted by March 31st at the latest.
(申込書は遅くとも3月31日までに提出されなければならない。)
b. You’ll have to make up your mind quickly. Applications ought to be in by tomorrow, and I doubt whether yours will arrive in time.(君は急いで願書を提出するかどうかを決めなければならない。願書は明日までに提出しなければならないが、早く決めないと願書の到着が間に合わないと思う。)

たとえば(2a)のshouldは単なる義務を表いていますが、(2b)のought toが表す義務には話し手の焦燥感や怒りといった感情を伴います。これは、ought toが義務を放置している点に注目を置いた表現であることから、「ぐずぐずするな」といった焦燥感や怒りなどの感情が生まれるためです。また、話し手が聞き手に早く遂行するよう促す場面では、shouldよりもought toが好まれるという趣旨の記述をCloseは行っています。その傍証として、ought toの使用例(2b)では先行文を通じて、締め切りが迫る中で応募を決めかねている聞き手に即断するよう促している点にご注目ください。

以上で述べた話し手の感情については、映画におけるought toの例でも観察することができます。(3)はため息をつきながら、救助隊である話者クルーズが中隊長ケイシーのふるまいを批判している場面ですが、ここではought toを用いることで話し手の焦燥感を表しています。

(3) I mean, you know I love Casey. But he ought to have more respect for Rescue Squad. (つまり、私がケイシーを好きなことは知ってるよね。でも、彼は救助隊にもっと敬意を払うべきですよ。)<00:12:29>
『シカゴ・ファイア』(Chicago Fire, Season 6, Episode 5, 2017)

Ought toが表す,話し手の感情は焦燥感だけではありません。たとえば次の例は話者ミッキーが「怒り」を露わにして責めている場面です。

(4) After all these years together, you don’t know what to do? You ought to be ashamed of yourself. Now, get out there and do it!(これまで何年も一緒にボクシングをしてきて、お前はどうしたらいいのかわからないのか?恥を知れ。さあ、ここから出て行って、戦うんだ!)<00:41:30>
『ロッキー 3』(Rocky III, 1982)

一方、下の(5)は別れて家を出ると告げた夫に対して、長年連れ添った話者Roseが涙を流しながら別の人生を送るよう告げている場面ですが、このような場合も妻の「悔しさ」や「悲しさ」といった感情を伴っているため、shouldよりもought toが好まれると考えられます。

(5) Well, maybe you ought to go on and stay down there with her. (じゃあ、そのままその女性と一緒に暮らした方がいいんじゃないの。)<01:19:28>
『フェンス』(Fences, 2016)

このように、ought toが使われる場合には、上記のような「話し手の感情」を伴う傾向があると言えます。もし映画を見ていて使用例を見つけたら、セリフが発せられる状況と話し手がどのような感情を交えて発話しているのかに注目してみてください。

Singularity―映画で学ぶ宇宙物理学(Interstellar, 2014)

タイトル:Singularity―映画で学ぶ宇宙物理学(Interstellar, 2014)
投稿者:井村誠(大阪工業大学)

シンギュラリティ(singularity)という言葉を最近よく耳にします。人工知能が人類の知能を超える転換期のことを指し、2045年にはそれによって予測不可能な事態が生じるだろうとも言われています。さてsingularityは「特異点」と訳されますが、何故そのような訳になるのでしょうか。この言葉は他の分野でも用いられます。数学では不連続で微分できない点のように、一般法則が成り立たない点のことを指します。1970年にフィールズ賞を受賞した広中平祐博士の研究は特異点に関するものでした。宇宙物理学ではブラックホールに特異点が存在すると考えられています。そこでは重力が無限大となって、物理法則が破綻してしまうことになります。そこで宇宙物理学の最前線では、そのような特異点を解消するために、一般相対性理論と量子理論を融合した統一理論(量子重力理論)が追究されています。

2014年に公開された『インターステラー』(Interstellar)では、現代宇宙物理学の研究が想像する宇宙の姿を垣間見ることができます。気候変動が進み人類の滅亡が迫り来る中、NASAは秘密裏に居住可能な別の銀河系惑星の探査を進めています。しかし何十万光年も離れた他の銀河系へと旅をするためには、ワームホールを通って時空を飛び越える必要があり、また巨大なブラックホールの超重力の影響で時間の進み方が異なるため、地球との時差が生じたりします。この映画の台詞の中から singularityが使われているシーンを見てみましょう。(字幕翻訳:アンゼたかし)

<01:05:41-01:06:08>
Cooper : Romilly, are you reading these forces?(ロミリー、重力は?)
Romilly : It’s unbelievable.(すごいぞ。)
Doyle : A literal heart of darkness.(まさに闇の奥だな。)
Romilly : If we could just see the collapsed star inside… the singularity, yeah, we’d solve gravity.(重力崩壊の中心「特異点」を観測できれば重力を解明できる。)
Cooper : And we can’t get anything from it?(観測は無理か?)
Romilly : Nothing escapes that horizon. Not even light. The answer’s there, just no way to see it.(なにも届かない。光さえも。答えは闇の中だ。)

