実写版『リトル・マーメイド』に見られる人魚の多様性

タイトル:実写版『リトル・マーメイド』に見られる人魚の多様性
投稿者:松浦加寿子(倉敷市立短期大学)

今やカフェの代名詞ともいえるスターバックスですが、ロゴマークに描かれている人魚の正体をご存じですか?この人魚は、ギリシャ神話に登場する女神サイレンです。サイレンが美しい歌声で船乗りたちを魅了したように、「コーヒーの香りで道行く人々を魅了したい」という想いがロゴマークに込められているそうです。

人魚といえば、ディズニー・アニメーション映画の実写版『リトル・マーメイド』(The Little Mermaid, 2023)は、主人公のアリエル役に歌手のハリー・ベイリーが起用されたことで、公開前から世界中で大きな話題となりました。本映画は、デンマーク出身の童話作家であるハンス・クリスチャン・アンデルセンによって1837年に発表されたアンデルセン童話『人魚姫』と、ディズニーによって1989年に製作されたアニメーション映画『リトル・マーメイド』(The Little Mermaid, 1989)がモチーフになっています。

堀田(2009)は、人魚姫 “mermaid” の語源について、古英語のmere (sea)+maide (maid)の2語を組み合わせたものであり、これらが複合語として使われるようになったのは、14世紀以降であると述べています。また、現代英語において海を意味するmereは、詩語や古語で「湖」や「池」を表す一方で、maideは語尾の-eが脱落したmaidとして「女中」の意味で使用されますが、多くはbarmaidやhousemaidなどのように複合語として用いられると指摘されています。

実写版『リトル・マーメイド』において、mer-を接頭辞とする人魚に関連する単語として、男性の人魚を表す “merman” も使われています。たとえば(1)のアリエルの姉たちの会話にある“merman”からは、他に男性の人魚も存在していて、恋愛関係にあったことがうかがえます。

(1) Perla: How could we forget?(よく覚えてる)
Indira: Well, I wonder who the lucky merman is.(誰にお熱なんだか)<00:44:59>

また、性別を区別しない人魚を表す単語も使用されています。海王トリトンの妹で、海の魔女であるアースラの台詞において、アリエルと彼女の姉たちに対して、“mer-brats” という造語が用いられます。下の(2)では、アースラがトリトンから王宮を追放されたことを恨み、復讐するために海の支配権を略奪しようと企んでいます。

(2) While Daddy and his spoiled little mer-brats celebrate the Coral Moon.
(パパとワガママ人魚たちはコーラル・ムーンのお祝い)<00:14:14>

一方で、アースラが海の支配権を略奪しようと企み、言葉巧みにアリエルに近づく(3)の場面では、人魚の総称として “merpeople” が用いられていて、ポリティカルコレクトネスにも配慮した単語であるといえます。

(3) Ursula: What has your father told you about me?
(お父さんに何を聞いたの?)
Ariel: That you like to stir up trouble between humans and merpeople.
( “人間と人魚をトラブルに引き込む”って)<00:49:54>

また、“merperson”は本映画では使用されていませんでしたが、“merpeople” とともにアルク出版の『英辞郎 on the WEB』には記載されていて、前者は「〈男性または女性の〉人魚」、後者は「人魚たち、人魚族(の人々)」とあります。両者とも日常的に使用頻度が低いので、定着して多くの辞書に記載されるにはもう少し時間がかかると考えられます。今後も世界でますますポリティカルコレクトネスが浸透していくと思いますが、“mermaid” は上述した女神サイレンと結びつけられることが多いので、生き残るかもしれないことが示唆されています(堀田, 2009)。さらに、“merman” もギリシャ神話の海神トリトンと結びつけられるので、同様のことがいえるかもしれません。

実写版『リトル・マーメイド』は、人間と人魚が種を超えて結婚できたように、人種の垣根を越えて多様な人魚が登場していました。一人ひとりがお互いを認め合い、多様性を尊重し合う社会になればいいですね。

堀田隆一(2009).「hellog~英語史ブログ #115. 男の人魚はいないのか?」
http://user.keio.ac.jp/~rhotta/hellog/2009-08-20-1.html (keio.ac.jp)(最終閲覧日:2023年10月20日)
スターバックスコーヒージャパン(2021).「あなたは誰?スターバックスの永遠のシンボル「サイレン」のストーリー」
https://stories.starbucks.co.jp/ja/stories/2021/15658868/(最終閲覧日:2023年10月20日)