他人が期待するパーソナリティを生きる

タイトル:他人が期待するパーソナリティを生きる
投稿者:藤倉なおこ(京都外国語大学)

近年、日本でもLGBTQの人たちの人権について、少しずつですが、関心が高まりつつあります。例えば、最近では札幌地方裁判所が同性婚を認めないのは憲法違反であるとの判決を出しました。この判決は婚姻が「両性の合意のみに基づいて成立する」というのは、「人と人との自由な結びつき」を意味し、現在の制度では「個人の尊厳を成す人格が損なわれる事態」だと指摘した、今までで一番踏み込んだ内容でした。また、若い人たちを中心に当事者がメディアに登場するようになりました。米国では宗教的な思想と相まって偏見は色濃く残っていますが、有名人がカミングアウトしたり、都市部では大規模なレインボー・パレードが行われたりして、理解が進んでいます。一方で、高齢のLGBTQの人たちをメディアであまり目にすることはありません。かつて米国では同性愛は治すべき「病気」でした。また、同性愛者は学校を退学になったり、逮捕されたりすることもあるほど差別を受けていました。

映画『人生はビギナーズ』(Beginners, 2010)は、75歳でゲイであることをカミングアウトした父親から人生を学ぶ息子が主人公の物語です。父親を演じたクリストファー・プラマーは、この映画でアカデミー賞史上最高齢の82歳で助演男優賞を受賞しました。息子役は、『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』(Star Wards Episode 1: Phantom Menace, 1999)でオビ=ワン・ケノービを演じたユアン・マクレガーです。

父のハルは妻の死後、自分はゲイであると息子のオリバーに告げて、若い男性の恋人やゲイの仲間と毎日楽しく過ごし始めます。オリバーは父の様子を見ながら、両親の結婚はいったい何だったのか、自分の存在は何なのかを問います。そしてある日、母親を愛していたのかと父を問い詰めます。すると父親は、実はオリバーの母親の方からプロポーズしたのだと答えます。妻への返事とその後の会話を父は息子にこう説明します。

Hal: “Look, I love you, and we’re great buddies, but you know what I am.”And then she says, “That doesn’t matter, I’ll fix that.” I thought, “Oh, God. I’ll try anything.” (「確かに好きだよ、僕たちはいい相棒だ。でも、僕が何者かわかっているだろう。」と話したら、彼女は「そんなことはどうでもいい。私が治してあげる。」って言ったんだ。「なんてことを言ってくれるんだ、どんなことを試してでも治そう。」と思ったよ。)<01:12:00>

同性愛という病気を「治してあげる」と言われて、父は結婚したのです。 “fix”という表現には、「治す」という意味がありますが、どちらかというと、壊れている物を直すという表現です。「結婚してどんなことをしてでも治したいと考えた」というのが、社会の偏見の中で彼がいかに生きづらい思いをしていたのかをものがたっています。しかし、結局「病気」が治ることはなく、彼の苦悩は続きました。そうして人生の終わりに近づいて、ようやくハルは本当の「個人の尊厳を成す人格」を生きることができたのです。

オリバーは、公園で愛犬のジャック・ラッセル・テリアに語ります。「犬仲間と遊んでおいで。僕は人間だ。おまえは狩り好きのジャック・ラッセルという人が育てた犬種で、かつてはキツネを追いかけていたんだよ。ところが、ある時からカワイイっていうことになって映画やテレビに出て、テニスボールを追いかけるようになったんだ。」オリバーはその後、 “My personality was created by someone else…”「僕の人格は、他人が作ったもの」というTシャツを作ります。人は、そして犬も、他人が期待する人格を演じて生きていて、それがいかに人生を台無しにするかを父親の人生から学んだのでしょう。ハルはオリバーに自分の人生を生きる大切さを教えました。