【投稿一覧】
2020年12月13日
「To victoryは経路句なのか結果句なのか」吉川裕介
2020年11月3日
「時間を過去に戻す魔法の接頭辞un-とは」飯田泰弘
2020年10月20日
「TOEIC® L&Rテストにおける初学者の口語表現理解について」福井美奈子
2020年9月16日
「YouTubeを使ったホテルイングリッシュ授業実践の報告」金田直子
2020年8月10日
「ドラマ『シャーロック』の魅力とは?」松浦加寿子
2020年7月7日
「なくならない人種差別― “Hidden Figures”」藤倉なおこ
2020年6月20日
「YouGlishが教える英語のアクセント」田畑圭介
2020年4月4日
「Teaching English Through Video Games」Ken Poon
2020年3月3日
「口語英語に見られる破格構文」井村誠
2020年2月7日
「『丁寧にするためにとりあえずpleaseをつけておこう』の間違い」松井夏津紀
2020年1月30日
「“I’m calling X…”はTOEIC L&Rでは正解を指す談話標識!」倉田誠
タイトル:To victoryは経路句なのか結果句なのか
投稿者:吉川裕介(京都外国語大学)
皆さんの中には、2020年11月上旬に行われたアメリカ大統領選挙に注目されていた方も多いのではないでしょうか。今回は選挙でよく目にするto victoryという表現について考えを深めていきたいと思います。(1)の文は選挙戦を左右するヴァージニア州で勝利したことで、民主党のバイデン候補が大統領戦で優位になった記事の見出しです。
(1) Joe Biden marches to victory in Virginia, notching swing-state win
(New York Post–Nov. 3. 2020)
この場合、to victoryは動詞marchの比喩的な目的地として表されており、「大統領選挙での勝利へ動き出した」という意味で捉えられます。他にもinch to victory(少しずつ勝利に近づく)や、surge to victory(勝利に大きく近づく)といった動詞も今回の大統領選ではよく目にしました。このように、to victoryは動詞が示す様態を伴って、ゴールに到達する内容を表すことから、競技や選挙などの話題で頻繁に使用されることが伺えます。
(2) Biden inches closer to victory (NHK WORLD-JAPAN–Nov. 7. 2020)
(3) Former Vice President Joe Biden surged to victory in Super Tuesday contests across the South and beyond, while Sen. Bernie Sanders, I-Vt., claimed gold with a sizable win in delegate-prize California. (FOX NEWS–Mar. 4. 2020)
よく観察してみると、(4)のような通常の移動構文では場所を示す前置詞句は物理的なゴールとしてto句が示され、動作主の位置変化(change of location)を表しています。このような前置詞句のことを経路句と言います。一方で、to victoryは抽象的なゴールを示しており、その解釈に状態変化(change of state)を伴います。例えば、大統領選挙の場合to victoryは場所への移動ではなく、「候補者」から「大統領」へと立場が変わることを意味しています。このような前置詞句は結果句と呼ばれます。
(4) John pushed the shopping cart to the garage.
Iwata (2020)は、このto victoryをめぐって、これまでの結果構文とは異なる振る舞いをする新種の結果構文(原因と結果を単文で描写する構文)であると主張しています。通常、結果構文は(5a)のように直接目的語の制約(Direct Object Restriction; 以下DOR)に従い、結果述語として示される二次述語(clean)は直接目的語(the table)の状態変化を示す必要があります(cf. Simpson 1983, Levin & Rappaport Hovav 1995)。一方、(5b)では鉄を溶かした結果、自身の体が熱くなったという意味で解釈することができません。
(5) a. John wiped the table clean.
b. *I melted the steel hot. (Simpson 1983; 143-144)
興味深いことに、to victoryを見てみると、(6a)ではThe influence of the media causes the victory of Trump.とパラスレーズできるように、to victory はTrumpの結果状態を表している一方で、(6b)に見られるto victoryは「騎手が同じ馬に騎乗し、勝利を収めた」というように主語のPhilippe Rozier氏の結果状態を表していることが分かります。
(6) a. How The Media Swept Trump To Victory (HUFFPOST Nov. 18. 2016)
b. PHILIPPE ROZIER…rode the same horse to victory for France in the Euro House Trophy in Gothenberg yesterday. (BNC, cf. Iwata 2020; 394)
このような二次述語に関する指向性の不一致について、Iwata (2020)では次のように説明しています。(6a)では、sweepが示す行為が目的語のTrumpに働いておりDORを満たすことから通常の結果構文として解釈されます。一方、(6b)のride to victoryのパターンは、目的語が「動詞に本来選択される働きかけの直接の受け手(force recipient)」として捉えられないことから、動詞の働きかける対象がそもそも存在しないために、DORの違反にはならないと結論づけています。
このことから、Iwata (2020)の分析には、ride to victory型を他動性が欠如した結果構文として分類している点で新規性があります。日常的に目にする表現の奥にはこのような目新しい理論的進歩が潜んでいます。ぜひ、言葉の奥深さを感じてもらえれば幸いです。
参考文献:
Levin, B., & Rappaport Hovav, M. 1995. Unaccusativity: At the syntax-lexical semantics interface. Cambridge, M.A: MIT Press.
Simpson, J. 1983. Resultatives. In M. Rappaport, A. Zaenen, & L. Levin (Eds.) Papers in lexical-functional grammar (pp. 143-157). Bloomington: Indiana University Linguistics Club.
Iwata, S. 2020. English Resultatives: A force-recipient account. Amsterdam & Philadelphia: John Benjamins.
