ATEM 西日本支部事務局
大阪工業大学
井村誠研究室
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映像メディアと英語

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 (2016.2.1~)

【執筆担当】(2019年度)

1月   小林翠 2月   衛藤圭一  3月  國友万裕・松井夏津紀
4月   倉田誠・Ken Poon 5月  吉川裕介・ルッケル瀬本阿矢  6月  小野隆啓 ・井村誠
7月  藤倉なおこ・北本晃治  8月  松浦加寿子・福井美奈子  9月   山本五郎・金田直子
10月   野中泉・小林敏彦 11月   飯田泰弘・深津勇仁 12月   蘒寛美・田畑圭介
1月  倉田誠 

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2019年7月15日

投稿者:藤倉なおこ(京都外国語大学)
タイトル:「困ったときのおんな頼み― “The League of Their Own”」

かつてアメリカに女性選手がプレーする野球リーグがあったことをご存知ですか?それはAll-American Girls Professional Baseball League (AAGPBL)と呼ばれ、1943年から1954年まで存在していました。

1939年に始まった第二次世界大戦には男性の多くが兵士として駆り出され、メジャーリーグのプロ野球選手も例外ではありませんでした。そのため試合ができず、地方の球場は倒産の危機に直面します。戦争が終わって男性選手たちが帰ってきてもこのままでは、野球リーグが成り立たなくなると一計を案じた当時のシカゴ・カブスのオーナー、フィリップ・K・リグリーは、ジェネラル・マネージャーに相談します。そこで発案されたのが女性リーグを作ることでした。リーグには全米とカナダから加わりたいと何百人もの女性が集まりました。女性リーグは成功を収めます。しかし、兵役を終えた男性選手がメジャーリーグに復帰し始めると、女性リーグは経営不振などで廃止されてしまいます。一方、男性のリーグは見事に復活しました。結局、女性選手たちは、男性選手がいない間のつなぎとしての扱いでしかありませんでした。以下のセリフはそれを端的に表現しています。

Ira Lowenstein: This is what it’s going to be like in the factories, too, I suppose, isn't it? “The men are back, Rosie, turn in your rivets.” We told them it was their patriotic duty to get out of the kitchen and go to work; and now, when the men come back, we'll send them back to the kitchen. (工場でもきっと同じことが起きるんだな。「ロージー、男たちが帰ってきたから、工具を返すんだ」って。愛国者の勤めだからと言って彼女たちを台所から引っ張り出して働かせておいて、今、男たちが帰ってきたらまた台所に送り返すのさ。)
Walter Harvey: What should we do - send the boys returning from war back to the kitchen? (どうすりゃいいのさ。戦争から帰ってくる男たちを台所にもどすのか?)<02:04:17>
『プリティ・リーグ』(A League of Their Own, 1992)

米国では戦争中に男性がいない間、たくさんの女性たちが家の外に出て会社や工場で働きました。しかし、男性が戻ってくると女性は家庭を守るべきものとして、労働市場から追い出され、家庭に再びかえされました。日本でもバブル期に労働力が足りなくなると、女性の雇用促進が図られました。また人口が減少してくると「男女共同参画」、「女性の職業生活における活躍の推進」が政策になりました。

しかし、女性の就労はあくまでも派遣やパートといった非正規雇用が中心です。男性があくまでも主で女性は必要な時だけいればよいのです。

映画の原題“A League of Their Own”は、「彼女たち自身のリーグ」という意味です。英国の女性作家、バージニア・ウルフが1929年に書いた“A Room of One’s Own” (邦題「自分だけの部屋」)という批評がもとになっています。ウルフはこの中で女性が自由になるためには、経済的自立とカギがかかる自分だけのための部屋がなくてはならないと記しています。野球が得意だった女性たちは、野球リーグで収入を得ることで、自分たちの能力を発揮し活躍できる居場所を見つけました。しかし、それはつかの間でした。

この映画を撮ったペニー・マーシャル監督は、トム・ハンクス主演の『ビッグ』(Big, 1988)、ロビン・ウィリアムズ、ロバート・デ・ニーロ共演の『レナ―ドの朝』(Awakening, 1990)も監督しています。『プリティ・リーグ』を含め、この3本はいずれも大成功を収め、彼女は映画1本で1億ドル以上の興行収入を稼いだ初めての女性映画監督と言われています。それまであまり知られていなかった女性野球リーグの存在と選手たちの活躍を紹介した彼女の思いは、女性の居場所をと訴えた批評の題名になぞらえた映画の原題“A League of Their Own”から伝わってきます。


2019年6月25日

投稿者:井村誠(大阪工業大学)
タイトル:「主観的現実(Subjective Reality)」について

コンピュータが作り出す仮想現実に人間が支配される近未来を描いた映画『マトリックス』(The Matrix, 1999)に次のようなセリフがあります。

Morpheus: Have you ever had a dream, Neo, that you were so sure was real? What if you were unable to wake from that dream? How would you know the difference between the dream world... and the real world? (ネオ、確かにそれが現実だと感じる夢を見たことがあるかい?もしその夢から目覚めなかったらどうなる?どうやって夢と現実の区別がつくと思う?)<00:30:16-00:30:28>

例えが悪いかもしれませんが、崖から落ちそうな夢を見ているとします。必死にしがみついている手が滑ってその後は...。実際の死因は睡眠中の心筋梗塞であったとしても、その人にとっての主観的な現実は転落死だったということになるのではないでしょうか?

