【投稿一覧】
2017年12月1日
「カタカナ言葉の力とは?―「オープンカフェ」とa sidewalk café ―」小林翠
2017年11月2日
「like a broken record」田畑 圭介
2017年11月2日
「映画にみる通信手段の変化のなかの携帯電話」蘒寛美
2017年11月2日
「『日の名残り』にみる寂寥感」奥村真紀
2017年10月1日
「authenticな素材の難しさ-ドラマ『グリー』のセリフから-」角山照彦
2017年9月7日
「王子様のいないシンデレラ物語」藤枝善之
2017年9月1日
「映画『タイタニック』に見るライフ・ヒストリー」山内圭
2017年8月1日
「映画に見るVocal Fry(ボーカルフライ)」野中泉
2017年8月1日
「クセのある海賊が話すクセのある英語」三村仁彦
2017年7月1日
「日本語で表現しにくいless」飯田泰弘
2017年7月1日
「映画英語で学ぶ「はやい」を表す類義語」山本五郎
2017年6月4日
「やることリスト(things-to-do list)の功罪」松田早恵
2017年5月4日
「『ゴースト-ニューヨークの幻-』(Ghost, 1990)―言語メッセージと非言語メッセージの文化的関係性」北本晃治
2017年5月4日
「<ご注文は?>―接客英語」藤倉なおこ
2017年4月1日
「『ズートピア』に学ぶ警察英語」井村誠
2017年4月1日
「映画のメッセージを探してみましょう!―英語力アップのための秘訣―」ルッケル瀬本阿矢
2017年3月1日
「あまり見慣れない構文だからと言って、稀有な表現とは限らない」吉川裕介
2017年3月1日
「want 人 to do の構文をよろしく」近藤嘉宏
2017年2月1日
「ハリウッド映画の暗示するもの」佐藤弘樹
2017年2月1日
「相手にソフトな印象を与えるには―今思っていることを過去形で」衛藤圭一
2017年 1月1日
「映画の中に隠された記号」國友万裕
2017年1月1日
「スラング使用と話者の自己像」松井夏津紀
2017年12月1日
タイトル:カタカナ言葉の力とは?―「オープンカフェ」とa sidewalk café ―
投稿者:小林翠(小野学園女子中学・高等学校)
皆さんは普段使っているカタカナ言葉に注目したことがありますか。その多くは英語などの外国語をもとに作られたものですが、実際に英語ではそのように表現しないことが多いのは周知のとおりです。
カタカナ言葉の例として、気持ちいい秋空の下で楽しむ「オープンカフェ」があります。もし英語を話しているときに、「オープンカフェ」のつもりで an open caféと言ったら、「営業中のカフェ」という意味になってしまいます。英語では、a sidewalk caféといいます。この表現は映画『ローマの休日』(Roman Holiday, 1953)にも現れます。王女であることを隠して街を歩いているAnnが、アメリカ人新聞記者のJoeと話すシーンです。
Ann: I could do some of the things I’ve always wanted to.(ずっとやってみたかったことができるかも。)
Joe: Like what? (どんなこと?)
Ann: Oh, you can’t imagine… I’d, I’d like to do just whatever I’d like, the whole day long! (あなたには想像もつかないことよ。何でもやってみたいことをするの。一日中!)
Joe: You mean, things like having your hair cut? Eating gelato? (髪を切ったり、ジェラートを食べたりすること?)
Ann: Yes, and I’d, I’d like to sit at a sidewalk café and look in shop windows, walk in the rain!(そう。オープンカフェに座ったりウィンドーショッピングしたり、雨の中を歩いたりしたい!)< 01:02:06 >
王女は常に注目の的ですので、開放的なオープンカフェで何となくコーヒーを飲むなど夢の夢です。身分を隠して街歩きを楽しむ王女のAnnにとっては、ただのan open café(営業中のカフェ)でなく、a sidewalk café(オープンカフェ)で飲むことが、とても大切なポイントなのです。
カタカナ言葉はそのまま使うと、正確に通じないことがあります。そのため、カタカナ言葉は英語を学習する上で邪魔で紛らわしいものだと思う人もいるかもしれません。しかし、本当に単なる厄介者なのでしょうか。
先ほどのa sidewalk café の例をもう一度見てみましょう。確かにsidewalkは「歩道」を意味しますが、屋根がなく、椅子やテーブルが歩道に出たカフェのことを、「歩道カフェ」と直訳したらどうでしょうか。それでは味気がなくて、オープンカフェの魅力が感じられませんね。日本語の「オープンカフェ」という言葉は、まさに「開放的(で気持ちいい)カフェ」という文字通りのイメージを彷彿させてくれます。
カタカナ言葉の存在は、確かに英語で会話するときに、混乱の種となることもあるかもしれません。しかし、「オープンカフェ」のように日本語話者のイメージを掻き立てるように巧みに作られた言葉もあることも事実だと思われます。
2017年11月2日
タイトル:like a broken record
投稿者:田畑圭介(神戸親和女子大学)
Merriam-Webster’s Advanced Learner’s English Dictionaryにlike a broken recordという表現の説明があります。He sounds like a broken record. はHe keeps saying the same thing over and over again.と同義になると解説しています。like a broken recordは、壊れたレコードのように(繰り返し同じことを言う)という意味です。broken recordを5億2千万語から成るアメリカ英語コーパスCOCA*のSpoken section**で検索すると、1990-1994では5回、1995-1999では5回、2000-2004では7回、2005-2009では10回、2010-2015では15回、の使用が検出されます。この使用回数の増加はbroken recordが日常に浸透してきたことを意味します。broken recordをテレビドラマのセリフを集めた筆者の自作コーパス(『フレンズ』(Friends)/『アグリー・ベティ』(Ugly Betty)/『デスパレートな妻たち』(Desperate Housewives)/『ロスト』(LOST)/『24』(24)/『プリズンブレイク』(Prison Break)/ 『ER緊急救命室』(ER)/ 『ドクターハウス』(HOUSE M.D.))で検索すると7例検出されます。そのうちの3例はドラマの中で30代の人たちが発話したもので、その他の4例はそれ以上の年齢の人たちが用いています。
Gabrielle Solis: Babies, babies, babies. Sound like a broken record. I just had miscarriage.
(子供、子供ってもう聞き飽きたわ。流産したばかりよ) <00:4:33>
『デスパレートな妻たち』(Desperate Housewives, Season2 Episode13, 2006)
Jack Shephard: Call me a broken record, but caves are natural shelter.
(同じことを繰り返すようだが洞窟は海岸より安全だ) <00:01:00>
『ロスト』(LOST, Season1 Episode7, 2004)
James “Sawyer” Ford: What’s with you and “gettin’ off the island”? (島を出るって?)
You’re like a damn broken record. (何度同じことを繰り返すんだ)< 00:10:07>
『ロスト』(LOST, Season4 Episode12, 2008)
このフレーズはレコードの針が飛び、同じ部分が繰り返される様子から生まれていますので、レコードを聴いた世代の人たちの使用が想像されますが、Shakiraの 2014年のアルバム、『SHAKIRA.』には「Broken Record」という楽曲があり、I feel like a broken record. And I’ve told you 700 times. (まるで壊れたレコードみたい。もう700回も伝えたわ)と歌っています。CD世代の人たちの間でも理解され、使用されている状況がShakiraの歌詞から伝わります。COCAのSpoken sectionは報道番組からデータが取られているので、発話者の年齢層が比較的高い可能性がありますが、テレビ番組でbroken recordを発信していくことで、若い人たちへも浸透していくことが想像できます。レコード再生が繰り返される場面が想像しやすいこともbroken recordの比喩用法の一般化につながっていそうです。
*Davies, M. (2008-). The Corpus of Contemporary American English: 520 Million Words, 1990-present. URL: http://corpus.byu.edu/coca/
**Spoken section: (109 million words [109,391,643]) Transcripts of unscripted conversation from more than 150 different TV and radio programs (examples: All Things Considered (NPR), Newshour (PBS), Good Morning America (ABC), Today Show (NBC), 60 Minutes (CBS), Hannity and Colmes (Fox), Jerry Springer, etc).