タイトル:時間を過去に戻す魔法の接頭辞un-とは
投稿者:飯田泰弘(岐阜大学)
returnのre-、dishonestのdis-、unluckyのun-など、英語の接頭辞には様々なものがあります。同じcoverでも、recover「回復する」、discover「発見する」、uncover「蓋を外す」のように、異なる接頭辞が付けば異なる動詞へと派生するため、各接頭辞の機能の正しい理解は大事です。
中でも、un-には注意が必要です。unhappyやunkindのように、un-は「否定」の意味を持つことは広く知られていますが、これはun-が形容詞に付く時の話です。一方で、動詞に付く場合は「(その動詞の表す行為を)元に戻す」ことを示し、tie「結ぶ」はuntieで「ほどく」、freeze「凍らせる」はunfreezeで「解凍する」になります。よって、「結ばない、凍らせない」のような行為自体を否定する意味にはなりません。
このような「un-動詞」は映画でも多く登場し、(1)や(2)のように「un-無し/あり」の動詞の形が連続すると、un-の「元に戻す」機能がよく分かりますね。
(1) Yoda : You must unlearn what you have learned.(固定概念を捨てるのじゃ)<01:09:22>
『スター・ウォーズ 帝国の逆襲』(Star Wars: Episode V-The Empire Strikes Back, 1980)
(2) Elrond : The Ring was made in the fire of Mount Doom. Only there can it be unmade.(指輪はドゥーム山の炎で造られ、その炎だけが指輪を葬る力を持つ)<01:41:39>
『ロード・オブ・ザ・リング』(The Lord of the Rings: The Fellowship of the Ring, 2001)
(1)のunlearn「記憶を消す、忘れる」のように、日本語訳に「ひとヒネリ」が必要になるものは少なくありません。unseeは「(見てしまったが)見なかったことにする」という語で、(3)のように否定文で使われれば、文全体の理解に苦戦するかもしれません。
(3) Nick : You saw it, right?
Jenny : I can’t unsee it!(見たに決まってるでしょ!)<00:52:33>
『ザ・マミー 呪われた砂漠の王女』(The Mummy, 2017)
さらに頭の柔軟さや発想力が求められるのは、undoです。動詞do「する」と同様に、undoは動詞のみではどんな行為を「元に戻す」のかが不明確なため、目的語の情報などが重要になります。(4)~(7)では、「(シートベルトを)外す、(過去を)変える、(ズボンを)脱がす、(政権を)転覆させる」と、それぞれが異なる訳になっています。
(4) Bill : Miss, undo his seatbelt.(すみません、彼のシートベルトを外して)<01:00:05>
『フライト・ゲーム』(Non-Stop, 2014)
(5) Hannah : You can’t undo the past. All you can do is face what’s ahead.(過去は変えられない。未来を見るしかない)<01:41:22>
『ジオストーム』(Geostorm, 2017)
(6) Dutch : She starts unbuttoning your shirt, while I undo your trousers.(彼女はあなたのシャツのボタンを外し、私はズボンを脱がす)<00:35:58>
『ストレイン 沈黙のエクリプス』(Strain, Season 3, Episode 8, 2016)
(7) Grace : If the truth comes out that the president’s senior advisor shot Clair Rayburn and then the secretary of defense helped cover it up, it will undo this administration.(大統領上級顧問がクレアを射殺、国防長官が隠ぺいに加担、なんてバレたら政府が転覆するわ)<00:03:03>
『サルベーション -地球の終焉-』(Salvation, Season 2, Episode 4, 2018)
文脈の助けなどで、通常は「un-動詞」型がない動詞とun-がコラボすることもあります。(8)では、nick「切る」の話が繰り返されたあと、un-nickが「縫い付ける」の意味で用いられています。
(8) Yoren : I could nick this artery in your leg. Once it’s nicked, there’s no one around here who knows how to un-nick it.(お前の内股をぶった切ってもいい。一度切れば、縫い付け方を知る者はいないぜ)<00:04:47>
『ゲーム・オブ・スローンズ』(Games of Thrones, Season 2, Episode 2, 2012)
このような新しい単語を生み出すun-のパワーは、現代社会特有の新語も誕生させました。毎冬、オックスフォード大学出版局はWord of the Year(今年の言葉)を発表していますが、2009年の米国の大賞は「unfriend」でした。これは「(SNS等で登録済みの人を)友人登録から削除する」という語で、「友人登録する」という動詞のfriendにun-が付いた、まさにSNS社会を映し出した新語と言えます。
その後、『アンフレンデッド』(Unfriended, 2014)と、続編の『アンフレンデッド ダークウェブ』(Unfriended: Dark Web, 2018) という、PC画面上で展開する異色のホラー映画も公開されています。登場人物たちが徐々にunfriendさえていく様子も描かれていますので、ご興味のある方はぜひ。
タイトル:TOEIC® L&Rテストにおける初学者の口語表現理解について
投稿者:福井美奈子(京都産業大学)
TOEIC® L&Rテストのここ数年の傾向として、口語表現が生起する頻度が高くなっていることが挙げられます。例えば、“I’ve got to get going.”(もう行かなくちゃ)、“I’m in.”(私も参加するわ)、“I’m on my way.”(向かっている途中です)などは、表現そのものの意味が理解できればよいので、初学者の学習に困難さが伴うことはないでしょう。しかし、“Will do.”などの、相手の発言に対する応答表現は、表現を単に日本語訳することにより理解しようとしてしまいがちな初学者にとって、ハードルが高いものです。『公式TOEIC Listening & Reading問題集3』(IIBC, 2017)より、Part 7のテキストメッセージチェーンを例に考えてみましょう。
Filiz Budak 8:30 A.M.