考えてみれば私たちは現実の世界においても、日常生活のかなりの部分を主観的現実(Subjective Reality)の中で生きています。具体的な事物や客観的な事実が歴然とそこに存在するとしても、それらを認識するのが意識である限り、私たちは主観を完全に離れて物事を見ることはできません。

『マトリックス』では、ハッカーのネオが脳にプラグを挿入され、コンピュータが作り出す仮想現実の世界(Matrix)に入り込み、人間を支配しようとするプログラムと死闘を繰り広げます。ネオを導くモーフィアスは次のように言います。

Morpheus: The Matrix is everywhere. It is all around us. Even now, in this very room. You can see it when you look out your window... or when you turn on your television.(中略)It is the world that has been pulled over your eyes...to blind you from the truth.(マトリックスはあらゆる所に存在し、我々を取り囲んでいる。いまこの瞬間、この部屋の中でも。窓の外を眺めている時も、テレビを見ている時も。それは真実から目を眩ませるために、我々の目を覆っている世界だ。)
Neo: What truth?(どんな真実だ?)
Morpheus: That you are a slave, Neo. Like everyone else, you were born into bondage... born into a prison that you cannot smell or taste or touch. A prison... for your mind. Unfortunately, no one can be... told what the Matrix is. You have to see it for yourself.(我々が支配されているという真実さ、ネオ。みんな目に見えない鎖につながれている。心の牢獄にね。残念なことにマトリックスが何なのかを誰も教えることはできない。自分で確かめるしかないんだ。)<00:26:39-00:27:41>

モーフィアスの言う「マトリックス」は「主観的現実」に置き換えることができると思います。主観的現実を操ることができれば、大衆操作が容易になるでしょう。仮想現実(virtual reality)、拡張現実(augmented realty)、人工知能(artificial intelligence)などが私たちの生活に入り込み、デジタル化が加速する現代においてその可能性(危険性)はますます高まっているといえます。

サイバー世界の中で様々な姿をとって襲ってくるプログラムに対してネオは苦闘しながらも彼らを打ち破る力を身につけていきます。それを可能にしたのは「選択」すること、つまりネオが何者にも縛られない心の自由を得たからに他なりません。主観的現実を自らコントロールすることによって、私たちは自分自身を縛る思い込みからも自由になることができます。つまりこの映画は、生きづらい時代を乗り越えて生き抜いていくための勇気を与えてくれる物語ととらえることもできます。


2019年6月1日

投稿者:小野隆啓(京都外国語大学)
タイトル:消えるif

英語の仮定法を高校で習うとき、従属接続詞ifを使わずに条件節を表す場合があることを学びます。例えば、「彼の手助けがなければ」のような条件節をif用いてIf it were not for his helpのように表現するところを、Were it not for his helpのようにifを用いない表現のことです。実際、映画で次のような例が見つかります。Harry Potter and the Chamber of Secrets (2002) <00:29:56>のSnape先生の台詞です。

I assure you that were you in Slytherin, and your fate rested with me, the both of you would be on the train home tonight.
(言っておく。もしお前たちがスリザリンの生徒なら、今夜この場で家に送り返している!)

明らかに疑問文の形を取っているわけです。英文法の規則としてこのような表現をそのまま学ぶことは、もちろんそれでいいのですが、仮定法と疑問文の間に何か関連があるのでしょうか?

もう一つ例を見てみましょうか。Harry Potter and the Half-Blood Prince (2009) <01:58:19>からで、ダンブルドア校長先生の台詞です。

Shall I tell you to hide, you hide. Shall I tell you to run, you run. Shall I tell you to abandon me and save yourself, you must do so. Your word, Harry?
(わしが隠れと言ったら、隠れるのじゃぞ。逃げろと言ったら逃げるのじゃぞ。わしをおいて自分を守れと言ったら、そうしなければならんぞ。約束できるかの、ハリー。)

7つに分断されたヴォルでモートの分霊箱を探しに行くのにダンブルドアがハリーに一緒に行くように言うところです。見た目には明らかに疑問文ですが、その後に主節のyou hide.やyou run.のようなものが続くので、仮定法だと気づかなければなりませんね。

次のような例、Harry Potter and the Chamber of Secrets (2002) <01:38:52>は、2つの文がつなげられたものと教えられます。