ATEM 映画英語字幕データベースVer.3.0より集計
これらの伝達手段を表す語の中から、日常生活に不可欠な携帯電話を取り上げましょう。
携帯電話が1970年代から普及し始めたことは、上の図からも確認されますが、携帯電話の英語表現として、当初、mobile phoneが使われていました。2005年頃から、米国ではcell phoneと呼ぶようになり、現代では英国でもcell phoneが使用される傾向にあります。
今回は、cell phoneがどのような動詞を伴って使われているのかを見てみましょう。
Man: Someone’s calling on her boss’s cell phone. Carla, get us a lock on that call.(誰かが彼女の上司の携帯で電話している。カーラ、すぐに盗聴を頼む。)<01:04:34>
『追跡者』(U.S. marshals,1998)
* 携帯電話を使って電話することを、call on a cell phone と言っています。
Finch: The number that Strickland dialed is prepaid cell phone.(そのストリックランド氏が掛けた番号は、プリペイド携帯です。)<00:7:44>
『パーソン・オブ・インタレスト』(Person of interest, season 3 episode 16, 2014)
* 番号を打つことは、電話の形状が変わっても従来と同様に、dialを使っています。また、プリペイド携帯は、使い捨て携帯と同じで、多くの場合burner phoneと呼びます。
Man: They’ve activated their cell phone! (彼らは、携帯電話の電源を入れた!) <00:47:56>
『フェア・ゲーム』 (Fair game, 1995)
* 電話の電源を入れることをactivateと言っています。
最後に、「電話に出る」は、時代が変わっても“answer the phone”ですが、「電話を切る」の表現が電話機の形状が変わってきている関係もあって、hang upからget off, switch offに移行してきているようです。また、携帯電話が鳴るのを ring, beep, vibrate, chimeと表現しているものがありました。
今までの固定電話の時代とは違い、携帯電話には多くの機能が備わっている分、生起する単語も多いのが興味深いところです。
2017年11月2日
タイトル:『日の名残り』にみる寂寥感
投稿者:奥村真紀(京都教育大学)
2017年のノーベル文学賞は、日本生まれの英国人作家、カズオ・イシグロ氏が受賞されました。日本でも大きなニュースになったので、目をとめた方も多いのではないかと思います。イギリスで最も権威ある賞の一つ、ブッカー賞を受賞した『日の名残り』(1989)はその代表作です。
『日の名残り』は1993年に映画化されています。1958年、主人亡き後のダーリントン・ホールを守る老執事、スティーブンスのところに、以前一緒に働いていたミス・ケントンから手紙が届いて、映画が始まります。昔は大勢の雇い人を抱えていたダーリントン・ホールにはかつての面影はなく、屋敷はアメリカ人大富豪のルイスの手に渡っています。その下で働くスティーブンスは、その手紙をきっかけに、栄光の時代を懐かしく思い出すのです。結婚生活がうまくいっていないとほのめかすミス・ケントンをもう一度ホールに呼び戻せるのではないかと期待しながら・・・。
狐狩りに興じ、多くの著名人が訪れた素晴らしい栄光の時代は、冒頭で「外の世界を見た方がいい」というミスター・ルイスに対して、スティーブンスが誇らしげに“In the past, the world always used to come to this house…”(かつては外の世界の方が、この館にやってきたものです)<00:06:12>というところにも表れています。大戦という国家の非常時にリーダーシップを発揮しようとするダーリントン卿に忠実に仕えようとするスティーブンスは、時としてそれに反発する同僚、ミス・ケントンに強いいらだちを覚えていました。ミス・ケントンは感情豊かな活き活きした女性で、反発しながらも彼らはお互いを次第に認め合っていきます。しかし時代は第二次世界大戦に向かい、次第にドイツへの友好を強めるダーリントン卿はナチスのシンパと目されるようになります。自分を抑え、それでも主人への忠誠を崩さないスティーブンスに業を煮やし、ミス・ケントンは他の男性と生きる道を選びます。そしてスティーブンスの思いは、ダーリントン卿の没落とともに灰燼に帰すのです。今の主人であるアメリカ人政治家のルイスが、大戦中に予言したように。
Mr. Lewis: Lord Darlington is a classic English gentleman of the old school.
Decent and honorable and well-meaning.(中略)But, excuse me, I have to say
this, you are, all of you, amateurs. And international affairs should never be
run by gentleman amateurs(中略)The days when you could act out of your
noble instincts are over(中略) You need professionals to run affairs, or
you’ll headed for disaster.
(ダーリントン卿は英国の伝統的な古典的英国紳士ですよ。上品で名誉を重んじる、善意にあふれた方だ。(中略)しかし、あえて言わせてください。あなた方は、全員がアマチュアだ。そして国際問題はアマチュアの紳士が扱うようなものであってはいけません。(中略)高貴な本能から行動されるのが良い時代は終わったのです。国際問題を任せる政治のプロがいなければ、破滅に向かうしかないのです。)<00:51:47>
『日の名残り』(The Remains of the Day, 1993)
過去の栄光は取り戻すべくもなく時代は移り変わり、時間を巻き戻すことができないことをスティーブンスは痛感します。強いイギリスの凋落とともに生きたスティーブンスも、最後には自らの老年を受け入れるしかないのです。それでも彼は残りの人生を生きていかねばなりません。原題であるThe Remains of the Day の秀逸さが感じられます。
2017年10月1日
タイトル:authenticな素材の難しさ-ドラマ『グリー』のセリフから-
投稿者:角山照彦(広島国際大学)
私は映画だけでなくTVドラマも積極的に授業で活用しています。ドラマもやはり教材用に作られたわけではないauthenticな素材ですから、十分理解するには英語の幅広い知識が必要とされます。今回は人気ドラマ『グリー』(glee, 2009)のシーズン1第3話からそうした用例を紹介します。
まずは皮肉です。高校教師ウィルが自分達のグループに関する新聞のレビューを読んで盛り上がっていたところに元同僚サンディが現れ、次のようなやりとりが行われます。
Will: “Buckle up, Ohio. Are you ready for a new musical sensation? You’d better be, because here come the Acafellas.” Yes!(「オハイオの皆さん、気をつけて。新たな音楽の台風への準備はできていますか。準備が必要ですよ。なぜならアカフェラス台風が直撃しますから」。よし)
Sandy: Oh, congratulations on your dead-tree valentine, gentlemen.(たくさん褒めてもらったみたいで良かったね)<0:16:22>
下線部分でなぜバレンタインが出てくるのか理解しづらいですが、これは紙でできたバレンタインカードを指しています。紙を作るために木を切り倒すことを資源の無駄使いと考える人もいますから、dead-treeにはそうした批判的な意味合いが含まれます。また、電子媒体ではなく紙媒体であることに対して古臭いという意味合いが加わることもあり、サンディは好意的なレビューを古臭いラブレターに例えながら「褒めてもらえて良かったね」と皮肉を込めて言っているのです。
次に、広い意味での教養が必要となる例です。メンバーに入れてほしいサンディは正装してウィルに次のように話します。
Sandy: I’m ready for my close-up, Mr. DeMille.(アップの撮影準備はできているわよ、デミル監督)<0:07:01>
姓がデミルではないウィルに向かってなぜMr. DeMilleと呼び掛けているのか不思議に思うかもしれませんが、このセリフの理解には往年の名画『サンセット大通り』(Sunset Boulevard, 1950)の知識が必要です。これは“Alright, Mr. DeMille. I’m ready for my close-up.”という女優ノーマのセリフから取ったもので、Mr. DeMilleとは著名な映画監督セシル・B・デミルを指しています。
最後は、諺の知識が必要となる例です。高校生パックがアルバイトでH夫人宅の清掃をしている場面で次のやりとりがあります。
Mrs. H: I need your help unclogging my bathtub drain.(バスタブの詰まりを取ってほしいの)
Puck: The proof was in a sexual pudding.(後ろ姿が俺を誘っていた)<0:24:49>
sexual puddingと言われてもピンときませんが、これは“The proof of the pudding is in the eating.”(プディングの味の良し悪しは食べてみないとわからない⇒論より証拠)という諺をもじったものです。「本当に魅力的かどうかは実際に体験してみないとわからない」と、パックはH夫人の性的魅力について言及しています。諺の知識がないと理解できないセリフでしょう。
このように、authenticな素材の理解には広範な知識が必要とされるので授業で扱うには難し過ぎるという結論になりがちですが、学生を引き付ける圧倒的な魅力は否定できません。うまく活用しようとすると授業準備にかなりの労力が必要ですが、それだけ見返りも多い素材です。
2017年9月7日
タイトル:王子様のいないシンデレラ物語
投稿者:藤枝善之(京都外国語大学・短期大学)
シンデレラ物語は一般的に、継母や継姉の悪意に堪え、王子様(Prince Charming)の力を借りて問題を解決し、最後にはめでたく王子様と結ばれる、というストーリーですが、今月採り上げる映画には王子様が登場しません。「今風のシンデレラ物語」には、自分で選択し、自分の力で幸せになる女性が主人公としてふさわしい、というメッセージが含まれているのかもしれません。では、仕事で苦闘している女性が観れば元気になれる映画、『プラダを着た悪魔』(The Devil Wears Prada, 2006) のあらすじと、私の好きな名台詞を紹介しましょう。
主人公のアンディは、大学を卒業してニューヨークで仕事を探しているジャーナリスト志望の女の子。たまたま面接を受けに行った一流ファッション誌RUNWAYで、編集長の第二アシスタントに採用されます。しかしそれは、これまで何人もの新人が犠牲になってきた恐怖のポストでした。編集長のミランダは、ファッション界に絶大な影響力を持つカリスマ的人物。部下には悪魔のように厳しく、アンディに対する指示も公私ごちゃ混ぜの無理難題ばかりです。おまけに、アンディのダサい服装に対して、第1アシスタントのエミリーを始め同僚の冷たい視線が…。それでも、ジャーナリストの職への足がかりにするため、アンディは我慢して仕事を続けます。しかしある日、自分の仕事ぶりについてミランダからさんざん嫌みを言われたアンディは、ついに切れて部屋を飛び出します。同僚のアートディレクター、ナイジェルに愚痴をこぼすと、彼は、「君は努力していない。泣き言を言っているだけだ」自分の甘さを悟ったアンディは、心を入れ替え、まずはこの職場にふさわしい衣服を身につけることにします。
ナイジェルの指南で見違えるほどファッショナブルになったアンディは、腰掛け気分を捨て、真面目に仕事に取り組むようになります。一方で仕事が私生活を圧迫し、恋人とも別れる羽目に。ミランダはパリコレに同行するアシスタントとしてエミリーの代わりにアンディを指名し、アンディは、パリ行きを楽しみにしていたエミリーにその決定を伝えます。煌びやかなパリの夜を満喫したアンディは、偶然、ミランダを編集長の座から降ろそうとする社内の「陰謀」を知り、必死でミランダに伝えようとします。結局、ナイジェルの転出・出世の夢が断たれるという副産物を伴って、ミランダ解任の危機は回避されるのです。
車の中でミランダは、アンディの努力を褒め、「あなたは私によく似ている」と言います。アンディが「私なら、ナイジェルにあんなことはできない」と言うと、「もうしたじゃない。エミリーに」 “I didn’t have a choice.”「あの時は仕方なかったんです」と反論するアンディにミランダは、 “No, no, you chose. You chose to get ahead. You want this life. ”「いいえ、あなたが選んだのよ。あなたが前に進むことを選んだ。あなたはこの生活を望んでいるのよ」<01:33:48>。アンディは、自分にとって何が大切かをもう一度考え、人生の選択をやり直します。ファッション業界を去るという形で…。