Hello all. Once again when I opened up the shop earlier today, all the lights were on. Does anyone know how that happened?(おはよう、皆さん。今日先ほど店を開けたときに、また照明が全部ついていたの。どうしてそんなことが起こったのか、誰か分かるかしら)
まず、8:40 A.M.にBudakさんが開店時の照明の状況ついて、他の店員たちに問いかけました。すると、ある店員が照明を切るためのタイマーを確かにセットしたことや、別の店員が閉店30分後に店の前を通った時には照明は消えていたなどの情報が寄せられました。そして、3日間も同じトラブルが続いていることと店員たちから寄せられた情報を元に、Budakさんはタイマーに問題があることを結論付け、8:48 A.M.にある依頼をしますが、それに対するやりとりは次のようなものです。
Filiz Budak, 8:48 A.M.
Contact the company that did the installation. The paperwork should be in one of the filing cabinets. And until the timer can be fixed, the last person on duty will have to turn off each light before closing. (設置を行った会社に運絡してちょうだい。事務書類は書類整理棚の1つに入っているはずよ。それから、タイマーが修理できるまで、勤務の最後の人が店を閉める前に各照明を消さなければならないわね)
Jae Woo Han, 8:50 A.M.
Yes, I remember filing their invoice at the time of the installation.(ああ、設置のときにその会社の請求書をファイルにとじたのを覚えています)
Luke Ciccone, 8:51 A.M.
Will do.(そうします)
8:51 A.M.のCicconeさんの応答は、直前のHanさんに対するものではなく、8:48 A.M.のBudakさんの命令に対するものです。このことは、初学者が“Will do.”の意味や用法を理解することを難しくさせていると考えることができるのではないでしょうか。
そこで、映画『ナイト・ミュージアム』(Night at the Museum, 2006)を通して、この表現を考えてみることにします。
どんな仕事も長続きしない主人公のLarryが、自然史博物館での仕事の面接に行く時のシーンです。Rebeccaは館内を案内しながらLarryを面接会場に誘導していきます。すると、展示物を好き勝手に触る子供たちを見て、突然現れたMcPhee館長が‟Please don’t touch the exhibits!”(展示品に触るな!)<00:11:18>と注意します。そして、このような「悪い客」は追い出すべきだと考える館長とRebeccaは次のようなやり取りをします。
McPhee: Work it out, please. (目を離すな)
Rebecca: Will do, sir.(はい、そうします)<00:11:40>
このシーンでは、RebeccaはMcPhee館長から受けた命令に対し、‟Will do, sir.”と深くうなずきながら応えます。つまり、この表現は直前の依頼に対しての応答であり、相手の発言内容を実行する意図を表すものであることを初学者ははっきりと理解するでしょう。
TOEIC® L&Rテストの指導に限らず、どういったレベルの情報を学習者に与えるべきかについては、バランスが難しいものです。先の2例を元に考えると、初学者への“Will do.”の指導については「直前の依頼に対する応答」であることの理解を優先し、定着を目指すのが適切ではないかと考えます。
タイトル:「YouTubeを使ったホテルイングリッシュ授業実践の報告」
投稿者:金田直子(神戸女子大学・非)
「あそこのお煎餅屋さんはかなりおすすめですよ。」
皆さんならどう英訳しますか?クラスでこの質問をすると多くの学生が I recommend that rice cracker shop very much. と答えてくれます。文法的には正しいように見えますが、COCA (Corpus of Contemporary American English) で recommend と共起する副詞の上位は 1. highly 2. strongly 3. definitely でした。very much を含む実例は見つかりませんでした。このように文法的には正しくても実際には使われない英語表現が学生とのやり取りの中で多々出てきます。授業では「誰かに何かをお勧めする時の表現」は他にどんなものがあるのかを、YouTube の動画を見ながら学生に発見してもらいます。
このように、私が担当しているホテルイングリッシュを扱うクラスでは、接客時の基本的な英語表現を学びます。教科書にはリスニングやロールプレイなどのエクササイズが散りばめられていますが、CDを流してディクテーションをしたり、口頭練習をしたりするだけではそのフレーズが自分の言葉で、その場面で使えるようになるかは疑問です。そこで当該クラスでは、学習者にとって身近な映像コンテンツの一つであるYouTubeを補助的教材として活用しています。
YouTubeの動画を補助的教材として使用することで (1) 教科書で学んだフォーマルな表現と、実際に現場で使われている表現の橋渡しができる、(2)フレーズと映像で学習することでより深く記憶に定着させることができる、(3) 映像と共に学ぶことで行ったことのない場所や異文化などを擬似体験することができる、(4) 学習者が自分の興味に応じて動画を検索し学習を自律的に継続することができる、という4点において効果的であると考えます。またYouTubeのハード面の利点として日英語の自動字幕が選べることと、音声再生速度を調整できることが挙げられます。自動字幕に関しては一言一句正確に書き起こされているわけではありませんが、内容の大意を掴むには十分な精度と言えます。
YouTubeを補助教材として使用した当該授業では、ホテルのコンシェルジュが観光名所をゲストに案内するというユニットで学生には「訪日外国人客におすすめしたい神戸の観光スポットをネットなどを使って下調べしてくる」ことを宿題にしました。そして翌週の授業では Internationally me という YouTuber の神戸観光の動画を使い、神戸の名所を巡りながら、教科書で登場した表現とフレーズの学習をします。次に動画の中で「誰かに何かをおすすめする表現」として教科書で学んだもの以外にどんなフレーズがあるのかを学生に見つけてもらいます。
以下は一例ですが、must-seeを使い「必見の」という意味でおすすめのスポットという表現が登場します。
…so in this video, let me show you how you can travel around Kobe efficiently and visit the must-see places in just one day.
