Singularity―映画で学ぶ宇宙物理学(Interstellar, 2014)

タイトル:Singularity―映画で学ぶ宇宙物理学(Interstellar, 2014)
投稿者:井村誠(大阪工業大学)

シンギュラリティ(singularity)という言葉を最近よく耳にします。人工知能が人類の知能を超える転換期のことを指し、2045年にはそれによって予測不可能な事態が生じるだろうとも言われています。さてsingularityは「特異点」と訳されますが、何故そのような訳になるのでしょうか。この言葉は他の分野でも用いられます。数学では不連続で微分できない点のように、一般法則が成り立たない点のことを指します。1970年にフィールズ賞を受賞した広中平祐博士の研究は特異点に関するものでした。宇宙物理学ではブラックホールに特異点が存在すると考えられています。そこでは重力が無限大となって、物理法則が破綻してしまうことになります。そこで宇宙物理学の最前線では、そのような特異点を解消するために、一般相対性理論と量子理論を融合した統一理論(量子重力理論)が追究されています。

2014年に公開された『インターステラー』(Interstellar)では、現代宇宙物理学の研究が想像する宇宙の姿を垣間見ることができます。気候変動が進み人類の滅亡が迫り来る中、NASAは秘密裏に居住可能な別の銀河系惑星の探査を進めています。しかし何十万光年も離れた他の銀河系へと旅をするためには、ワームホールを通って時空を飛び越える必要があり、また巨大なブラックホールの超重力の影響で時間の進み方が異なるため、地球との時差が生じたりします。この映画の台詞の中から singularityが使われているシーンを見てみましょう。(字幕翻訳:アンゼたかし)

<01:05:41-01:06:08>
Cooper : Romilly, are you reading these forces?(ロミリー、重力は?)
Romilly : It’s unbelievable.(すごいぞ。)
Doyle : A literal heart of darkness.(まさに闇の奥だな。)
Romilly : If we could just see the collapsed star inside… the singularity, yeah, we’d solve gravity.(重力崩壊の中心「特異点」を観測できれば重力を解明できる。)
Cooper : And we can’t get anything from it?(観測は無理か?)
Romilly : Nothing escapes that horizon. Not even light. The answer’s there, just no way to see it.(なにも届かない。光さえも。答えは闇の中だ。)

この他にも数カ所singularityが登場しますが、いずれもブラックホールの中では理論上重力が無限となって、現在の物理法則では説明できなくなる限界が存在することを示しています。この映画はノーベル賞を受賞した理論物理学者のキップ・ソーン(Kip Thorne, 1941-)が製作総指揮を務めていることからも、きわめて科学的水準の高いScience Fictionであると言えるでしょう。

さてsingularityという言葉はもちろん「ひとつ」を表すsingleに由来しますが、singularを辞書で引くと「単数の」という意味の他に、「並外れた」「非凡な」「奇妙な」などの意味が出てきます。つまり「単数」というコアミーニングから「唯一の」→「独特な」→「風変わりな」という意味に拡張していったと考えられます。ですから、He is single. なら、「彼は独身だ」という意味ですが、He is singular. だと「彼は変わり者だ」という意味になるので注意が必要ですね。進化論で有名なチャールズ・ダーウィン(Charles Darwin, 1809-1882)は、ビーグル号の航海記の中で、finchというスズメに似た鳥について、“These birds are the most singular of any in the archipelago.” と記しています。つまりその種において独特である(only one of the kind)ということです。このようにsingularityはユニークで極めて特殊な点ということで「特異点」という訳になったと考えられます。Singularityという言葉の意味についていろいろな角度からアプローチしてみました。その意味合いや語感を掴むことができたでしょうか。