企業の底辺で頑張る女性を描いた『ワーキング・ガール』(Working Girl, 1988) と本作品を比較するのも面白いでしょう。どちらも助けてくれる男性はいますが、『プラダ』の方が男性の関わり方が小さくなっています。余談ですが、この映画の舞台であるファッション業界の常識からすると、アンディはかなり太っているらしく(主演のアン・ハサウェイはちっとも太っていませんが)、友人からglamazonと呼ばれています。これは、glamourとAmazonを繋ぎ合わせた造語。Amazonは、ギリシャ神話のアマゾン族に由来する単語で、大柄で力強い女性のことですから、glamour(魅力)と合わせると、「大柄で魅力的な女性」という意味になります。
2017年9月1日
タイトル:映画『タイタニック』に見るライフ・ヒストリー
投稿者:山内圭(新見公立大学・短期大学)
私は将来介護士として高齢者のケアをすることになる学生たちに英語を教えています。今年度の授業では、福祉や健康科学についての英語を学びつつ、映画が高齢者理解に役立つ可能性を示しながら、映画『タイタニック』(Titanic, 1997)を観賞しました。この映画は、タイタニック号沈没を生き残った老婦人ローズが、タイタニック乗船時の激しい恋物語を回想するという枠組みとなっています。介護の対象となる方を、目の前にある「高齢者」の姿としてのみ見るのではなく、それぞれ「ライフ・ヒストリー」を持った人間であるということを忘れない介護者になるよう学生たちを常に教育していますが、まさにこの映画は、現在101歳の「高齢者」であるローズが、若い頃は美しく、激しい恋もしたということを描いています。学生たちの感想コメントからいくつか抜粋してみます。学生の感想からも映画の持つすばらしい教育力が垣間見られます。
「映画をみているとさまざまな思いが浮かびましたが、最後に思ったことは、どんな人も過去にドラマがあるということです。」
「これから僕達は、さまざまなドラマをもった方々を対象にそれぞれ仕事をしていくのですが、今回の映画を見て、我々がそのドラマの一部に参加させていただくので、責任をもってケアしていかなければならないなと思いました。」
「その人の人生に何があったかという生活史に目を向けていきたいと思いました。」
「人それぞれ生きてきた人生がある。」
(引用中の下線は筆者による)
この映画の中では、人々は、限られた選択肢ではありますが、人生の最後の生き方(死に方)を選んでいます。学生の一人も「船の中から逃げずに死んでしまった人も、大切な人と最期を一緒にいることを選んでいて、すごい選択だと思います」とコメントを残しています。
「人生勉強」として見せた映画、ところどころに人生の教訓がちりばめられています。これから人生の航海に旅立つ学生たちには、直近の就職の選択も含め、様々な決断の場面があります。そのような学生たちに以下のようなセリフを贈りたいと思います。人生の中には、時に、一か八かの賭けが必要な場面もあるのです。
Jack: When you’ve got nothing, you’ve got nothing to lose. (取られて何を損する) <0:23:36>
Gracie: All life is a game of luck. (人生はギャンブルだ) <1:02:08>
Jack: I figure life is a gift. I don’t intend to waste it. You never know what hand you are dealt next. You want to take life as what comes at you. To make each day count. (人生は贈り物 ムダにはしたくない。どんなカードが配られても―それが人生。毎日を大切に。)
<1:02:47>
また、長い人生、絶望的な場面に遭遇することもあるでしょう。そのため、学生たちには以下のセリフも贈っておきたいと思います。
Jack: Promise me you will survive… that you won’t give up no matter what happens, no matter how hopeless. Promise me now, Rose. (「絶対に生き残る」と「何があろうと最後まで―あきらめない」と望みを捨てないで、約束をしてくれ。) <2:50:43>
2017年8月1日
タイトル:映画に見るVocal Fry(ボーカルフライ)
投稿者:野中泉(東邦大学)
声に関する医学研究雑誌であるJournal of Voiceに発表された論文によると(http://www.jvoice.org/article/S0892-1997(11)00070-1/abstract)アメリカの女子大学生を中心にVocal Fryと言われる特徴的な話し方が流行しているということです。それは、単語や文の最後をきしむような(creaky)、しゃがれたような声で終わらせる話し方です。ブリトニー・スピアーズの ‘Oh baby, baby’で聴取できるような、喉を締めるような音声です。このような発声は目新しいわけではなく、Noam Chomskyがこのような話し方をすることは、ネット上で聴ける彼の音声からもわかります。元々は個人の発声の癖、あるいは、ひどい場合は dysphonia(発音障害)として言語治療の対象となるものでした。前述の論文において、Vocal Fryは ‘hoarse voice, creaky voice, strained phonation, and abnormally low pitch …’と定義されています。自分の音域を超えて高音を出そうとすると裏声になりますが、反対に音域を超えて低音を出そうとするとVocal Fry(フライパンでジュージュー焼くような音)になるわけです。
その例をふんだんに聞くことができる映画が『ミーン・ガールズ』(Mean Girls, 2004)です。次のセリフでは、すべての文末がVocal Fryで終わっています。
Regina: She’s so pathetic. Let me tell you something about Janis Ian. We were best friends in middle school. I know, right? It’s so embarrassing. I don’t even … Whatever. <00:32:58>
『ミーン・ガールズ』は高校生の話ですが、大学を卒業したばかりという設定の『プラダを着た悪魔』(The Devil Wears Prada, 2006)のAndyも時折、Vocal Fry を使用しています。
Andy: Oh, baby. You should see the way these girls at Runway dress. I don’t know what thing to wear to work. <00:11:18>
なぜ、今、アメリカの若い女性達がこのような話し方を coolでsexyと捉え、発音障害がないにもかかわらず意図的にこのような話し方をするのでしょうか。諸説のうちの一説を紹介しましょう。
20世紀初めにおいて社会に進出し始めた女性が、男性的な力や権力を示す話し方として、女性特有の高い声を抑える低音Vocal Fryを一部で採用するようになりました。次第に教養があり都会的でプロフェッショナルな女性である印象を与える話し方と捉えられるようになります。やがてブリトニー・スピアーズなどによって楽曲内で使われるVocal Fryや、キム・カーダシアンなどのセレブと言われる女性たちが多用するVocal Fryにメディアを通じて触れていくうちに、グループ内のアイデンティティ・マーカーとして若い女性の間で爆発的に使われるようになった、という説です。教養があり都会的でプロフェッショナルでありたいという願望とは裏腹に、Vocal Fryを用いる女子学生は、就職活動において経験のなさや自信のなさを露呈しているとみなされて採用されない、という現実もあります。また同じ女性でも、少し上の年代になると、Vocal Fryに対してアヒルの鳴き声(duck quacking)のようでイラつくとして嫌悪感を抱くようです。男性のVocal Fryはどう思われているのか、語尾上げ口調(upspeak)と同じように日本語でも流行するのか、などなど音声学的にも社会言語学的にも興味の尽きない現象です。
2017年8月1日
タイトル:クセのある海賊が話すクセのある英語
投稿者:三村仁彦(京都外国語大学・非)
この時期、映画館では洋画・邦画を問わず夏休み向けの大作が上映されています。その中から、今回は通算5作品目が公開中の『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズの英語を取り上げてみたいと思います。
作中ではJohnny Depp扮するつかみどころのない主人公、海賊Jack Sparrowを筆頭に、一癖も二癖もある個性豊かな人物が多く登場しますが、それに伴ってセリフ回しも非常にバラエティに富むものになっています。とりわけ、Jack Sparrowのライバルである海賊Hector Barbossaのセリフには味のあるものが多く、英語学の見地からも興味深いものがいくつも見られます。たとえば、第1作『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』では、BarbossaがヒロインであるElizabethに自身が呪われた経緯を語って聞かせるシーンがあります。ここでの彼は非常に情熱的な語り口で、己の経験をさまざまな表現技法を用いて描写するのですが、その中に以下のようなくだりがあります。
Capt. Barbossa: That’s exactly what I thought when we were first told the tale. Buried on an island of dead, what cannot be found, except for those who know where it is. Find it, we did. (最初に話を聞いたとき俺もそう思ったさ。死の島に眠る、 その場所を知る者以外には見つからざる宝物。それをまんまと見つけた のさ、俺たちはな。)<00:56:56>
『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』(Pirates of the Caribbean: The Curse of the Black Pearl, 2003)
注目したいのは太字下線部で、語順が通常の英語のそれではないことがわかります。概説になりますが、これは元々のWe did [find it].という語順から、[ ]内の要素(=動詞句)を文頭に移動させることで得られたもので、この文法操作は英語学では動詞句前置(VP-Preposing)と呼ばれます。動詞句前置は一般に、先行する文脈の中に同一または同等の動詞句(ここではbe found)がある場合に2番目の動詞句(ここではfind it)に適用され、その動詞句の意味を強めるはたらきを持つとされています。これにより、上記のセリフではfind itが強められ、それまで誰も見つけることができなかった伝説の宝物を、自分たちは「見事に」発見したのだという意味合いを帯びます。通常のWe found it.のような事実を客観的に述べる文と比べて、非常に生き生きとした表現になっていることが感じられると思います。
上記のセリフのすぐあとでThere be the chest.(あったのさ、石櫃が)<00:56:58>と、古い英語の名残をとどめた表現(※)を用いたり、さらにその数十秒後にはCompelled by greed, we were, but now we are consumed by it.(欲望に突き動かされていたのさ、俺たちはな。だが今やそれで身を滅ぼしちまったんだ)<00:57:37>と、再び動詞句前置を含む文を発したりと、 Barbossaのセリフは英語学的な話題には事欠きません。もちろん、それ以外の観点から見ておもしろい表現も数多く見られます。前述のように、シリーズの最新作が現在上映されていますので、まだ観ていない方はBarbossaの英語に注意して観ると、何か新しい英語の発見があるかもしれませんね。
※Barbossaの出身地とされるWest Countryでは,400~600年代にかけてゲルマン人の一派であるサクソン人の言語の影響を強く受けたため,その地域の英語では古くからisの代わりにbeが用いられることがよくあった。
2017年7月1日
タイトル:日本語で表現しにくいless
投稿者:飯田泰弘(岐阜大学)
英語を日本語に訳す際、たとえ元の英文の内容が明白でも、直訳できないということは少なくありません。ここでは比較級lessについて見てみましょう。
量の「多い(much)」と「少ない(little)」の比較級は、それぞれ不規則変化形のmoreとlessになると学校で習います。それでは、次の命令文はそのまま日本語に訳せるでしょうか。
(1) Eat!