(YouTube: Kobe In A Day: What To Do And Eat In Kobe | Japan Travel Guide)
動画で様々な表現を学んだ後、学生は動画の中で自身が使ってみたいと思う表現を自分で選び、各自下調べをしてきたおすすめ観光スポットを紹介するペアワークを行います。
YouTubeの多くの動画には映画やドラマのようなきっちりと決められた台詞がありません。その時の感じたことを表現するという点ではより実践的でAuthenticな英語を学ぶツールの一つとも言えます。また、YouTubeには同じトピックでも様々な動画があげられているので、動画の検索方法を授業内で教えれば、学習者は自分の興味にあった動画を使ってどんどん学習を続けることができます。オンライン授業になり学習者はさらなる自律的学習力がもとめられています。我々教員も、学習者の集中力を維持させながら知的探究心をくすぐる授業をするために、彼らの文化に寄り添った教材研究が必要ではないでしょうか。
タイトル:ドラマ『シャーロック』の魅力とは?
投稿者:松浦加寿子(中国学園大学)
現代で「シャーロック」と言えば、世界で一番有名な探偵と言っても過言ではありません。シャーロックの作品はこれまでに何度もドラマ化や映画化されています。日本でも、2018年4月に『ミス・シャーロック』や、2019年10月には『シャーロック』がフジテレビジョンの制作で放送され、絶大な人気を誇っています。
その中でも高い人気を博したのが、英BBCが製作し、2010年から2017年まで放映されたドラマ『シャーロック』(Sherlock)です。シャーロックは、作品の中で頭脳明晰で鋭い観察眼を持ちながら社会性を著しく欠いており、さらに高機能ソシオパスとして描かれています。そのような彼が相棒のジョンとどのように信頼関係を構築していくことができたのか、さらに私たちがシャーロックに魅了されるのはなぜなのか、言語学者のブラウン&レヴィンソンが提唱した人間関係を円滑にするための言語手段であるポライトネス理論の観点から考察したいと思います。ここでは、『シャーロック』(Sherlock, Season 1, Episode 1)の「ピンク色の研究」を取り上げます。
まず下は、初対面の場面で、シャーロックがジョンに関する情報を彼の外見から推測する場面です。
Sherlock: I know you’re an army doctor and you’ve been invalided home from Afghanistan. I know you’ve got a brother with a bit of money who’s worried about you, but you won’t go to him for help because you don’t approve of him – possibly because he’s an alcoholic, more likely because he recently walked out on his wife. And I know that your therapist thinks your limp is psychosomatic – quite correctly, I’m afraid. (君は軍医で負傷して帰国。兄がいるが助けを求めない。彼の飲酒癖のせいかな。兄は最近妻と別れた。セラピストいわく、君の足は心因性。)<00:11:20>
ここでシャーロックはジョンの外見から、陸軍の軍医で負傷しアフガニスタンから送還されたことや、ジョンの兄の飲酒癖が悪いこと、さらにジョンのセラピストはジョンが脚を引きずるのは心因性であると判断し、それらが見事に当たっていることが後に分かります。ポライトネス理論では、相手と距離を縮めたいときに用いるストラテジーとして、他者から好かれたい、認められたい欲求がベースにあるポジティブ・ポライトネスを15個挙げています。太字の部分は、「相手(の興味、欲求、必要、物)に気づき、関心を向ける」に該当し、シャーロックがジョンに関心を示していることがうかがえます。
次は、なぜ言い当てられたかの根拠をシャーロックから聞いたのち、その鋭い考察にジョンが感心している場面です。
John: That was … amazing.(すばらしい推理だった。)
Sherlock: Do you think so?(そう?)