Dumbledore: Good evening, Hagrid. I wonder, could we ... ?
Hagrid: Of course. Come in. Come in.
(こんばんは、ハグリッド。よろしいかの?)
(もちろんでさあ。どうぞお入り下せえ。)

英語の場合、文の1番左側には、その文の種類を決める目に見えない要素があり、それが形を取る際に、ifの形を取ったり、疑問文の形を取ったりするわけです。つまり、疑問文と仮定法には共通する点があるのです。If it were not for his helpのような場合、これを疑問文の形で表現するWere it not for his helpを疑問文だと仮定し、「彼の手助けがないのですか?無いのなら・・・」のように解釈すると、しっくり来ることに少し驚きませんか?ちなみに日本語の場合は、動詞が後ろなので、文の種類を決めるものは文末に現れます。疑問文を作るときは、([彼は明日来るのです]+「か」)のように文末の動詞に「か」をつけます。

このように疑問文と仮定法には意味的にも文法的にも関係があるのです。ちなみに、このような操作は、歌にも現れます。1970年代の昔の映画ですが、「小さな恋のメロディー」(Melody (1971))には「若葉の頃」(First of May)という歌があり、英語のことをあまり知らなかった頃は下に示すcome First of Mayが何なのか全くわからなかったものです。

But you and I, our love will never die.
But guess we’ll cry come First of May.
(でも君と僕、僕らの愛は決して死なない。)
(でも、5月になれば涙が出るでしょうね。)

これも、if First of May comeという仮定法の条件節なのです。First of Mayはcomeの主語で、仮定法なので、三単現のsが付いていないのです。主語と動詞が倒置している理由も、条件節の文頭位置を、were it not forのように、疑問文の形式で表しているのです。これもifを用いないで仮定法の条件節を表現したものです。


2019年5月15日

ルッケル瀬本阿矢(立命館大学) 
アメリカ映画に見る仕事と育児の両立の現状

家事は「手伝う」べきでしょうか?それともパートナーと「シェア」するべきでしょうか?『男女共同参画白書』(2017)によると、第一子出産前後に就業を継続する割合は53.1%と、子供ができても仕事を続ける女性が増え続けています。また、内閣府が発表した「6歳未満の子供を持つ夫の家事・育児関連時間」(『平成28年社会生活基本調査』)によると、日本では妻が7.34時間、夫は1.23時間と、大きな差があります。これには、日本社会に根強く残る「性別によって役割を決める」という潜在意識とともに、日本社会が男性に家事や育児をさせる時間を与えないという問題もあると感じます。女性の社会進出が進んでいる今、性別関係なく、家事や育児は「シェア」するべきではないでしょうか。

読者の中には、男女平等社会が進んでいるアメリカではきっと世間の理解も進んでいるのではないかと思う方もいるでしょう。上記の内閣府の統計では、アメリカでは妻が5.40時間、夫が3.10時間家事に費やしているとのことです。実際、アメリカの家庭での男女の立場は、日本のそれよりは平等で、働きやすい環境にあるようですが、アメリカの映画にも、仕事と子育ての両立に悩む女性がしばしば描かれています。

例えば、『プラダを着た悪魔』(The Devil Wears Prada, 2006)では、編集長のミランダ・プリーストリーが、離婚を前に、以下のように嘆いています。

Milanda: Another divorce. Splashed across “Page Six.” I can just imagine what they’re gonna write about me: “The Dragon Lady”. “Career-obsessed”. (…) I don’t really care what anybody writes about me. But my… My girls, I just… It’s just so unfair to the girls.
(また離婚よ。『ページ・シックス』(ゴシップ記事)にでかでかと載るわ。私のことをどう描かれるか想像がつくわ。「ドラゴン・レディ」「仕事が命」(…)私の事を誰がどう書こうと私は気にしない。でも私の… 私の娘たちは、私は…あの子達は悪くないのに。)<01:21:44>

主人公のアンディは、もしミランダが男性だったら、このように世間から叩かれるだろうか?という疑問を持ちました。アンディは、“If Miranda were a man, no one would notice anything about her except how great she is at her job.(もしミランダが男だったら、すごく仕事が出来る人だという以外は誰も何も気にしないはずなのに)” <01:26:18>と話しています。他にも、『ケイト・レディが完璧(パーフェクト)な理由(ワケ)』(I Don't Know How She Does It, 2011)や『マイ・インターン』(The Intern, 2015)でも、仕事と家庭とのバランスに悩む女性が描かれています。

上記の3本の映画には、極端な単純化とステレオタイプ的描写も散見されるものの、子育て中の女性を取り巻くアメリカの環境を推測するには十分でしょう。このように、2000年代のアメリカ映画でも、子育てをしながら働く女性には見えない壁がいくつもあることが、頻繁に描かれています。子育てに奮闘する男性との映画として、『クレイマークレイマー』(Kramer vs. Kramer,1979)や『アバウト・ア・ボーイ』(About a Boy, 2002)などはありますが、そのような作品は、妻が出て行ったり子供と突然出会ったりという、「非日常」の仕掛けが設定されている事が大半です。一方、上記した映画の焦点は、キャリアを積みたい人間が結婚し、子供を持った時、男性よりも女性の方が多くの見えない壁にぶつかるという「現実」であり「日常」を描いたものであると言えるでしょう。