(2) Eat more!
(3) Eat less!
(1)は「食べなさい!」、(2)は「もっと食べなさい!」とすぐに訳せそうですが、(3)では少し戸惑うのではないでしょうか。(3)は「食べること」自体をやめるようには求めていませんので、否定の命令文「食べるな」にするのは難しそうです。その反面、動詞「食べる」を命令形にした「より少なく食べなさい」や「もっと少なく食べなさい」という訳も、どこか日本語として不自然な感じがします。おそらく、シンプルかつ自然な日本語は、動詞「減らす」を用いた「食べる量を減らしなさい」や「量を減らして食べなさい」などではないでしょうか。
このように、親が子どもに言いそうな(2)の英文に比べ、ダイエット中の友人に言えそうな(3)を日本語に訳す際には、少し余計な手間がかかってしまいそうです。おそらくこの原因は、日本語には「量や程度を増やすこと」を表すには「もっと」という便利な表現がある一方で、「減らすこと」を一言で表す語が無いからだと思われます。よって、(2)の場合は「食べなさい」に一言「もっと」を添えるだけでよい一方、(3)のlessの場合はもう少し別の作業が必要になるのです。
では、この「ひと手間かかるless」をさらに映画のセリフで確認してみましょう。(4)は神様に語りかけるシーンです。
(4) Evan : Do me a favor. Love me less. <00:58:15>
『エバン・オールマイティ』 (Evan Almighty, 2007)
Love me more! なら「もっと私を愛してよ!」とすぐ訳せそうですが、(4)のようにlessが出てきた途端、訳し方に困ってしまいそうですね。映画では、字幕が「お願い。愛を減らして」、吹き替えが「もっと少なく愛してください」となっており、やはり直訳のしにくさがうかがえます。
では、次の文はいかがでしょう?(5)では、アンテナをいろんな方向に傾けながら、より強く電波を拾える角度を探しています。
(5) Ramos : Okay, now move it back a little less. <00:24:36>
『サブウェイ123 激突』(The Taking of Pelham 123, 2009)
ここでは、さっきのアンテナの向きの戻し方よりも「より小幅に」アンテナを動かすことを求めています。厳密に訳すなら「今度はそれを(さっきより)少ない幅で後ろに戻せ」などとなり、微妙なアンテナの角度調整がlessでうまく表現されています。では、最後に少し上級編です。次の会話のlessの訳はどうなるでしょうか?(6)はパーティでお酒を飲んでいるシーンです。
(6) Elsie : I don’t drink anymore.
Saul : Oh.
Elsie : I don’t drink any less, either. <00:27:51>
『あなたが寝てる間に…』(While You Were Sleeping, 1995)
ここでは、ワインのおかわりを勧められたElsieがまず、「私はもう、これより多く飲むことはしないわ」(筆者訳)と断ります。しかし、それを聞いた相手がボトルを引こうとした瞬間、ニヤリと笑って「まぁ、これより少なく飲むこともしないけどね」(筆者訳)と、ジョークで返しながらグラスを差し出します。つまり「より少なく飲むことをしない」から、結局は「もっとお酒を飲む」という意味でlessを使っているのです。
このように、lessは直接的には日本語に訳しにくい英単語ではありますが、逆に言えば、このような表現の場合こそ、日本語に訳す側の腕の見せ所となります。lessを使った文を自分なりに訳してみて、そのあとで映画の字幕でチェックするのも面白いかもしれませんね。
2017年7月1日
タイトル:映画英語で学ぶ「はやい」を表す類義語
投稿者:山本五郎(広島大学)
「(動きが)はやい」を意味する英単語と言えばいくつ思い浮かぶでしょうか。中学校で学ぶ基本的な単語としては,fastやquickがあります。また,高校で学んだrapidやswiftが思い浮かぶ人も多いでしょう。日本語のカタカナ表記で定着している「スピード(speed)」の形容詞であるspeedyは,これらよりも少し語彙レベルが高い単語です。いずれも「はやい」を意味する形容詞ですが,それぞれの単語にどのような語法上の違いや特徴があるのか映画英語で見てみましょう。
最も一般的で様々な名詞と共に用いられるfastは,持続性や恒常性のある速さを意味することが多い単語です。例えば,二車線以上の道路での「追い越し車線(fast lane)」や,手軽にすぐ食べることのできる「ファストフード(fast food)」などが恒常性を表す典型的な例と言えるでしょう。また「速い車」は,a fast carと言います。車の性能について「速い(fast)」を用いますが,猛スピードでの走行中を意味するわけではなく,駐車中でもa fast carです。
Patrick: Do you have, uh, a good fast car available? (速くていい車はある?)<00:31:11>
『メンタリスト: レッドライン』(The Mentalist: Redline, 2010)
Quickは,ある場面での瞬間的な動きが速いことを表す語で,持続性や恒常性は含意しません。特定の動作について一時的なすばやさを表す際に好まれます。
Maverick: If you don’t mind, I’m gonna just take a quick shower. (君がかまわないんだったら,さっとシャワーを浴びるよ。)<00:43:46>
『トップガン』(Top Gun, 1986)
また,「はやく!」と相手を急かす場合に,Be quick!と命令文の形で用いることができるのも,quickの特徴の一つです。
Will: … meet us at Shipwreck Cove. (難破船の入り江で落ち合おう。)
Man: This way. Be quick. (こっちです。はやく。)<00:19:49>
『パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド』(Pirates of the Caribbean: At World’s End, 2007)
今回取り上げている形容詞の中で,quick以外のfast, rapid, swift, speedyは,通例Be …!という形の命令文で用いることはしません。これに加えて,quickは,「即座に考えること(quick thinking)」や「飲みこみがはやい人(quick learner)」など頭の回転や理解の速さを表す際にもよく用いられます。
Swiftは,quickと同じように瞬時の動作の速さを表しますが,頭の回転の速さに用いられることはあまりありません。「すばやい動き(swift motion)」や「迅速な行動(swift action)」のように,動きそのものを表す名詞と相性のよい形容詞です。
Rapidは,状態の変化を示す際に好まれ,「急激な変化(rapid change)」,「急激な拡大・膨張(rapid expansion)」,「急成長(rapid growth)」などの表現でよく用いられます。
Speedyは,本来であれば時間がかかるものを努力して早めるという意味が含まれること多いようです。例えば,「裁判(trial)」という単語は,「はやい」を表す形容詞とは相性があまりよくありませんが,speedyを伴って用いられることはよく耳にします。また,以下のように「回復(recovery)」もspeedyと相性がよい単語です。
Newscaster: We wish him a speedy recovery. (彼の早い回復を祈っています。)<01:43:14>
『ダークナイト』(The Dark Knight, 2008)
文脈の中でこれらの単語を見れば難なく意味を理解できそうですが,それぞれの特徴を理解し意識して使い分けるのは簡単なことではありません。語と語の組み合わせの相性に注意して,その場に応じた適切な表現が使えるようになりたいものです。
2017年6月4日
タイトル:やることリスト(things-to-do list)の功罪
投稿者:松田早恵(摂南大学)
スーパーに買い物に行く前にショッピングリストを作る人は多いと思いますが、無駄な買い物をしないためには効果があるようです。それはさておき、あなたはそれ以外でもやること(things-to-do)をリストにしますか?私の答えは、Oh, yes!です。
『ケイト・レディが完璧な理由(わけ)』(I Don’t Know How She Does It)は、2011年にアメリカで公開されたコメディ映画ですが、キャリアと家庭を両立させようと奮闘する主人公ケイト・レディをサラ・ジェシカ・パーカーが演じています。映画自体は特にお薦めではないのですが(失礼!)、ワークライフバランスを取ろうと苦心している同年代の女性には、共感できる部分もあるかと思います。
私が思わずウケてしまったのは、冒頭でケイトがベッドで「やることリスト」(things-to-do list)を考え始めて、寝られなくなるという場面です。まさしく「あるある!」だったからです。The New York Timesの映画批評(http://www.nytimes.com/2011/09/16/movies/i-dont-know-how-she-does-it-review.html)でも、この部分は“…the film visualizes Kate’s endless things-to-do list that gives her insomnia as an animated scrawl.”(映画は、ケイトを不眠症にさせるほどの切りのない「やることリスト」をビジュアルで見せています)と紹介されています。“animated scrawl”というのは、その場面で画面に順に(手書き文字で)アニメーション表示される、やることリストのことだと思われます。
最初の場面でのThings to do listは次のようになっています。
<0:05:25>
At night, I, like women all around the world, do the list:(毎晩私は世界中の女性と同じでリストを作る)
・Emily’s birthday party theme. Pirates or pop stars? (エミリーの誕生日パーティ。海賊系?アイドル系?)
・Things to buy: Paper towels, tooth paste, pork chops. (買い物リスト。ペーパータオル、歯磨き粉、ポークチョップ)
・Buy a present for Jedda’s birthday party. Find out Jedda: Boy or girl? (ジェッダの誕生日プレゼント。ジェッダって男の子?女の子?)
