タイトル:字幕には現れない英語表現の面白さ
投稿者:小谷早稚江(帝塚山大学)
映画字幕は字数制限が厳しく、オリジナルのセリフを短く的確にまとめて表す必要があります。そのため、言語学的には非常に興味深いセリフでも、字幕に反映させることが難しい箇所が出てきてしまいます。そういった大っぴらに訳されていない英語のセリフやその存在意義に気づけると、個人的にとても嬉しく、英語学習を続ける楽しみになっています。今回は、字幕には明確に現れていませんが、数秒のセリフの中に興味深い英語表現が2種類観察されるシーンを紹介します。
感謝祭の前夜、凍えながら薄着で道を歩くMichaelを見かけたLeigh Anneは、彼を自宅に泊めて、一家で感謝祭を共に過ごします。そして、翌日のブラック・フライデーに一緒に買い物に行くことを提案します。次の会話は、買い物に行く道中に交わされるものです。
Michael: I got clothes.(服ならある)
Leigh Anne: You HAVE clothes. And an extra T-shirt in a plastic bag does not a wardrobe make.(着替えがTシャツ1枚じゃ全然足りないわ)
Michael: I have clothes.(服はあります)<00:28:42>
『しあわせの隠れ場所』(The Blind Side, 2009)DVD版
(日本語字幕もDVDから引用)
この会話の字幕には現れない興味深い点の1つ目は、言葉遣いの指摘です。子供の言葉遣いを直すために、子供の発話の直後に、親や教師が文法的な文や適切な表現で言い直す場面はよく見かけます。この場面では、黒人英語(African American Vernacular English)で多用される動詞gotを使ったMichaelの発話の直後に、Leigh Anneがgotをhaveに置き換えた文で言い直して、所有の意味を表す、現在時制のhaveを使うように促しています。訳すのであれば、「服は『あります』でしょ。」でしょうか。これが言葉遣いの指摘だというのは、Leigh Anneのセリフ中のhaveに明らかな強勢が置かれていることと、その後でMichaelが”I have clothes.”と言い直していることからわかります。
興味深い点の2つ目は、SOV構文(滝沢(2003))あるいはSwallow Constructions (Kanno et. al.(2023, 2024))と呼ばれる、英語では珍しいSOV語順の文で、Leigh Anneのセリフの2つ目の太字部分で観察されます。本来の英語語順であれば、An extra T-shirt in a plastic bag does not make [a wardrobe].となるべきですが、makeの目的語であるa wardrobeがセリフの中では強勢を置かれてmakeの直前に出現し、S not OVの語順になっています。この構文の容認可能性やイントネーションについては、英語母語話者によってばらつきがあるものの、上述の先行研究で挙げられた特徴をまとめると、この構文には数詞を伴う不定名詞が現れやすく、大半が否定を伴い、典型的に「SだけではOを成立させるのに十分ではない」という構文特有の意味があります。Leigh Anneのセリフも、SとOは共に単数形の不定名詞で、否定文であり、構文特有の意味も会話の状況に合致しています。
字幕にLeigh Anneの言葉遣いの指摘を表す表現はありませんが、DVD版の字幕翻訳をされた山門珠美氏は、おそらくこの点も踏まえてMichaelのセリフを「ある」と「あります」と訳し分けておられます。SOV語順の文については、「着替えがTシャツ1枚じゃ全然足りないわ」と訳されており、この字幕だけでは特別な語順や意味をもつ構文であることに気づくのは難しいと思われます。この構文特有の意味を正確に反映させるのであれば、長くなりますが、「ビニール袋に入れた替えのTシャツ1枚だけでは衣類とは言えないわ」のようになります。このように、英文を聞き取ったり、英語字幕を見て語順の違いに気づき、この構文の言語学的な意味や特徴にたどり着けると、実話に基づいたこの映画のストーリーに加えて、シナリオ的な面白さや英語の振る舞いの面白さにも出会えます。さらに、語順や強勢を考えると、この構文には焦点が大きく関与していると思われます。なぜこのような語順で、なぜこのような意味が出るのかを考える楽しみにも繋がります。
<参考文献>
Kanno et. al. (2023), “The Overt Focus Movement to vP Periphery in English” presented in The English Linguistic Society of Japan 16th International Spring Forum, on May 14, 2023.
Kanno et. al. (2024), “The Overt Focus Movement to vP Periphery in English” JELS 41, 255-264 https://elsj.jp/wp-content/uploads/JELS41.pdf
滝沢直宏「現代英語におけるSOVの語順:基本型と拡張型」『英語青年』2003(8) 44-46