冒頭で紹介した統計によると、内閣府が調査した7カ国の中で、妻よりも夫が子育てや家事に費やす時間が上回っている国はありませんでした。女性の社会進出が重要視されているこの社会において、その原因を探り、社会全体でこの問題に真剣に取り組んでいくべきだと思います。もちろん、仕事にもっと取り組みたい女性がいる一方、家事に参加したくても休暇を取れずに苦しむ男性もいるでしょう。家事の分担も含め、それぞれの意志が尊重される社会を実現したいものです。


2019年5月1日

投稿者:吉川裕介(近畿大学)
タイトル:広告に使われる「結果構文」の不思議

皆さんが日ごろ目にする「街の広告」や「インターネット広告」には強い文字の制限があるのが一つの特徴で、原因と結果を単文で描写できる結果構文(例. John wiped the table clean. ジョンはテーブルを綺麗に拭いた。)が好んで用いられます。しかし、この結果構文が広告で使用されると、非常に興味深いふるまいを観察することができます。次の広告を見て見ましょう。

(1) Drive your engine clean Super Unleaded + (Mobil ad.)

これはMobil社の広告ですが、「車を運転して、エンジンを綺麗にしよう」と謳っています。しかし、一般的に私たちは「車を運転する」→「エンジンが汚れる」という因果関係を想定します。したがって、John drove his engine clean. のように主語Johnを補った文では因果関係が不可解で解釈しづらい文になってしまいます。では、なぜ(1a)は広告として成立しているのでしょうか?ここにレジスター特有の文法が潜んでいます。(1a)の結果構文の横にあるSuper Unleaded +に注目してください。これは高オクタン価ガソリン(ハイオク)のことを指しており、ハイオクに含まれる添加剤によってエンジン内部の洗浄効果が得られると考えられています。つまり、この広告を見た人はDrive your engine clean. だけではこの広告を理解することはできないものの、Super Unleaded +を想定することで初めて「Super Unleaded +を入れた車を運転して、エンジンを綺麗にしよう」という因果関係を認識できます。

次の文はYouTubeなどで流れるインターネット広告からの引用です。

(2) a. Eat yourself slim (https://www.youtube.com/watch?v=aZJmOyG4VXU
  b. Sleep your wrinkles away in 6-8 hours (https://ingridmadisonave.com/2017/11/23/sleep-your-wrinkles-away-in-6-8-hours/
(2’) a. ??Mary ate herself slim.
   b. ??Beth slept his wrinkles away in 6-8 hours.

(2a)は「食べて痩せよう」というインターネット広告ですが、通常の因果関係とは異なるため(2’a)は成立しません。しかし、ホームページの内容を読み進めていくと、The Montignac Method is a leading concept in the diet world. という記述があり、モンティニャック・メソッド(炭水化物を摂取する際に低GIのものを摂取することで、脂肪を増やす機会を減らす食事法)に基づいた食事をすることで痩せるということが分かってきます。これにより、「モンティニャック・メソッドに基づいた食事をすることで痩せよう」という因果関係を成立することが可能となります。

また、(2b)では「6-8時間の睡眠でシワを無くそう」という広告です。しかし、どのような睡眠をとるとシワが無くなることに繋がるのか理解できないため、(2’b)のように解釈ができません。そこで、広告を読み進めていくとWhen you wear a SiO SkinPad, you are, in essence, soaking your skin in healing hydration for six to eight hours every night.「SiO Skin Padを装着すると、回復効果のある水和反応に肌が6-8時間浸ることで顔のシワが無くなる」と解説されており、これにより「SiO Skin Padをつけて6-8時間の睡眠をとることでシワを無くそう」という因果関係が成立することが分かります。

このように、広告で使用される結果構文は、通常では成立しない因果関係が、宣伝する商品を想定することで初めて原因と結果が結びつくよう仕掛けられています。広告作成者はこの広告英語の特徴を巧みに利用し、読み手に広告商品を強く印象づけているのです。


2019年4月15日

投稿者: Ken Poon (Freelance)
タイトル: Teaching Culture Through Reality TV

As an educator, I’ve always been interested in incorporating media into the classroom. Media is incredibly powerful in its ability to tell a story or spread a message. Well-crafted media can grab our attention and hold it for minutes and even hours; something that many teachers wish they could do in their classrooms.

However, rather than using movies or fictional TV shows to teach language, I used a specific reality television show called What Would You Do. The reason I chose this show is because it is a reality TV show, where certain aspects of the show are unscripted.