・Call the guy about the thing. (あの男の人に電話。)
・Make a play date for Emily with that kid that doesn’t bite. (噛まないあの子とエミリーの遊びの約束。)
・Refill the washer fluid in car. Wait a minute. Shouldn’t that be Richard’s list? Who am I kidding? Richard doesn’t have a list. (車の洗浄液の詰め替え。…ってリチャードの担当じゃないの?まさかね。リチャードはリストを作らないし。)
・Wax something, anything. (脱毛。どこでもいいから。)
・Call Richard’s mother and say hi or just email hi.(義母に電話。メールにするか。)
・Wash Ben’s teddy bear.(ベンのテディベアの洗濯。)
・Renew birth control pills.(避妊薬の調達。)
・Twinkies.(ツインキー。※クリーム入った廉価な小型のスポンジケーキ。)
・Ambien.(睡眠薬。)
・Hamster.(ハムスター。)
・Finish year-end fiscal summary. Oh, no. Start year-end fiscal summary.(会計年度の報告書を仕上げる。いや、取り掛かる。)
などなど。
この中では仕事関連は1つのようですが、これにさらに仕事のthings-to-doが加わると、もう頭はパニックになって、寝られなくなるというわけです。
しかし、色々な出来事が起こり、終盤でケイトは以下のように決心します。
<1:11:29>
My list.(私のリスト。)
Number one: Get my life together.(1番、生活を立て直すこと。)
Number two: Stop making lists.(2番、リスト作りを止めること。)
そして、(ネタバレしますが)それに応えるように、夫のリチャードがリストを披露します。
<1:20:16>
・Change the carpet on the stairs. I did that.(階段のカーペットを替えること。やった。)
・I got leotard for Emily’s ballet recital.(エミリーのバレエの発表会のためにレオタードを買った。)
・Ben’s speech therapy starts Thursday. It’s all set.(ベンのスピーチセラピーは木曜日に始まる。全て手配済み。)
・I got an Ab Roller. I’ll never use it. But maybe just looking at it will tone me up.(腹筋ローラーを買った。使わないけど、見てるだけで鍛えられるかも。)
・“Me and Kate” Yeah. That’s number one.(ケイトと僕。うん。これが1番だな。)
…ということで、家庭崩壊は免れたのですが、先ほどのThe New York Timesには、以下のような記述もあり、色々な意味で考えさせられました。
During much of the movie she behaves like a rat in a maze, hyperstimulated by constantly buzzing cellphones …(映画の大半で、ケイトは迷路の中のラットのようにふるまっている。ひっきりなしに鳴るスマホに振り回されて…。)
…とは言いながら、日曜日の朝5時からこの記事を仕上げようとしている私は、やはり「Things to do症候群」(勝手な命名ですが)に侵されているとしか言いようがありません。みなさん、リストに追い回されるのはほどほどにしましょう。自省
2017年5月4日
タイトル:『ゴースト-ニューヨークの幻-』(Ghost, 1990)「言語メッセージと非言語メッセージの文化的関係性」
投稿者:北本晃治(帝塚山大学)
コミュニケーションにおけるメッセージの意味を理解するためには、2つの重要な要素を考慮する必要があるように思われます。それらは、「言語・非言語」と「意識・無意識」の側面です。私たちは日常的に、他者に向かって意識的に言語を用いて、多様なメッセージを送っています。そして時には、そのようなメッセージが、自分の意図しない方向で解釈され、様々な誤解が生じるケースがあることも、誰もが経験するところでしょう。それは、意識的な言語使用は、必ず無意識的な非言語的余剰をともなうことに起因している場合が多いように思われます。前者に比べて、後者をコントロールすることは、大変困難です。「君の手助けがしたい」という表現でも、穏やかな優しい表情、声のトーンと、暗い表情と沈んだ声のトーンで発話される場合では、そのメッセージの解釈のされ方は大きく変わってくるでしょう。言語表現と非言語的余剰が同じ方向性を向いている場合は、メッセージは言語的意味通りに素直に解釈される可能性が高いですが、両者の間に齟齬がある場合、非言語的な側面が、言語的意味を規定することが多いように思われます。それはコントロールの効きにくい無意識的な余剰の方が、発話者の本音を暗黙裡に示していると考えられるからです。
しかしながら、この「意識的な言語」と「無意識的な非言語」に対するアプローチには、文化によって差があるようです。コミュニケーションにおいて、日本人は言葉の意味そのものよりも、その発話に伴う感情・感覚(気持ちの共有感、一体感という、より無意識的な非言語)を重視する母性原理を基調とする一方で、西洋人は、安易な感情・感覚的迎合よりは、言葉の意味やその論理性(意識的な言語使用)に拘る父性原理の影響が大きいということは、以前のこのコラムでも指摘しました。
この事を考える上で、大変参考になるシーンが、映画『ゴースト』の中にあるので参照してみましょう。殺されても、ゴーストとしてこの世に残ることになったサムが、恋人のモリーに迫っている危険を知らせるために、霊媒師のオダ・メイを通して、なんとか(死者と生者の間で)メッセージを伝えようとしている場面です。モリーはサムの声を直接的に聞くことはできず、オダ・メイがそれを伝えることになっているのですが、そこで、ちょっとしたことから、サムとオダ・メイの間で口論が生じます。
Molly: What I don’t understand is… why did he come back? (分からないのは、どうして彼が戻って来たかってことよ。)
Sam: I don’t know.(僕にも分からないさ)
Molly: Why is he still here? (彼はどうして、まだここにいるの。)
Oda Mae: He’s stuck. That’s what it is. He’s in between worlds. You know it happens sometimes, the spirit gets yanked out so quickly that the essence still feels like it has work to do here.(彼はこの世とあの世の間に挟まってしまったの。魂があまりに早く引き抜かれた為に、存在の核がまだここでやることがあると思い込んでいるのよ。)
Sam: Would you stop rambling? (いい加減なことを言わないでくれ。)
Oda Mae: I don’t think I’m rambling. I’m just answering her question. (To Molly)He’s got an attitude now. (いい加減じゃないわ。彼女の質問に答えているだけよ。(モリーへ向かって)彼は反抗的だわ。)
Sam: I don’t have an attitude. (僕は反抗的なんかじゃない。)
Oda Mae: Yes, you do have an attitude. (To Molly)We’re having a little discussion. (To Sam)If you didn’t have an attitude, you would not have raised your voice to me now, would you? (いいえ、そうだわ。〈モリーへ向かって〉私達ちょっと言い争いをしているの。(サムへ向かって)もしあなたが反抗的でなければ、そんなに怒鳴ったりはしないでしょう?)
Sam: Oh, goddamn it. Oda Mae. I didn’t raise…(畜生 (神に呪われろ)。オダ・メイ、そうじゃないって・・・)
Oda Mae: Don’t you goddamn at me. Don’t you take the Lord’s name in vain with me. You understand? I don’t take that. (神を冒涜するような言い方はやめて。我慢できない。)
Sam: Would you relax? (そんなに興奮するなよ。)
Oda Mae: No, you relax. You’re the dead guy. You want me to help you. You better apologize because I don’t take that from anybody. (いいえ、あなたのほうこそ、落ち着いて。あなたは死者で、私に助けてほしいのでしょ。謝りなさい。誰からもそんな言い方をされる筋合いはないわ。)
Sam: Oh, Jesus Christ! (いい加減にしろ。)
Oda Mae: That’s it. I’m leaving. (もういい。帰るわ。)
Molly: What are you doing? (どうしたの。)
Oda Mae: I’m leaving. Nobody talks to me like that. You understand me? Now, you’d better apologize. (もう帰る。そんな言い方は許せない。分かる?さあ、謝りなさい。)
Sam: I’m sorry. I apologize, okay? Now, would you sit down? Please? (ごめん。お詫びします。これでいいかい。さあ、お願いだから、座ってくれないか。)
Oda Mae: (To Molly)He’s apologized. (〈モリーに向かって〉彼、謝ったわ。)
<00:51:30>
モリーの質問に対して、勝手に講釈を垂れだしたオダ・メイに向かって、サムは勝手なことをべらべらとしゃべるなと声を荒げます。親切心から手助けしようとしているにも拘らず、サムの態度が生意気だと思ったオダ・メイは、「彼は反抗的だ」とコメントしますが、その言葉にサムはさらにイライラして、思わず、“Goddamn it!”(神に呪われろ=畜生)と口が滑ってしまいます。オダ・メイはあなたにそんな言葉をかけられる筋合いはないと、謝らなければ、さっさと帰ると言い出します。そんなことをされては、モリーに大切なメッセージを伝えられなくなると思って慌てたサムが、怒りを押し殺して、とりあえず謝るというのがこのシーンです。
ここで、サムは「お詫びの言葉」、“I’m sorry. I apologize, okay? Now, would you sit down? Please? ”(ごめん。お詫びします。これでいいかい。さあ、お願いだから、座ってくれないか。)を発しますが、この表現に伴う「非言語的余剰」には、怒気とあきれが含まれており、それはあたかも「いい加減にしてくれ、手のかかる女だなあ。ほらとにかく詫びてやるから、機嫌を直して仕事をしろ。」と言わんばかりの口調となっています。これに対して、オダ・メイは、モリーに向かってニッコリとしながら、“He’s apologized.”(彼謝ったわ)と言って、再び席につきます。日本人的感覚から行けば、「そんな態度じゃ、謝ったことにはならない、きちんと詫びなさい。」といいたくなるところなのですが、オダ・メイはすんなりとその言葉を受け入れています。ここには、両文化の「言語化」に対する価値づけの違いが表れているように思われます。「怒り(感情)」にも拘らず、お詫びを「言語化」できたことを評価するか、「言語化」よりも、「怒り(感情)」そのものが問題であると感じられるか・・・この点を意識しながらサムとオダ・メイとのやり取りに注目することで、普段は無意識的な「言語メッセージ」と「非言語メッセージ」との関係性に内在する文化差について、より深く考察するきっかけとなるように思います。
2017年5月4日
タイトル:「ご注文は?」―接客英語
投稿者:藤倉なおこ(京都外国語大学)
外国からの観光客が増えました。最近、学生がよく質問するのはアルバイト先で必要な接客英語 “Hospitality English”です。飲食店でアルバイトをしている学生がたくさんいます。例えば、「ご注文は?」というフレーズ。この表現が出てくるのはアメリカ映画、『ウェイトレス~おいしい人生の作り方』(Waitress, 2006)です。パイを焼くことが誰よりも上手な主人公のウェイトレス、ジェナはモラハラ夫からなんとか逃げ出したいと一生懸命にお金を貯めています。そんな矢先に妊娠していることがわかり、どうしても子供ができることを喜べません。アメリカ南部のダイナーを舞台に結婚、妊娠という女性の人生の大きな選択を問い直す物語です。主治医との恋愛、女性の同僚2人との深い友情を中心に描くコミカルな映画です。
ジェナがダイナーのオーナーである常連のジョーにから注文を取るシーンがあります。
Jenna: Hi, Joe. How are you doing my friend? What can I get you?