John: Well, of course it was. It was extraordinary. Quite extraordinary.(まったく見事だったよ。)<00:20:25>
ここで太字の3文目の褒めの箇所は2文目をさらに強めて言っていると考えられますが、シャーロックの考察に対してジョンが賛意を3回も述べて大袈裟であること、またこのストラテジーはイントネーションやストレスからも判断できるとブラウン&レヴィンソンが述べていることから映画の音声からも判断して太字の部分はすべて「(相手への興味、賛意、同情を)誇張する」のストラテジーに該当すると考えられます。前例は相手の何かに気付いて発言するのに対して、この例では相手の発言に対して賛意を述べることで相手とより一体感を生み出しているように思います。
これらの場面でシャーロックとジョンは初対面にもかかわらず、お互いに打ち解けたい時に用いるポジティブ・ポライトネスを使用しています。高機能ソシオパスで社会性を著しく欠いており、一見コミュニケーション能力が低そうに思えるシャーロックが序盤から上手に人間関係を構築していることが明らかです。それがまさしく視聴者をも虜にするシャーロックの魅力ではないでしょうか。
タイトル:なくならない人種差別― “Hidden Figures”
投稿者:藤倉なおこ(京都外国語大学)
黒人男性が白人警官に押さえつけられて死亡したことを受けて、アメリカだけでなく世界各国で抗議デモが起こっています。参加者が掲げた当たり前であるはずの“Black Lives Matter”(黒人の命は大切)のスローガンは、黒人の命がいかに簡単に奪われているかを訴えかけています。英語には“police brutality”という人種差別に基づく過剰な警察の暴力、威嚇、恫喝を指す表現があります。今回のことが大きな運動に発展している背景にはこの事件が今回たまたま起きたことではなく、同様の暴力を警察が繰り返している事実があります。
報道を見て思い出すのは、映画『ドリーム』(Hidden Figures, 2017)の一場面です。映画は1958年から1963年にかけてNASAが実施したアメリカ初の有人宇宙飛行、マーキュリー計画に携わった黒人の女性数学者たちを描いています。現在のようなコンピューターが開発される以前、「コンピューター」と呼ばれた女性数学者たちが、宇宙開発に必要な高度な計算を行っていました。ところが彼女たちの存在は、黒人女性マーゴット・リー・シャッタリーが本にするまで表舞台に出ることはありませんでした。まさに英語の原題、 “Hidden Figures”(隠された人びと)だったのです。
映画の冒頭、主人公Katharineを含めた黒人女性3人がNASAへ通勤中に畑で車が壊れ、そこにパトカーが近づいてきます。普通であれば、助けてもらえる、ありがたいと思うはずですが、3人の間に急に緊張が走ります。三人は身なりを整え姿勢を正し白人の警察官を迎えます。
Mary: Girls. (見て)
Dorothy: No crime in a broken-down car.(故障は犯罪じゃない)
Mary: No crime being a negro, either.(肌が黒いこともね)
Katharine: Button it up, Mary. Nobody wants to go to jail behind your mouth.(言葉に気をつけて、逮捕されたくない)
Mary: I’ll do my best, sugar.(頑張ってみる)
Police Officer: Not a great place for three of you all to be having car trouble.(こんなところでエンストか)
Mary: We didn’t pick the place, Officer. It picked us.(車がここを選んだんです)
Police Officer: You being disrespectful?(ナメてるのか)
Mary: No, sir.(いいえ)
Police Officer: You have identification on?(身分証は?)
Katharine: Yes.(持ってます)<00:04:03>
今では“Negro”は差別用語ですが、かつては「黒人」を表すことばでした。 “No crime being a negro, either.”(黒人であることは罪じゃない)と口にするのは、黒人だというだけで警察官に「いいがかり」をつけられて逮捕されてもおかしくないからです。白人であれば冗談になることも黒人が口にすると “disrespectful”(無礼な、失敬な)となるわけです。今もそのことは変わっていません。黒人であること自体が理不尽な暴力の被害者になるかもしれない、時には命を奪われかねないリスクなのです。今でもアメリカで黒人の子どもは、警官に呼び止められたときにはすべてに従って、決して口ごたえしてはいけないと教え込まれます。コロナウィルスの流行で生活にマスクが欠かせませんが、黒人男性は強盗と誤解されないようにあえてパステルカラーのバンダナや花柄のマスクをしているという新聞記事がありました。
そもそも17世紀にアフリカ系アメリカ人は、奴隷としてアメリカ大陸に連れて来られました。1865年に奴隷制度は廃止になります。しかしその後も差別はなくならず、マーチン・ルーサー・キング牧師が参加者約25万人のデモ「ワシントン大行進」で、人種、肌の色に関わらず平等を求めた“I have a Dream”(私には夢がある)のスピーチを行ったのは1963年、奴隷制度廃止から約100年後でした。スピーチの一節に “We can never be satisfied as long as the Negro is the victim of the unspeakable horrors of police brutality.” (口にするのも恐ろしい警察の暴力の犠牲者に黒人がなり続ける限り、我々は決して満足することはしない)があります。それから60年余り、差別、偏見の厚い壁はいまだに存在し『ドリーム』の実現は厳しいままです。
タイトル:YouGlishが教える英語のアクセント
投稿者:田畑圭介(神戸親和女子大学)
英語の話し手は英語のリズムを作り出すために、強い発声の語と弱い発声の語を文の中に配置しています。強く発声される語は一般的に内容語(名詞、形容詞、動詞、副詞)に属し、弱く発声される語は機能語(代名詞、前置詞、冠詞、助動詞、法助動詞)に属しています。例えば、(1)は次のように発声されます。
(1) a. I’ve WRITTEN the LETTER in FRENCH.
b. The OFFICE is OPEN at NINE.
太字大文字は強く発声される語を示していて、強弱の語発声の組み合わせが英語のリズムを生み出しています。
内容語と機能語の区別を認識することで、文における発声の強弱の基本が理解できますが、それでも英語のイントネーションの中には一筋縄ではとらえられない現象も存在しています。その一つが代名詞oneです。oneは代名詞であることから、機能語として認識され、実際に強く発声されません。
(2) a. CAN I borrow your RULER?
b. I haven’t GOT one.
(2a)の疑問文を作るcanと、(2b)の応答文で対照的に用いられているIは、ここでは強く発声されます。また(2a)のborrowは内容語ですが、can、rulerと同程度には強く言われないので、ここでは小文字で表記しておきます。(2)で強く言われる語は、(2a)ではcanとruler、(2b)ではIとgotになります。それぞれの語を強く発声し、文にリズムを生み出しています。
代名詞oneは、形容詞とともに用いられた時にも、弱い発声となります。
(3) The TRAIN was CROWDED, so we CAUGHT a LATER one.