The premise of the show is to show how ordinary people react to a recreation of very real scenarios. Several hidden cameras are placed in a location and one or more actors act out conflict that puts real people around them into a situation where they have to make a decision on whether they should help and who they should help.

Due to the non-scripted nature of the show, the real people often have very real reactions of joy, disgust, anger, and distraught. You can see every kind of reaction, from someone selflessly defending the victim, to others sticking up for the aggressors. We get to be a fly on the wall, watching objectively as real people deal with situations that are a very real part of our world.

The way I used this show was by choosing videos on the topic that I wanted to discuss with my students. In December of 2017, comedian Masatoshi Hamada of DOWNTOWN fame faced criticism for dressing in blackface. Many of my students saw no issue with what he did and felt that the criticisms were unwarranted.

I showed them an episode of “What Would You Do?” where a Caucasian woman berates the Asian nail stylist at a nail salon. The woman and the stylist are both actors, as are the other workers in the salon. However, the other customers who aren’t actors, react in disgust to the aggressor’s words. They are quick to rebuke her and defend the stylist.

At the end, I gave out a comment card asking students what they thought of the issue before and after the lesson, with most students showing a positive change in mindset afterwards. Seeing how real people react in these situations and give their thoughts on it at the end gave them insight and perspective that they may miss from the “show, don’t tell” aspect of many films.

The host of the show, John Quinones often asks provocative questions. For instance:

John: “A homeless man is denied service at a restaurant. What would you do if it happened in front of you?”

Throughout the lesson, I ask my students, “What would you do?” This question is powerful in that it gets the students to put themselves in the situation that they are watching and makes them question themselves and their behaviors. Also, as a good practice exercise, I have students create their own kinds of social situations, help them to write them out in English, then have them read their social situations to their classmates and ask, “What would you do?”

Using unscripted television shows, like “What Would You Do?”, allows us to show the visceral interactions and reactions to students that they may never have imagined. I believe through these realities, we can guide our students in not only understanding others, but themselves as well.


2019年4月1日

投稿者:倉田 誠(京都外国語大学)
タイトル:「remindの補文情報≒TOEIC L&R Testの正答!」

remindという動詞を「~を思い出させる、~に気付かせる」という辞書的意味のみで済ませていませんか?本稿ではremind sb that…のthat補文 (=that節) の見逃しがちな機能を取り上げます。辞書には明示されていませんが、remindのthat補文には些細な情報ではなく既知でありながらも情報価値が高い内容が含まれます。そしてthat補文の高い情報価値の内容がTOEIC L&Rテストという短い文脈内では設問にされる場合が多いことを例証します。

下記の (1) の文は「6か月の滞納がある」という受け手にとって既知の情報であるが肝心な内容を再度伝え、滞納分を支払うことを促しています。(2) の映画からの文例はリッチモンド高校のガリソン校長のセリフです。カーターコーチは地区大会で優勝したバスケットボール部の選手たちの学業成績が酷いと練習停止という異例の措置を取り、批判が噴出します。キャンパスでの記者会見でコーチに喧しく質問することをやめない記者陣に対して、校長が「授業中なので、お帰りの際はお静かにお願いします」と伝えます。

(1) We would like to remind you that your payment is six months overdue.(お支払いが6か月遅れていることをお知らせいたします)『ジーニアス英和辞典第4版』
(2) Principal Garrison: Thank you for your time, ladies and gentlemen. I'd like to remind you that classes are in session, so as you leave campus, please do so quietly. (記者の皆さん、お忙しい中ありがとうございました。お分かりと思いますが授業中ですので、お帰りの際はお静かにお願いいたします。)<01:27:00>
『コーチ・カーター』(Coach Carter, 2005)(太字と下線は筆者)

ATEM会員の有志で作った「資格英語研究グループ」がTOEICの新形式テストの公式問題集5冊と旧形式テストの公式問題集6冊に掲載されている計11冊(22テスト)を調査した結果、45回のremindの生起を確認しました。つまり1テストあたり2回は出現する動詞であり、特にPart 3, 4, 7に頻出します。内容を精査すると、TOEIC L&Rテストでのリスニングやリーディング問題の字数の限られた談話文脈内でremind sb that…のパターンが使われると、補文内の情報が焦点化されます。TOEIC L&Rの問題作成者もそのような点を狙ってきます。(3) と (4) はPart 4のモノローグから抜き出した2例の当該文と正解の選択肢ですので、お手持ちの公式問題集でも詳細部分をご確認ください。

(3) We remind you that no photography is permitted during the play.(念のため申し上げますが、上演中は写真撮影は許可されておりません)(TOEICテスト新公式問題集Vol.6, Test2, Part 4:太字と下線は筆者)

モノローグの終盤に (3) の文が生起し、2つ目の設問に What does the speaker request that the listeners do? があります。下線部の情報を聞き取っていれば、難なく正解の選択肢の (B) Refrain from taking picturesを選べるという例です。