(こんにちは、ジョー。今日のご機嫌はいかが?ご注文は?)
Joe: Okay. I want two glasses of water. No ice. (水を二杯。氷なしで。)
Jenna: Two glasses. No problem (二杯ね。もちろん。)
Joe: Two glasses. (二杯だよ。)
Jenna: Right. (はい。)
Joe: No, ice. And I want the Bad Baby Quiche Pie with tomato on the side. On its own plate. (氷なし。それからバッド・ベイビー・キッシュ・パイ。トマトを付け合わせに。別の皿にね。)
…
Jenna: Is that everything? (ご注文は以上でしょうか?)
<0:14:45>
ファストフードやカジュアルなレストランで「ご注文は?」という表現は、“What can I get you?” が一般的です。ほかにはAre you ready to order? (ご注文はお決まりですか?)もう少し丁寧な表現として、May I take your order? (ご注文をお伺いしてよろしいでしょうか?)もあります。一通り注文を聞いたあとには、 “Anything else?” (ほかには?) または、“Can I get you anything else?” (ほかに何かご注文は?) “Would that be all?” (ご注文は以上でしょうか?) などを使います。
外国の人は注文する際に「氷なしで」、「別のお皿に」など様々なリクエストをすることがあります。日本で「おもてなし」ということばが流行っていますね。これは相手が必要としている「もの」や「こと」を提供する側が「察する」ことが大切なポイントの一つになっています。しかし、アメリカなどでは、サービスを提供する側が相手の要求を聞いてそれをかなえることを重視します。日本ではいかにお店に気遣ってもらったかが満足につながりますが、外国ではいかにかなえてもらったかが満足につながります。今や世界から観光客が集まる日本。お客様に満足していただくには相手の文化・習慣に合わせた接客が求められますね。
2017年4月1日
タイトル:『ズートピア』に学ぶ警察英語
投稿者:井村誠(大阪工業大学)
今回は2016年に公開されたディズニーアニメーション映画『ズートピア』(原題Zootopia)から警察英語を学んでみましょう。
Prey(草食動物)とpredator(肉食動物)が平和に共存する都市Zootopia(動物園zoo +理想郷utopia)で、ウサギで初めての警察官(bunny cop)となったJudy Hoppsですが、彼女がZPD(Zootopia Police Department)で割り当てられた仕事は、駐車違反の取り締まり(parking duty)。せっかく猛訓練を乗り越えて警察学校(police academy)を首席で卒業したというのに、まわりからはmeter maid(駐車違反専門の婦警さん)と呼ばれて軽んじられます。それでもめげずに頑張る彼女は、やがて町で起こっている謎の失踪事件の尻尾をつかむ(!)ことに。
そこでまずは署に応援を要請する場面を見てみましょう。
Judy: Officer Hopps to dispatch! <00:53:51>
(こちらホップスより署へ、至急応援頼む!)
Judy: We have a 10-91! Jaguar gone savage! <00:54:13>
(被疑者を確保!ジャガーが凶暴化してます!)
Dispatcher: Okay, we’re sending backup! < 00:54:19>
(了解、至急応援送る。)
ここで、”We have a 10-91!” というセリフがありますが、10-91は「被疑者連行(pick up subject)」という意味のコードです(Police 10 Codes:https://copradar.com/tencodes/ 参照)。ちなみに日本の警察用語にも「ホシ(=容疑者)」や「チャカ(=拳銃)」などがありますが、こういった業界用語のことをjargonといいます。
次に逮捕の場面を見てみましょう。
Police: Mayor Lionheart, you have the right to remain silent. Anything you… <01:08:53>
この後に続くのは、アメリカで容疑者を逮捕するときに必ず言わなければならないセリフで、「ミランダ警告(Milanda Warning)」と呼ばれます。それは次のようなものです。
① You have the right to remain silent. Anything you say can and will be used against you in a court of law. (あなたには黙秘権がある。あなたの供述は法廷であなたに不利な証拠として使われる場合がある。)
② You have the right to consult an attorney before questioning.(あなたには取り調べを受ける前に弁護人と相談する権利がある。)
③ You have the right to have your attorney present with you during questioning.(あなたには取り調べの際に弁護人の立ち合いを求める権利がある。)
④ If you cannot afford an attorney, one will be appointed for you at no expense.(もしあなたに弁護人を雇う経済的余裕がない場合は、無料で公設弁護人を付けてもらう権利がある。)
⑤ You may choose to exercise these rights at any time.(あなたはこれらの権利をいつでも行使することができる。)
このように映画を通して業界特有の言葉使いを学ぶのも面白いですね。
さて、この映画のメッセージは多様性(diversity)です。気が遠くなるほど動作が遅いナマケモノ(sloth)や思わず遠吠えに同調してしまうオオカミなど、Zootopiaではいろいろな動物が個性豊かに暮らしています。果たしてJudyと相棒のキツネNickは多様性の危機に瀕するZootopiaを救うことができるのでしょうか。元気の出る主題歌Try Everything (by Shakira)とともに心に残る作品です。
2017年4月1日
映画のメッセージを探してみましょう!―英語力アップのための秘訣―
担当:ルッケル瀬本阿矢
皆さんは、なぜ映画を見ますか。リラックスするため、現実逃避するため、歴史を学ぶため、英語を学ぶため…色々な目的があるでしょう。今、「英語を学ぶため」と心の中で思った読者の皆さんに、私はまず、映画のメッセージ(thesis statement)を探すことをお勧めします。「英語を学ぶのに、映画のメッセージなんか関係ない。」すぐさまこのような返答が返って来そうです。ところが、実は大ありなんです。何故ならば、色々な映画の「肝」を考察することで、自分好みの映画を見つけることができる。そして、その映画を好きになることで、セリフの英語が頭に残りやすくなるからです。
例えば、『プラダを着た悪魔』(The Devil Wears Prada, 2006) を例に見てみましょう。この映画を利用した英語学習のための教科書が松柏社から出版されており、授業で本映画に親しんでいる学生さんも多いのではないかと思います。その際、英語だけに注意を向けていませんか。なんてもったいない!この作品に対するミクロな視点を、一度マクロな視点に変えてみましょう。本映画のメッセージはなんだと思いますか?
そう、それは、「仕事のために生きるのではなく、生きるために仕事をすること」、そして「仕事に忙殺されて自分を見失わないこと」ですね。本作品には、仕事に追われて夢を見失っている主人公のアンディに、親友のリリーが
“You know, the Andy I know is madly in love with Nate, is always five minutes early, and thinks, I don’t know, Club Monaco is couture. For the last sixteen years, I’ve known everything about that Andy. But this person? This glamazon who skulks around in corners with some random, hot fashion guy? I don’t get her.”i
(あのね、私の知ってるアンディはネイトに夢中で、いつも5分前には来てた。それに、ブランドの服って言ったら…、クラブ・モナコくらいしか知らなかった。そのアンディのことだったら、ここ16年間のことなら何でも知ってるわ。でも、この人は?不特定のセクシーな業界男と、陰でこそこそやってる派手な女?そんな女、知らないわ。)
と責めて彼女から去ります。その直後に恋人のネイトが現れ、
“You know, I wouldn’t care if you were out there pole-dancing all night, as long as you did it with a little integrity. You used to say this was just a job. You used to make fun of the Runway girls. What happened? Now, you’ve become one of them.”ii
(いいか、俺は君があそこで一日中ポールダンスをしていたって気にならない。君が多少なりとも誠実に仕事をしている限りはね。君はこれはただ金を稼ぐための手段だって言ってたじゃないか。『ランウェイ』の女たちを笑ってたじゃないか。どうしたんだよ?今じゃ、君はあいつらと同じだ。)
と言ってアンディとの恋人の関係を終わらせます。また、売れっ子フリーライターでプレイボーイのクリスチャンも、
“The wide-eyed girl, peddling her earnest newspaper stories? You, my friend, are crossing over to the Dark Side.”iii
(お堅い新聞を売り歩いていた純朴な少女が?君、ダークサイドに堕ちたね。)
とアンディの変化を指摘し、最終的にアンディのボスであり、その自己中心的で独裁的な仕事ぶりで悪評の高いミランダまでもが次のように彼女を評価します。
“I never thought I would say this, Andrea, but I really… I see a great deal of myself in you. You can see beyond what people want, and what they need, and you can choose for yourself.”iv
(こんなこと私が言うなんて思ってもみなかったことだけれど、アンドレア、でも私は…、あなたの中にすごく私自身が見えるのよ。あなたは人が望むものや必要とするものの先を見ることができ、自分自身のために決断することができる。)
つまり、仕事を始めた頃の思いやりに溢れるアンディから、出世のためなら何でもし、自己中心的に振る舞えるようになってきたと言われたことで、アンディはやっと目を覚まします。そして、ファッション業界の仕事に見切りをつけ、それまでないがしろにしていた恋人や友人のもとに帰っていきます。
筆者は、本作品を授業でも利用していることもあり、何十回と観賞してきました。それでもクライマックスでは涙腺が緩み、心が熱くなります。それは、この映画のメッセージが毎回胸にしみるからです。私は仕事に呑まれて自分を見失っていないだろうか、家族に辛い思いをさせていないだろうか、と。もちろん、生活をするためには仕事に精を出す必要がありますし、ある程度家族には我慢を強いらなければならないことも現実です。しかし、本当の「幸せ」のためには、仕事とプライベートのバランスを保つことが大切であり、仕事に振り回されて自分の一番大切なもの、つまり家族、恋人、友人、そして夢を見失ってはならないと、この映画を観るたびに肝に命じることができるのです。
もし皆さんが、大好きな映画を見つけることができたら、それはとてもラッキーです。なぜなら、その映画に対する前向きな気持ち、すなわち「好き」という気持ちが、英語学習にもポジティブに働くからです。本作品をもっと知りたいという気持ちが、セリフを一言一句覚えることまでも可能にします。該当の作品をより深く知りたいという気持ちによって、「勉強」を意識することなく、喜びまでも感じながら英語を学ぶことができるようになるのです。
今、読者の皆さんが「英語が嫌い」と思っているのなら、ぜひ色々な洋画を見てみてください。そして、映画に託されたメッセージを読み取って、心を打つ映画を一本でも見つけてみてください。そうすれば、自然とその作品を何度も観たくなるでしょう。登場人物がどんな英語を使い、どんな言い回しをして、そこにはどういう意味が背後にあるのか、その言葉のベースとなった文化はどんなものなのか、知りたくてたまらなくなるはずです。そうして喜びとともに覚えたセリフや文化的な知識は、必ず英語でのコミュニュケーションの中で役に立ち、スムーズな英会話のキャッチボールをするための助けとなるでしょう。
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i McKenna, Aline Brosh, 神谷久美子, Kim R. Kanel. 『映画総合教材:プラダを着た悪魔』. 東京: 松柏社,2010, p.132.