この他にも数カ所singularityが登場しますが、いずれもブラックホールの中では理論上重力が無限となって、現在の物理法則では説明できなくなる限界が存在することを示しています。この映画はノーベル賞を受賞した理論物理学者のキップ・ソーン(Kip Thorne, 1941-)が製作総指揮を務めていることからも、きわめて科学的水準の高いScience Fictionであると言えるでしょう。

さてsingularityという言葉はもちろん「ひとつ」を表すsingleに由来しますが、singularを辞書で引くと「単数の」という意味の他に、「並外れた」「非凡な」「奇妙な」などの意味が出てきます。つまり「単数」というコアミーニングから「唯一の」→「独特な」→「風変わりな」という意味に拡張していったと考えられます。ですから、He is single. なら、「彼は独身だ」という意味ですが、He is singular. だと「彼は変わり者だ」という意味になるので注意が必要ですね。進化論で有名なチャールズ・ダーウィン(Charles Darwin, 1809-1882)は、ビーグル号の航海記の中で、finchというスズメに似た鳥について、“These birds are the most singular of any in the archipelago.” と記しています。つまりその種において独特である(only one of the kind)ということです。このようにsingularityはユニークで極めて特殊な点ということで「特異点」という訳になったと考えられます。Singularityという言葉の意味についていろいろな角度からアプローチしてみました。その意味合いや語感を掴むことができたでしょうか。

学校英語と映画のセリフ:映画で学ぶ英語の気づき

タイトル:学校英語と映画のセリフ:映画で学ぶ英語の気づき
投稿者:石原健志(大阪星光学院中学・高等学校)

映像メディアを英語学習に利用することで、「気づき」の度合いが高まることが期待されます。「気づき」はことばの学習に大切な役割を果たします。例えば、細かい文法規則がいつまでたっても身につかないのは、その知識が単に「理屈」として知っているだけにとどまってしまい、コミュニケーションの中で「使える」知識にならないためだと言われています。文法規則の定着は、学習者本人の気づきが大切だと言われています。肯定文から疑問文への変化や、英文法の穴埋め問題のような機械的な練習をいくら繰り返しても、そこで身につくのは、単なる記号的なやり方にとどまってしまいます。意味のある英語学習には場面設定のある練習活動が不可欠です。本稿では、映画『ハリーポッターと賢者の石』(Harry Potter and the Philosopher’s Stone, 2001)を使用して、中学で習う英文法の規則と映画の実例を照らし合わせ、英語学習の「気づき」に果たす役割について述べていきたいと思います。

最近の中学校の英文法書は記述が大変充実しています。『中学英文法 Fine [改訂版]』(渡辺, 2021)ではThere構文のthere is / are …に続く要素について次のように書いてあります。

「~」には不特定の名詞が入る。the・所有格の人称代名詞(myなど)・指示代名詞(this / that)など特定のものを指す語は使われない。
×There is the cat on the sofa.
(『中学英文法 Fine[改訂版]』p.144)

このような記述が中学校の英文法の参考書に記載されていることは、ひと昔前には考えられなかったのではないでしょうか。我々が思っている以上に学校英語が扱う英文法の記述は充実してきているのです。

しかしながら、このような規則を提示されるだけではなかなか英語学習は進みません。実際に映画を観てみると、ここで書かれた規則に反するように見える例も見つかります。次のセリフは『ハリーポッターと賢者の石』からのものです。

Ron: It’s a chessboard.(チェス盤の上だ)
Harry: There’s the door.(ドアがあるよ)
Hermione: Now what do we do?(どうする?)
<02:01:16>

このセリフでは、一見、先ほどの説明に反するようにThere’s の後に定冠詞付きの名詞句the doorが続いています。このようなセリフに出会うことは、英語学習の気づきに繋がる絶好の機会です。参考書に書いてあることと違う例に出会うことができるのが、映画など映像メディアの醍醐味です。ここで「例外に出会ってしまった。だから学校英語は役に立たない」としてしまうのは学習の機会を逃していることになります。例えば辞書を引いてみるのはどうでしょうか。そうすることで、今回取り上げた映画のセリフにおけるthere’s the 名詞句と学校英語の参考書に書かれた説明との違いに気づく機会になるでしょう。

英語学習は「気づき」を繰り返すことで英文法の理解が深まり、英語を使った様々なコミュニケーションの中で英文法のルールを使えるようになっていくのです。そういう意味で映像メディアは「英語の気づき」の宝庫だと言えます。また、中学英文法は英文法の基本ですが、必ずしも簡単であるわけではありません。「基本≠簡単」です。分かったつもりの中学英文法も、映像メディアの実例を通じて見つめ直すことで、きっと新しい気づきがあるでしょう。