THIS one、THAT oneについても、oneは弱く発声されます。機能語であるoneが弱く発音される事実は内容語との対比から容易に理解できます。
しかしながら、代名詞oneの実際の使用例を調べていくと、oneが強く発声される場面に遭遇します。YouTubeのビデオクリップが検索できるYouGlish (https://youglish.com/)のサイトでは、検索語句が用いられているシーンを順に再生してくれるので、イントネーションの把握に至極有益です。試しにwhich one isを検索すると、22,491件の用例が検出されます。▷|のボタンを押すと、次の用例に移りますので、どんどん用例の場面を聞いていってみましょう。実際のところ、whichに続く代名詞oneはどれも強く発声されています。YouGlishによって文単位の音声確認ができますので、本サイトを音声コーパスのように活用できます。
J.C.ウィルズ(2009)等のイントネーションの概説書を調べていくと、代名詞oneは、which、 last、right、wrong、first、only、theといった一部の語の後では強く発声されることがわかります。
(4) a. You took the LAST ONE!
b. Have you GOT the right ONE?
last one is、right one isのフレーズをYouGlishで検索すると、やはりoneが強く言われていることが確認でき、機能語の代名詞oneは弱い発声とは限らないことがわかります。実際、WHICH ONE is yours? といった、whichに後続するoneを弱く発声してしまう傾向が日本の英語学習者に見られます。英語学習者は「WHÍCH +ÓNE」のように強く発声されるoneの存在を認識し、英語イントネーションの習得にも意識を向ける必要があります。
本稿で紹介した用例は、渡辺和幸(1994)『英語のリズム・イントネーションの指導』(大修館書店)とJ.C.ウェルズ(2009)『英語のイントネーション』(研究社)からのものです。イントネーションの概説書とともにYouGlishで実例を聞き取っていくことで、弱形強形のアクセント感覚が自然と身についていきます。
タイトル:Teaching English Through Video Games
投稿者:Ken Poon(Freelance)
As an educator, I’ve always been interested in incorporating different kinds of media into the classroom. Movies and TV shows are common tools, and I have used them often in my lessons. But what about other kinds of media, for instance, video games? Is it possible to teach using video games?
In my class, we play a smartphone game called Spaceteam(2012). It can be played with up to 8 players. The game bills itself as a “cooperative party game”. The premise is simple: the players are pilots of a spaceship, and they must reach the goal in the allotted amount of time.
Each player uses their own phone to play the game. So if 8 players are playing, there are 8 phones. On the screen, there will be a variety of buttons, levers, and dials; akin to what you would imagine seeing on a spaceship’s control panel.
Players are given commands on their own phones that the other players do not see. For instance, player A’s phone will say, “Turn boosters to 5”, but their “control panel” does not show a dial labeled “boosters”. However, player D may see the boosters dial, but they cannot see the instruction that player A can. So, player A must yell out the command “Turn boosters to 5”, which will inform player D to perform the action.
The game will then give directions to a different player to execute a command that they may not be physically able to do, thus, they must shout out instructions to whoever can complete it. The game relies on information gaps to get players communicating with each other so they can reach the goal in time.
The usefulness of this game comes in a special free version called Spaceteam ESL. The gameplay is exactly the same as the original Spaceteam, however, there is an option that allows educators to create their own word lists. The game then uses these words as the label for the various buttons and dials on the control panel.
For instance, in the high school classes that I teach, students must be able to know and say vocabulary words from their textbooks. And while rote memorization and practice can work, many students may feel disengaged or uninterested. By using Spaceteam ESL, I can incorporate those vocabulary words directly into the game itself, which the students have been enjoying immensely.
So, if they are learning words that are used in a restaurant, instead of the game’s instructions saying, “Turn boosters to 5”, it may say, “Turn appetizer to 5”. Of course, the usage is nonsensical, and that is part of the fun of it. However, the students must properly read and say the words so that their teammates can listen for it and take the appropriate action. This gives students plenty of opportunity to practice their reading, speaking, and listening, and fosters communication between them. The game also works great as a team-building activity, giving shy students a chance to contribute, cooperate, and have fun with their peers.
While many see video games as an inappropriate tool for education, the variety of games has evolved immensely from their inception in the 1970s. Modern games give students new ways to play that we could have never imagine. By using video games effectively in class, I believe that we can engage students in the lesson in a way that other media cannot.
投稿者:井村誠(大阪工業大学)
タイトル:口語英語に見られる破格構文
次は映画『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』(Star Wars: The Rise of Skywalker, 2019)の主役を演じたデイジー・リドリー(Daisy Ridley)が、記者会見で出演の感想を述べたものです。
Going into it I could never have imagined what this would have been, and it feels really momentous to be part of this. It’s also a strange thing to divide “Star Wars” from our lives over the past six years cos it’s such a big chunk of anyone’s lives. But I think working in a place where you feel really good and really safe to make mistakes, try again … that you feel good, that you can laugh, that you can cry, it’s really wonderful, and I’m really, really glad that I’ve had that experience with all these people in this amazing legacy.