ii McKenna, Aline Brosh, 神谷久美子, Kim R. Kanel. 『映画総合教材:プラダを着た悪魔』, op.cit., p.133.
iii McKenna, Aline Brosh, 神谷久美子, Kim R. Kanel. 『映画総合教材:プラダを着た悪魔』, op.cit., p.140.
iv McKenna, Aline Brosh, 神谷久美子, Kim R. Kanel. 『映画総合教材:プラダを着た悪魔』, op.cit., p.147.
*和訳は、『映画総合教材:プラダを着た悪魔』(松柏社)の翻訳を参考にしました。
2017年3月1日
タイトル:あまり見慣れない構文だからと言って、稀有な表現とは限らない
投稿者:吉川裕介(昭和大学)
英語の構文にJB-X DM-Y構文と呼ばれる興味深い現象があります。あまり聞きなれない構文かもしれませんが、JB-X DM-Y構文とは(1)のような文を指します。この構文の意味としては「XだからといってYというわけではない」という一種の推論否定(inference denial)を表しており、聞き手の「期待通りのデータを得られた=データは正しい」という推論を否定する解釈となります。
(1) Just because the data satisfy expectations does not mean they are correct. (Hipert 2007)
(期待通りのデータが得られたからといって、それが正しいというわけではない)
この構文は、Just because… does not mean…と言うひな形を持ち、その頭文字をとったのがJB-X DM-Y構文の所以です。動詞はmeanのみならず、tell、imply、indicate、signなど様々な動詞に代用されます。
もうお気づきかもしれませんが、この構文の主語が一体どの要素なのかがこれまでの研究で議論されてきました。一つの考え方として、(2a)のようにthat節主語と同様にJust because節が文の主語として現れているという立場があり、もう一つは(2b)のように主語としてitやthatが現れることから、副詞節として捉える立場です。Hilpert (2007)によると、(1)のような主語のない用法は1950年代から使用を増やし、現代にかけて固定表現化してきていると指摘しています。したがって、(2b)のような使用が本来的であったが、次第に主語が省略される形も許容されるようになったと言えるでしょう。
(2a) [That the data satisfy expectations] does not mean they are correct.
(2b) Just because the data satisfy expectations it does not mean they are correct.
このような経緯から、JB-X DM-Y構文は口語的な(くだけた)表現であることがわかります。その証拠に、この構文は映画のセリフの中に頻出しており、決して稀有な表現ではないことがわかります。以下は『ダ・ヴィンチ・コード』(The Da Vinci Code, 2003)からの例です。
Leigh Teabing: Leonardo gives us the chalice.
(レオナルドは杯を描いている)
Yes. Oh, and Robert, notice what happens…when these two figures change position.
(そう、ロバート、2人の位置を入れ替えるとどうなるか気づいたかね)
Sophie Neveu: Just because da Vinci painted it doesn’t make it true.
(ダ・ヴィンチが描いたからと言って、それが真実とは限らない)
Leigh Teabing: But history…..she does make it true.
(しかし歴史は…真実だと言っている)
<01:23:03>
これは主人公ロバートの旧友であるリー・ティービング卿が『最後の晩餐』に隠されたダ・ヴィンチの謎(コード)を解き明かす、物語の核心的な場面での発話です。ソフィーはJB-X DM-Y構文を使ってティービング卿の推論を否定しており、その新説に対して慎重な態度を示しています。それほど『最後の晩餐』にはソフィーにとっても信じがたい驚くべきメッセージが込められていたことがこの表現から伺えます。
このように、一見すると特異な構文も実は映画の中で効果的に使われており、ストーリーを深める一助となっているのです。
参考文献
Hilpert, M. 2007. Just because it’s new doesn’t mean people will notice it. English Today Vol. 23, 29-33.
Takahashi, H. et al. to appear. An Integrative Analysis of the just because-X-not-Y Construction in English. JELS Vol. 34.
2017年3月1日
タイトル:want 人 to do の構文をよろしく
投稿者:近藤嘉宏(京都外国語大学・非)
少し前の国立教育政策研究所の調査によると、動詞+目的語+to do の語順を問う問題で中学3年生の正解率が30%であったらしい。実際、大学生でも普段の授業を見ているとこの構文を正しく使えている学生はあまりいない事がわかります。
題材とする映画は、『ジョーブラックをよろしく』(Meet Joe Black, 1998)で、Brad Pitt, Anthony Hopkins, Claire Forlani がそれぞれ独自の魅力を発揮しており3時間の長編です。 個人的にも特にお気に入りでこの映画の冒頭部分の珈琲ショップの場面は、授業でも扱うことが多い作品です。 ある朝、珈琲ショップで、ある若者がもし病気になったら診察してもらえるかなと、内科医である女性の関心を引こうとしていたのですが…。
場面1) 帰り際、珈琲ショップの外での若者と女性の会話
Man: You know, I was thinking… I don’t want you to be my doctor. I don’t want you to… examine me and…
Woman: Why?
Man: Because I like you so much.
Woman: And I… I don’t want to examine you.
Man: You don’t? Why not?
Woman: Because I like you so much. <00:19:58>
男性: えっと、ちょっと考えていたんだけど、僕は君に僕の掛りつけの医者にはなってもらいたくないなって。君に僕を診察してもらうたくないんだ、そして…。
女性: なぜ?
男性: 君をとても好きになったから。
女性: じゃあ、私もあなたを診察したくないわ。
男性: 診察したくないんだ?なぜ?
女性: あなたをとても好きだから。
want to doとwant目的語to doがセットになっていて、この構文の違いを理解し、練習するには適切な会話でしょう。フレーズごとに意味を確認した後、音読活動、Read&Look-up、暗唱まで練習し、二人でペアになり自然な発音、リズム、イントネーションで言えるようになるまで練習する事が必要でしょう。ただし、これだけだとwriting活動において、becauseを接続詞だと理解せずに、間違って使ってしまうことになるかもしれません。
そこで、
場面2) 父親の誕生パーティーで、別れを察知したスーザン(先ほどの会話のwoman)のセリフ
Susan: And you said that, uh, that you didn’t want me to be your doctor because … you didn’t want me to examine you. Why, I got to examine you, after all. I could come with you. You want me to wait? You’ll come back? <02:23:49>
スーザン: そしてあなたは言ったわ。あなたは私にあなたを診察してほしくなかったから、あなたは私にあなたの医者になってもらいたくないって。でも、あなたを診察したけどね、結局。あなたについて行けるわ。 それとも私に待っていてほしい? 戻ってくるわよね?