(4) And finally before we break up for today, I want to remind you that it's the end of the month, so your sales reports are due tomorrow.(最後に散会する前に、月末ですので売上報告書は明日が提出期限であることをお忘れなく)(公式TOEIC Listening & Reading問題集4, Test2, Part 4:太字と下線は筆者)

同様にモノローグの最後に (4) の文が生起しますが、3つ目の設問にお約束のようにWhat are the listeners reminded to do tomorrow?という設問があります。これも補文内の下線部の情報を理解できれば、Submit sales reportsという選択肢を簡単に選べます。

このようにTOEIC L&Rテストでremind sb that…という形式が出るとその補文の内容が問われるというパターンが頻発します。これ以外にもTOEIC L&Rテストには設問につながる情報の流れを理解する要素があります。リスニングではI’m calling because [about]…(お電話をしたのは~)の後の情報は話の中心になるので設問になる可能性が極めて高く、リーディングではPlease note that…(~にご注意ください)という表現の後の情報は要注意です。

これらの知見を前掲の研究グループが開発した、“An Amazing Approach to the TOEIC L&R Test”(成美堂)に満載しました。このテキストはTOEIC L&R テストのデータを活用して編んだものです。他にもTOEIC L & Rで頻発する談話標識を散りばめていますので、是非ご一読ください。


2019年3月1日

投稿者:松井夏津紀(京都外国語大学・非)
タイトル:新語mansplainingの用法から見える社会問題

女性の社会進出が進んでいる現代でも、日本を含め未だに男性中心社会の国が多く、女性を一括りにして男性より劣っていると考える風潮が残っているようです。先日、ある大手企業で働く友人(女性)が「mansplainingって知ってる?うちはmansplainingが蔓延してる職場。この単語、使わせてもらう!」と言ってきました。

mansplainingは最近、頻繁に使われている語ですので、ご存知の方も多いかと思いますが、portmanteau word(かばん語)、或いはblend(混成語)と呼ばれる複数の語の一部を組み合わせて作られた語(代表的なものではsmoke + fogからできたsmog )で、manとexplainからできています。mansplainingは「男性が相手の女性を見下して(無知であると決めつけて)上から目線で解説をすること」という名詞で、2008年からインターネット上で使用され始め、2018年にはThe Oxford English Dictionaryに動詞のmansplainが新語として載りました。

では、mansplainingが使われているコメディードラマのセリフを紹介したいと思います。

Erlich: There is a grotesque gender imbalance in the VC field right now. I can help you navigate the toxicity of this male culture which is encroaching on our feminist island. I mean, for instance, there's something called mansplaining? Have you heard about this?(ベンチャー・キャピタル(VC)の世界は男社会。俺は解毒剤になる。女の園を囲い込む男どもへのね。男の解説(マンスプレイニング)って言葉を知ってる?)
Monica: We know what mansplaining is.(知ってるわ)
Erlich: Mansplaining is when a man will condescendingly explain something to a woman that she already knows.(マンスプレイニングとは、女性が知ってる話を男が偉そうに説明すること)
Monica: …
Laurie: Mr. Bachman, we have work to do.(私たちは忙しいの)<00:02:54>
『シリコンバレー』(Silicon Valley, Season 4, Episode 7, 2017)

この会話は、男性のアーリックが投資会社経営陣のモニカとローリーに自分を雇うように交渉している場面のものです。アーリックは、この会社は女性が多いので自分が入社すると男社会と調和が取れるとモニカたちを説得しています。そこで、彼はmansplainingという語を取り上げて、女性に偉そうにする男性がまだ多いということを言おうとします。アーリックはmansplainingを知っているかとモニカたちに尋ねますが、「知ってるわ」と答えるモニカのことばを遮って、mansplainingについて解説を始めます。モニカもローリーも、アーリックがまさにmansplainingをしてくるのでうんざりします。この場面では、アーリックが女性たちに無意識にmansplainingをしてしまうところが笑いのポイントになっています。

また、別のコメディードラマ『ビッグバン★セオリー ギークなボクらの恋愛法則』(The Big Bang Theory, Season 12, Episode 5, 2018)では、学者のシェルドンが同じ大学に勤める学者の妻エイミーに対して次のような発言をする場面があります。

Sheldon: Oh, then perhaps you don't understand. See, mansplaining is when a man explains things to a woman like she’s stupid.”(ああ、君はわかってないんだね。mansplainingっていうのは男が女に対して、バカ相手に説明するみたいに物事を解説することなんだよ(筆者訳))

すでにmansplainingの意味を知っているエイミーは、シェルドンのmansplainingぶりに呆れてことばが出てきません。シェルドンもアーリックと同じように、自覚なしにmansplainingをしてしまっているのです。