(初めの頃は、どんなものになるのか想像もできませんでした。今では、この作品に参加したことは本当に重大なことだと感じています。それに、この6年間の私たちの人生を、『スター・ウォーズ』と切り離して考えることなどできません。誰の人生にとっても、ものすごく大きな部分を占めているからです。(撮影現場は)本当に心地よくて、安心して失敗できたり、やり直したりすることができて…気分が良くて、笑えるし泣ける、そんな場所で働けるのは、とてもすばらしいことです。このすばらしい伝統作品で、ここにいる皆さんと一緒にそんな経験ができて、本当に、本当にうれしいです。)
(NHKラジオ「ニュースで英語術」2020年1月10日放送分)
この発話(英文)のうち下線部は破格構文(anacoluthon)と呼ばれるもので、文法的には誤りとされますが、口語英語では一般的に見られる現象です。先ず、I think以下の主部(working in a place where…)を直接受ける述部がなく文が完結しないまま、途中でこれまでに述べたことをまとめてitで受け、it’s really wonderfulと収束させています。次に、途中から現れる3つのthat節も撮影現場の雰囲気を意識の流れに任せて言い連ねただけのもので、構文上の統語的機能を特定することができません。I thinkの目的節ではないでしょうし、placeを修飾する同格節とするのも無理があります(thatではなく関係副詞whereなら結束性が保てますが)。あるいはmake mistakes, try againの結果節と考えることはできなくもないですが、やはり並列的に心に思い浮かんだことを述べていると考える方が自然でしょう。
このように非文法とされる破格構文を正規の教育の中でお手本とすることはあまり考えられませんが、ただ一方で文法的正確さにがんじがらめになっている日本の英語教育が、学習者の発話産出の大きな障害になっていることも事実です。そもそも文は書き言葉の単位であり、「破格構文」という用語を口語英語に当てはめること自体に無理があるとも言えます。Quirk et al. (1985)では発話を構成する単位として音調単位(tone unit)という概念を提唱していますが、書き言葉の論理とは別に、単に「非文法」や「破格」では片づけられない話し言葉の論理というものが存在すると思います。
Filmore (1979) は、発話の流暢性(fluency)について以下の4要件を挙げています。
(1) The ability to talk at length with a minimum of pauses.
(2) The ability to package the message easily into “semantically dense” sentences without recourse to lots of filler material.
(3) The ability to speak appropriately in different kinds of social contexts and situations, meeting the special communicative demands each may have.
(4) The ability to use language creatively and imaginatively by expressing ideas in new ways, to use humor, to make puns, to use metaphors, and so on
つまり流暢さとは、一定の長さの意味のある発話を、淀みなく、状況に応じた適切な形で、創造的に行えることであるというわけです。口語英語に見られる破格構文は、意識の流れに任せて自由に一定の長さの発話をするための一種の方略と考えられないでしょうか。こうしたことはあえて真似をして学習するようなものではないかも知れませんが、多くの生きた英語に触れ、また実際に英語を使う中で自然に理解できるようになるものだと思います。外国語としての英語をマスターする上では最後の試練とも言える「ネィティブの壁」の1つかも知れません。
Filmore, C. (1979). On Fluency. In C. Fillmore, D. Kempler., & W.S. Wang, (2014). Individual Differences in Language Ability and Language Behavior. pp.85-101, Saint Louis: Elsevier Science.
Quirk,R., S. Greenbaum, G. Leech and J. Svartvic. (1985). A Comprehensive Grammar of the English Language. London and New York: Longman.
投稿者:松井夏津紀(京都外国語大学・非)
タイトル:「丁寧にするためにとりあえずpleaseをつけておこう」の間違い
誰かに何かをお願いしたいとき、どのような表現を使っていますか。例えば、駅への行き方を教えてもらいたいとき、Please tell me how to get to the station. というようなpleaseを使った文を使ったことはないでしょうか。日本人は「please=どうぞ~てください」と習うため、「please=丁寧な依頼表現」であるという解釈をしている人が多く、そのためpleaseを多用しがちだそうです。しかし、pleaseという語には命令や指示を和らげる働きはあるものの、pleaseを添えるだけでその文が丁寧な依頼文になるわけではありません。
次のセリフは、『ウォーキング・デッド』の悪役ニーガン(レザージャケットを着て、有刺鉄線を巻いたバットを持った残虐な人物)が部下のサイモンに威圧的な態度で言うセリフですが、この場面では学習者があまり気にしていないpleaseを使う際の重要な要素を観察することができます。
Negan: Who the hell do you think you’re talking to? Are you confused about who we are? Are you confused about who is in charge? Are we backsliding, Simon? Please, tell me we’re not backsliding.(俺を誰だと思ってる?俺たちを勘違いしていないか?誰がボスだか分かっているのか?以前に逆戻りするか?教えてくれ、俺たちは逆戻りするのか?)<00:08:58>
『ウォーキング・デッド』(The Walking Dead, Season 8, Episode 5, 2017)
実は、pleaseが使われるときは、言われた人には言われた内容を行う義務があるという前提があるそうです。つまり、pleaseを使って何かを頼むときは、頼む側が相手にそのことを頼む権利があると考えている場合なのです。ニーガンが部下のサイモンに使っているpleaseには「どうぞ~てください」というような丁寧さのニュアンスはなく、むしろ相手が「言われたことをする義務がある」ということを示しています。(ちなみに、このあと、サイモンはWe’re not backsliding.(俺たちは逆戻りしない)<00:09:25> と、ニーガンに言われた通りのことを言っています。)
刑事ものの映画やドラマを見ていると、警官や捜査官のセリフにpleaseが使われていることがよくありますよね。次のセリフは文末にpleaseが添えられている例です。
Cop: Ma’am, you need to get back in your car, please.(車に戻ってください)<00:15:00>