この一連のセリフのうち、You didn’t want me to be your doctor because you didn’t want me to examine you.が、今回ターゲットになる構文が入っています。映画の1場面を有効に使って、そこで使われている単語だけではなく、フレーズいや文章全体をスラスラ言えるようになるまで練習すれば、この構文も身につける事が出来るでしょう。
2017年2月1日
タイトル: ハリウッド映画の暗示するもの
投稿者: 佐藤弘樹(京都外国語大学・非、α-Station FM Kyoto パーソナリティー)
最近、映画の専門家のみならず映画好きの間で「近頃のハリウッド作品はネタ切れ・ネタ枯れではないか」という声をよく聞きます。それは興行収入にも如実に表れており、2016年の興行収入ランキングでは1位「君の名は。」(興収232億円)、2位「スター・ウォーズ フォースの覚醒」(興収116億円)3位「シン・ゴジラ」(興収81億円)等と邦画に圧倒されています。スター・ウォーズ フォースの覚醒は「スター・ウォーズ」シリーズ第7作品にあたり、固定客を見込んでのこの興行成績は惨敗といってもいいでしょう。
その原因は多岐に渡りますが、一つにハリウッド作品の発するアメリカ的メッセージに日本の観客が懐疑的な眼を向けはじめたことにあるような気がします。
ハリウッド作品におけるアメリカ的メッセージとは何でしょうか。それは一言で言えば「戦いによって勝ち取る個人の正義と自由」です。戦争映画のみならず恋愛映画もアニメ作品までもが「戦わなければ君の自由は侵される。君の権利は戦いによってのみ守られる。」というメッセージを発しているように思われます。英語のloser〈敗者〉という単語が、我々の想像以上に、強く意識され忌み嫌われる社会ならでは現象かもしれません。こうした映画に日々触れて「戦わねば」との刷り込みによってその国の「常識」が生まれるのでしょう。
ハリウッドは過去幾多の名作を世に送り出してきました。その功績は多としながらも、我々外国人がそうした作品に触れる際には自国文化との比較考量が不可欠であると考えます。
2017年2月1日
タイトル:相手にソフトな印象を与えるには―今思っていることを過去形で
投稿者:衛藤圭一(京都外国語大学・非)
私たちが普段相手に何か大変なことや面倒なことを頼むときに、あまりストレートにお願いすることはないですよね?よほど気の置けない関係でない限りは遠慮した言い方をすると思います。たとえば相手に何か聞きにくいことを質問するときには、「ちょっと聞きたかったんだけど」というふうに、今聞きたいことでも過去形を使うと思いますが、実は英語でも日本語と同じような現象が見られます。
(1) I was hoping you might be able to lend me some money.
(1)は過去進行形を使って相手にソフトな感じを与えようとして発話されています。お金を貸してほしいのが「今」であっても表面上は過去の形式になっていますから、「現在はそんな不作法なことは考えていない」という含みを残しています。このように現在時制から一歩距離を置くことで相手にも断る余地を与えていることになり,その分聞き手の意志決定を尊重した表現となっています。次の例はHarry がCho をパーティーに誘っている場面です。主節と従属節の両方で過去形の表現が使用されており、主節が進行形になることで、さらに一歩引いた感じを出しています。ここではjustと共起することで、できるかぎり押しつげがましい感じをなくそうとしているHarryの気持ちが表れています。
(2) “Harry Potter and the Goblet of Fire”『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』(Harry Potter and the Goblet of Fire 2005) <01:13:01 >
Harry: I was just wondering if maybe you wanted to go to the ball with me.
「もしかしたら僕とダンスパーティーに行きたいと思っていたのかな,なんて思っていたんだけど」
このように、英語で頼みごとをするときに相手にソフトな印象を与えたい場合は過去形を使ってみてはいかがでしょうか。
ただし次の(3)でもわかるように、上の(2)と違って仲の良い友人を単にパーティーに誘いたい場合に過度に丁寧な表現は適正に使用しないと、「皮肉」や「脅迫」や「慇懃無礼」な意味を表すことがあり逆効果になることがあるので、「どの相手に使うか」に注意することが必要です。
(3) I just wanted to ask you if you could possibly come to our party on Friday.
2017年 1月1日
タイトル: 映画の中に隠された記号
投稿者: 國友万裕(同志社大学・非)
今回は映画通の映画の見方を紹介したいと思います。
『ノッティングヒルの恋人』(Notting Hill,1999)は、大学の授業で見せやすく、大学生にもっとも受ける映画の一つです。これまで何度も授業中に見せてきて、その度に好評なのですが、今の若い学生たちは主演のジュリア・ロバーツの名前すら知らないですし、この映画の隠れた面白さに気づいていないのではないでしょうか。
イギリスのノッティングヒルの街角で、しがない本屋の店主ウィリアム(ヒュー・グラント)がうっかりハリウッド女優アナ(ジュリア・ロバーツ)の服にオレンジジュースをこぼしてしまい、彼女に着替えさせるために彼の家に誘う場面で、以下のような台詞が出てきます。
I’m confident that in five minutes we could have you spick and span and back on the street again…in the non-prostitute sense, obviously.<0:11:52>
(5分もあれば、君をきれいにして、道に立てるよ。それは、明らかに、娼婦という意味でではなく)
In the non-prostitute sense(娼婦という意味ではなく)は字幕では「へんな意味じゃない」と訳されていましたが、この台詞の意味は理解できたでしょうか。娼婦は街角に立つといわれますからそのことを言っているのですが、 映画通の人だったら、即座に『プリティ・ウーマン』(Pretty Woman, 1990)のことだとピンとくるはずです。『プリティ・ウーマン』は、ジュリア扮する娼婦が大金持ちの男性(リチャード・ギア)と出会い、玉の輿に乗るまでのシンデレラ・ストーリーですが、世界的な大ヒットなり、この映画でジュリアは大ブレイクし、一気にハリウッドで最も稼げる女優となりました。
映画の終盤、アナがウィリアムに求愛するために彼の本屋を訪れる場面、店の従業員であるマーティン(ジェームズ・ドレイファス)は映画のことに疎く、彼女に『ゴースト ニューヨークの幻』(Ghost, 1990)で共演したパトリック・スゥエイジはどういう人だったの? 彼は撮影中、そんなフレンドリーじゃなかったのかい?とアナに尋ねてしまいます。
Well, I’m sure he was friendly …to Demi Moore… who acted with him in Ghost.<1:43:36>
(おそらく、彼がゴーストで共演した、デミ・ムーアにはフレンドリーだったと思うわ。)
彼女が切れ切れにこの台詞を言っているところに彼女が彼の勘違いに気づいて、戸惑っているところが伺えますが、ここも映画通の人だったら思わず笑ってしまいます。『ゴースト ニューヨークの幻』は『プリティ・ウーマン』と同じ頃、世界的な大ヒットとなり、主演のデミ・ムーアもこの映画で大ブレイクしました。当時のマスコミでは、ジュリアとデミはライバルと見なされました。そのことを意識していることが映画ファンにはわかります。映画の作り手たちが、遊びの精神で映画ファンを楽しませる台詞を挿入していると言っていいでしょう。
ストーリー的に考えても、『ノッティングヒルの恋人』はいわゆる逆玉の話ですし、『プリティ・ウーマン』の逆バージョンと言っていいでしょう。『プリティ・ウーマン』を明らかに意識した作りとなっているのです。
映画は総合的なものなので、ストーリーを追うだけが映画を観る楽しみではありません。さりげないところにも面白さが溢れています。また美術、ファッション、音楽、地理、歴史など独自の視点で映画を見ていくと、様々な記号が隠されていることもわかってきます。
みなさんたちも、心に残る台詞、名前、事項、地名などが映画に出てきたら、ネットで検索してみてください。英語を学ぶだけではなく、その背景にあるものを知ることで、ますます映画を観ることは楽しくなるはずです。
2017年1月1日
タイトル: スラング使用と話者の自己像
投稿者: 松井夏津紀(京都橘大学・非)
スラングとは新語や丁寧ではない表現が含まれるインフォーマルなことばを指し、映画でも様々な例が観察されます。しかし、それらの表現を学習者がそのまま使ってしまうと思わぬ失敗につながることがあります。スラングを使用する意図としては、ある集団の一員であることを確認したり、仲間意識を強めたり、流行を意識していることを示したりと、話者の人物像を表すことが考えられます。学習者が英語を話す場合、文法的なミスの場合は「誤用」だと認識されますが、意図しない印象を持たれるようなスラング使用におけるミスは「誤用」とは思われず、ただ話者のイメージを損なう結果にもなり得ます。
スラングの中にも様々なタイプが存在し、口語表現として多くの母語話者に気軽に使われている表現や、若い年齢層の話者に好んで使われる若者ことばのような表現、またswear wordと言われる罵りのことばなども含まれます。学習者がslungと呼ばれる表現を使う際、その表現がどんなイメージを聞き手にもたらすかを把握せずになんとなく今どきの感じがするから、あるいはかっこよさそうだからという理由で気軽に使うと、間違った自己像を投影することになる場合があります。次の『ズーランダーNo.2』(Zoolander 2, 2016) に出てくるDon Atariという登場人物のセリフを見てみましょう。
You guys look so lame. I love it, dude.「そのくたびれた感じ最高だぜ!」〈00:23:31〉
“uncool”の意味で使われている“lame”というスラングですが、映画やドラマでも40代以下ぐらい年齢層の話者が使用している場面がよく見られます。若い層の英語母語話者なら口語表現として気軽に使う表現かと思われるかもしれませんが、大学生ぐらいの若い世代でもこの表現に抵抗を感じる英語母語話者も結構いるようです。“lame”を使わないという人の理由には、「中高生のようで子供っぽい感じがする」、「“lame”ということばを使う人が“lame”だと思う」などが挙げられています。“lame”を使わない人たちはスラングを使用しないのかというとそうではなく、同様の意味で“suck”や“shitty”などを使うことはあるようです。つまり、同じような意味を表す「スラング」と分類されることばでも、表現の選択により聞き手に与える話者の印象が変わってくるのです。
『ズーランダーNo.2』のDon Atariは若者言葉に分類されるようなスラングを多用する人物ですが、彼のような話し方をするとどのような印象を持たれるかという調査を行ったところ、「教育をうけていない人」、「頭が悪い人」、「失礼な人」という回答が多くみられました。学習者には、留学中などにスラングを覚えたがる人が多く、あまり深く考えずにスラングを使用することがあるようです。しかし、「スラング」=「若者っぽい」、「クールな感じ」とは一概には言えません。「日本語で話すと丁寧なのに、英語になると別人のように失礼な話し方になって驚いた」という経験をしたアメリカ人学生からの声もありました。「どのような場で」、「誰に対して」、「自分が投影したい自己像はどのようなものか」、などの使用の際の条件や目的がそのスラング自体と一致していない場合、意図せぬ印象を相手に持たれてしまう可能性があるということは認識しておいた方がよいでしょう。