上記の2つのセリフはわかりやすい形でmansplainingを皮肉って笑いにしている例ですが、mansplainingによる性差別の「被害者」は女性だけとは限りません。男性の場合、普段の何気ない発言に対して、相手の女性が「それはmansplainingです!」と訴えれば、たとえ「冤罪」であっても、性差別主義者のレッテルを貼られてしまうかもしれません。差別問題は根深く複雑ですので一言では語れませんが、mansplainingによる性差別の「加害者」とされる側も「被害者」とされる側も、mansplainingだと判断{した/された}発言に対して、なぜmansplainingとみな{せる/される}のか、客観的に観察する姿勢が必要ではないでしょうか。まずは「女だから無知なはずだ」とか「男だから女の私を無知だと思っているはずだ」というような主観的な固定観念にとらわれないように注意したいものですね。


2019年3月1日

投稿者:國友万裕(同志社大学・非)
タイトル:映画で学ぶ社会の変遷

筆者は、昨年、ある大学で『百万長者と結婚する方法』(1953)という映画を教材として使いました。マリリン・モンローの主演で、お金持ちの男を見つけて、玉の輿に乗ろうと思っている3人の女性を描くコメディの古典です。この映画が作られた当時は、女性は仕事をするよりも、お金持ちの男と結婚することが人生のゴールという考えが根強かったことを思わせる表現がたくさん出てきます。一つ例を挙げてみます。

Schatze: To be specific about it, nothing under six figures a year.(具体的にいうと、年収が10万ドルない人は問題外よ)<00:16:04>

figureという言葉は色々な意味がありますが、ここでは「数字」という意味で使われています。したがって、under six figuresで年収が6桁以下の人という意味になるのです。この映画の原題はHow to Marry a Millionaireで、ほぼ、原題を直訳した邦題がつけられたと言えます。

ところが、21世紀の映画を見ていると、原題とはまったく関係がないのに、How to(方法、やり方、仕方)のような日本題名が付いているものが多いことに気づきます。ジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマンの主演の『最高の人生の見つけ方』(2007)という映画をご存知でしょうか。この映画の原題は The Bucket Listで、末期癌の老人たちを描くコメディですが、bucket listとは、「死ぬまでにしたいことのリスト」という意味です。アメリカは余命宣告をはっきりしますから、余命が限られている人たちのなかにはbucket listを作っている人が実際に存在するのでしょう。

また、マイケル・ダグラスとダイアン・キートン主演の『最高の人生のつくり方』(2014)という映画もありました。この映画の原題はAnd So It Goesで、老年男女のラブストーリーです。and so it goesとは、「まあ、仕方がない」という意味です。筆者は以前、ある先生から「断念することは獲得することだ」という言葉を聞いたことがあるのですが、人間、歳をとってくると「仕方がない」と諦めることが多くなります。それは挫折というのではなく、自分の限界を知ること、人生を知ることであり、一つの成熟なのです。これと似た表現で、That’s life(それが人生というものさ)や、 Life goes on(辛いことがあっても、人生は続いていくんだよ)といった言葉を日常生活の中で時々耳にします。人生なんて絵に描いたようにうまくいくものじゃないから、頑張ろうと相手を励ます時に使うようです。

他にも『最高の人生の選び方』(The Open Road, 2009)、『最高の人生のはじめ方』(The Magic of Belle Isle, 2012)、『最高の家族の見つけかた』(The Hollars, 2016)など、How to系の邦題がつくアメリカ映画は、お年寄りを主人公にしているものが多いです。最初の『最高の人生の見つけ方』がヒットした影で、こういうタイトルのものが増えたのでしょうが、この背後には老齢化社会があります。「人生100年時代」とも言われる現代では、お年寄りがどう老後を過ごし、どう終活をしたらいいのかが深刻な社会問題となっています。本屋さんに行けば、同じようなタイトルのHow to本をたくさん見つけることができるはずです。老い方を模索している人は多いことが、「~の(し)方」というような映画の邦題に反映されているのではないでしょうか。

もっとも、21世紀になって20年近くが過ぎ、最近はHow to本よりも、教養書の方に人気が移ってきたという話も耳にします。政治、歴史、哲学、音楽、宗教など、幅広い教養を重視する世の中になり、それは多少、これからの邦題にも影響をもたらすかもしれません。


2019年2月1日

投稿者:衛藤圭一(京都外国語大学・非)
タイトル:特定の含みをもつ間接表現

かつて筆者は「間接的な言い方を好む日本人と違って、英語話者はストレートに自分の意見を述べる」と思い込んでいました。しかし、実は彼らも自分の意見をストレートに言わずに、聞き手に真意が伝わるよう間接的な言い方をすることが少なくありません。たとえば、次の例では、テーブルに腰をかけて話をする娼婦のヴィヴィアンに、そのテーブルで朝食を取っていた実業家のエドワードがこんなセリフを言っています。

(1) Edward: There are four other chairs here.(ここには、僕が座っている椅子以外に4脚もあるよ)<00:31:42>
『プリティ・ウーマン』(Pretty Woman, 1990)