メディアでひもとくspeaking of Xとspeaking of Wとspeaking of Z

タイトル:メディアでひもとくspeaking of Xとspeaking of Wとspeaking of Z
投稿者:倉田 誠(京都外国語大学)

ちょうど一年前の2022年1月の「映像メディアと英語」で、speaking of X (SoX)について映画やTOEICや入試問題からの用例を紹介しました。映画やドラマなどの話の展開の速い会話では、Xの部分に多義性をうまく使って、全く別の話題に話をすり替えるという「我田引水」的な会話の荒業も可能であることにも触れ、それを便宜上SoXPと呼びました。XPのPは「polysemy(多義)」を表すという意味です。今回も標準的なSoXの(1)の例を示し、その後にその亜種である(2)のSoXPを再掲するところから話を始めます。

(1) Good morning, everyone. Remember how we had been concerned about meeting our monthly sales goal? Well, the new sweaters have all been sold. However, now the storage room is a mess and needs to be cleaned up—we have a lot of empty boxes and packaging in there. I’ve updated the duty roster with this assignment. And speaking of the roster, I know some of you are planning on being away soon for vacation. Please make sure I have your time-off request forms by the end of the week.
(公式TOEIC Listening & Reading問題集6 Test 1 Part 4 #83-85)

この問題文は、会議での上司社員による発言の抜粋という設定のモノローグです。セーターの売り上げ目標が達成されたものの、収納庫の散らかり具合に対処する業務当番表を更新したと言ったところで、「休暇願を出す人はお早めに」という展開になっています。下線部のrosterは両方とも当番表という意味で多義性はありません。よってSoXと分類します。

(2) Chuck : It’s a perfect marriage between technology and systems management.
Morgan : Speaking of marriage, Chuck, when are you going to make an honest woman out of Kelly?
『キャスト・アウェイ』(Cast Away, 2000) <00:15:33>

(2)はSoXPの例です。主人公のチャックは、婚約者のケリーの実家で、彼女の親戚とクリスマスディナーを食べています。食事をしながらチャックは、勤務するフェデラルエクスプレス社の最新の技術管理システムについて、雄弁に話をしています。ケリーの叔父のモーガンは、ケリーとなかなか結婚をしないチャックに焦燥感を抱いており、チャックが話の中で「融合」の意味でmarriageを使った瞬間を逃しませんでした。SoXPを使って原義である「結婚」の話題に引き込み、全員を爆笑させます。まさに多義性を利用した「我田引水」的会話の荒業です。

このようにSoX(SoXPを含む)は、具体的な語句をピンポイントに指しますが、1970年以降はspeaking of which (SoW) という別の変種のパターンの使用が急増しました。関係代名詞の非制限用法が、先行文脈をピンポイントではなく、広範囲に捉えることが可能なパターンです。

(3) Katherine : She is such a sweet girl. She’s saving money for college.
Karen : Speaking of which, where did Dave go to college?
『デスパレートな妻たち』 (Desperate Housewives, Season 5, Episode 3) (2008) <00:11:30>

詮索好きなカレンおばさんは、近所に住むイーディーの婚約者で謎の多い男デーヴの情報を聞き出すため、食事会に来ています。そのレストランのアルバイト女子大生のことを、キャサリンが「優しくてよい娘よ。アルバイト料金を学費の足しにしているの。」と言ったが早いか、カレンはSoWでデーヴの出身大学の話に転じます。SoWは先行情報を「ザックリ」と切り取ることができる点でSoXよりも簡便な表現方法と言えるかもしれません。

最後に、変数のXもWも何もない、SoZ(Zero)という形式を紹介します。このパターンは2000年以降から顕著にみられるようになったとされています。SoZはSoWよりも先行文脈をかなり広範囲に捉えることができるために、情報の関連性は若干希薄化される場合が多いとされます。(参考文献:『映画でひもとく英語学』(pp.40-41))

(4) Martin : … All the while, a whole generation of Swedes simply skirted the issue by never getting married in the first place. Thank you. Speaking of, have you all met my lovely wife, Ruth?
『ビリーブ 未来への大逆転』(On the Basis of Sex, 2018) <00:39:25>

(4)では、弁護士のマーティンがパーティーで、弁護士仲間とスウェーデン人が結婚しないのは、結婚税という変な税金があるからだと雄弁に語っています。その時に、妻で弁護士のルースが飲み物を持ってきます。マーティンはSoZを使って、スウェーデンの結婚の話題から転じて、自身の配偶者であるルースの紹介にスムーズに切り換えます。話題の関連性はそれほど強くないかもしれませんが、結婚つながりの話題転換となります。

SoXもSoWもSoZも速い会話の中で使いこなすのはかなり難しいと思います。就中、多義を操るSoXPという亜種の我田引水の荒業は、映画やドラマのセリフの離れ業だと思いますが、英語を生業とする私たち教員はスパッと使ってみたいものですね。