『デスパレートな妻たち』(Desperate Housewives, Season 1, Episode 2, 2017)
Lisbon: Police. Philip Handler? May we speak with you, please? (警察よ。ちょっと話があるの)<00:13:53>
『メンタリスト』(The Mentalist, Season 1, Episode 3, 2010)
上記の例の場合、警官は職務上、女性に車に戻るよう促す権利があり、言われた女性は車に戻る義務があると考えられます。また、リズボン捜査官も職務上、フィリップ・ハンドラーという男性と話をする権利があり、またその男性はそれに応える義務があると考えられます。これらのセリフの例からも、pleaseを添えることにより、口調は丁寧になるものの、相手に伝えている内容は「依頼」ではなく「指示」であることが明確にわかります。
中学生のときに学習した「誰もが知っている簡単な表現」は、知っていると思い込んでいるために、大切な用法や意味を見落としているということが結構あるように思われます。簡単だと思っている単語や表現こそ、もう一度調べてみた方がいいかもしれませんね。
2020年1月30日
投稿者:倉田 誠(京都外国語大学)
タイトル:「“I’m calling X…”はTOEIC L&Rでは正解を指す談話標識!」
本拙稿はビジネスシーンでよく使われる “I’m calling X…”という表現パターンを知ることは学習者の言葉の引き出しを増やすだけでなく、TOEIC L&RのPart 3やPart 4で頻出する問題に効率よく対応できる即効性があることを述べます。“I’m calling X…”のXは変数で、to do, about, because, in response to, in regards to等々が導く語句や節が生起し、その後に続く談話はそのX以下の内容に絞られます。
下記の(1)のやり取りは『ミセス・ダウト』で主人公のダニエルが、元妻のミランダが新聞に出した「家政婦募集」の広告について電話をしているシーンです。ダニエルは離婚によって離れ離れに暮らすことになった子供たちと再び生活を共にするために、住み込みの家政婦として潜り込むことを企てます。声優を生業にしているダニエルは七色の声を操る才能を持っていますので、このシーンでも地声を見事に女性の声に変えます。しかも米語ではなく、イギリス英語で貴婦人のごとく話すので元妻も完全に騙されます。
(1)
Miranda: Hello.(もしもし)
Daniel: Hello. I’m calling in regards to the ad I read in the paper. (もしもし、新聞で読みました広告に関してお電話をさせていただいているのですが、、、)
Miranda: Yes, well, would you tell me a little bit about yourself?(あっそうですか、では少し自己紹介していただけないでしょうか?)
Daniel: Oh, certainly, dear. For the past fifteen years, I’ve worked for the Smythe family of Elbourne, England. That’s Smythe, not Smith, dear.(もちろんですわ、私はここ15年間、イギリスのエルボーンのスマイズ家に仕えてまいりました。スミス家ではなく、スマイズ家ですわよ、あなた。)<00:30:59>『ミセス・ダウト』(Mrs. Doubtfire, 1993)(太字下線は筆者)
太字下線を施したダニエルの“I’m calling X…”の文によって、家政婦募集側のミランダはその直後のセリフで単刀直入に相手の家政婦としての経験を問う話に入ります。このように“I’m calling X…”は、ビジネス上の電話で相手と話を始める時に使う定型表現ですが、明確な談話標識の役目を果たします。つまり、この表現内やその直後には要用の情報があります。
ATEM会員の有志が集った「資格試験英語研究SIG」がTOEICの新形式テストの公式問題集6冊と旧形式テストの公式問題集6冊に掲載されている計12冊(24テスト)を調査した結果、48回の“I’m calling X…”の生起をPart 3とPart 4に確認しました。つまりこの表現は1テストあたり2回お目にかかる頻出の定型パターンです。上掲の公式問題集の計24テストの頻度はPart 3が25件で、Part 4が23件と生起頻度で拮抗しています。パターンの内訳は“I’m calling X…”の変数のXがto doが18回と最も多くなっています。それ以外ではbecause(11回)、about(10回)、その他(9回)となっており、そのほとんどにおいて“I’m calling X…”の部分の情報が問われています。下記の(2)はPart 4のテレメッセージの問題ですが、お約束通りその部分が問われています。
(2) (Questions 74 through 76 refer to the following telephone message.)
Hi Ms. Goldberg, it’s Henry. Since you’re out of the office today, I’m calling to report on how the meeting with the production team went. We started off by talking about your idea to use a less expensive manufacturer in another state for our watches. And the team did bring up one problem. Right now, it takes only one day for our products to get from the factory to the local retail stores. If we go with a new factory, then shipping could take a lot longer. Anyway, could you call me back so we can discuss it more?
74. Why is the speaker calling?
(A) To ask for assistance with a fund-raiser
(B) To schedule a factory inspection
(C) To confirm the details of a renovation
(D) To report on a recent meeting *
(公式TOEIC Listening & Reading問題集5, Test 1, Part 4:太字下線は筆者)
生産部との会議の結果を上司に報告するテレメッセージですが、冒頭の太字の“I’m calling to…”の情報を採取さえすれば、情報価値が高い要用が理解できます。そして必然的にその部分に関する設問が来る可能性が高いわけです。上掲の問題も正にそのパターンとなり、自信を持って選択肢(D)を選べます。
このような知見を前掲の研究SIGが開発した、“An Amazing Approach to the TOEIC L&R Test”(成美堂)に満載しました。このテキストはTOEIC L&R テストのデータを活用して編んだものです。他にもTOEIC L & Rで頻発する様々な談話標識を散りばめていますので、是非ご一読ください。