表面上エドワードは「他にも椅子が4脚ある」ということを伝えていますが、このセリフを通してマナーに疎い彼女に伝えたいのは「不作法にテーブルに腰をかけてはだめだよ」という忠告です。

このように、英語話者も会話に含みを持たせることがありますが、以下では文脈に関係なく特定の含みをもつ間接表現を3つ紹介します。まずは下の (2) をご覧ください。

(2) Amos: Thought she could pull the wool over my eyes. Well, I wasn’t born yesterday. (俺の目を欺くことができると妻は思ったんだ。やれやれ、俺は昨日生まれたケツの青いガキじゃないんだぞ)<00:14:59>
『シカゴ』(Chicago, 2002)

アモスは「昨日生まれたのではない」というセリフを通して、「(これまで生きてきた経験から)俺の目は節穴じゃないぞ」という真意を伝えています。この表現は見くびってほしくないという気持ちを伝えるときに用いられます。
さて、次の例はいかがでしょうか。

(3) McClane: Who do you think you are, lady? Hilary Clinton?(何様だと思っているんだ、そこの女?ヒラリー・クリントンとでも思っているのか?)<01:12:28>
『ダイ・ハード 3』(Die Hard: With a Vengeance, 1995)

(3) では、クラクションを鳴らしながら車を追い越した女性に対して、マクレーンがやじを飛ばしています。彼のセリフは文字通りには「あなたは自分自身を誰だと思っているのか」という意味ですが、相手の傍若無人な振る舞いを批判する時に用いられます。また、(3) は疑問文として機能していないという点も特筆すべきですが、以下の例も疑問文でありながら相手に質問を投げかけているわけではないという点にご注目ください。

(4) Elliott: What are you waiting for? Let’s go!(何を待っているの?さっさと出発しようよ!)<01:36:41>
『E.T.』(E. T.: The Extra-Terrestrial, 1982)

(4) の文は文字通りには「何を待っているの」ですが、エリオットはグズグズしている兄にすぐに出発するよう促しています。このように、What are you waiting for? は相手の行動を促す時に用いられます。

これらの表現を覚えておくと、間接的に述べられていても相手の真意をすぐ把握できるようになりますので、ぜひご参考にしてください。


2019年1月1日

投稿者:小林 翠(小野学園女子中学・高等学校)
タイトル:進行形と相性の良い「比較級and 比較級」

英語には (1) のような「比較級 and 比較級」といった形式の表現があります。

(1) It is getting darker and darker.

(1) は暗さの度合いが次第に増えていくことを表し、「だんだん暗くなってきている」という意味になります。(1) の例のように、「比較級 and 比較級」は動詞の進行形と共に使われることが多いですが、このことは映画やドラマの台詞でも度々観察されます。

(2) Uncle Crenshow: The Little family’s getting bigger and bigger.(リトル家は増え続ける)< 00:17:24 >
『スチュアート・リトル』(Stuart Little, 1999)

(2) は、小さな白いねずみのスチュアートを養子として引き取ったリトル夫妻が、リトル家の親戚一同に彼を初お披露目するシーンです。リトル夫妻が新しくスチュアートを迎え入れることで、リトル家の規模がどんどん大きくなっていくことを意味しています。

 次の (3) はドラマ『フレンズ』(Friends, Season 1, Episode 17, 1995) で用いられた台詞です。

(3) Rachel: Every day, you are becoming more and more like your mother.(あなたはあなたのママに似てきてるわ)< 00:10:49 >

(3) は、レイチェルが友人のモニカとケンカをしているとき、モニカが自分の母親の嫌味なところを嫌っていることを知った上で、「だんだんお母さんに似てきている」という捨て台詞を嫌がらせで言ったセリフです。

進行形は、ある時点において動作や状態などが進行していることや、まだ継続中であることを意味するものです。そのため、「ますます~/どんどん~」という段階的な変化を表す「比較級 and 比較級」が進行形と共に使われることが多くなると考えられます。進行形と「比較級 and 比較級」は意味的に「相性が良い」のです。このように、「比較級 and 比較級」は進行形と相性が良いため、共に用いられる動詞が状態動詞でも進行形で使われることがあります。

次の (4) は映画『ムーラン・ルージュ』(Moulin Rouge, 2001) で用いられた台詞です。

(4) Satine: Every day I’m loving you more and more.(日々に高まるあなたへの愛。抑えられぬこの気持ち)< 01:48:31 >

(4) は、花形踊り子のサティーンが舞台上から曲に乗せて、作家であるクリスチャンに向けて思いを伝えるシーンで用いられています。本来、loveのような状態動詞は進行形になりません。しかし (4) は、loveが「比較級 and 比較級」と共に進行形で用いられ、日に日にあなたへの愛が高まっていくということを意味しています。

ほかにどのような動詞と一緒に使われるかなどに注目しつつ、映画で「比較級 and 比較級」の表現を探してみましょう。