ATEM 西日本支部事務局
大阪工業大学
井村誠研究室
e-mail: makoto.imura@oit.ac.jp

映画と英語

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 (2016.2.1~)

【執筆担当】(2017年)

1月  松井夏津紀・國友万裕 2月  衛藤圭一・佐藤弘樹 3月  吉川裕介・近藤嘉宏
4月  井村誠・ルッケル瀬本阿矢 5月  藤倉なおこ・北本晃治 6月  横山仁視・松田早恵
7月  飯田泰弘・山本五郎 8月  野中泉・三村仁彦 9月  藤枝善之・山内圭
10月  角山照彦・奥村真紀 11月  蘒寛美・田畑圭介 12月  小林翠

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2017年5月4日

タイトル:『ゴースト-ニューヨークの幻-』(Ghost, 1990)「言語メッセージと非言語メッセージの文化的関係性」
投稿者:北本晃治(帝塚山大学)

コミュニケーションにおけるメッセージの意味を理解するためには、2つの重要な要素を考慮する必要があるように思われます。それらは、「言語・非言語」と「意識・無意識」の側面です。私たちは日常的に、他者に向かって意識的に言語を用いて、多様なメッセージを送っています。そして時には、そのようなメッセージが、自分の意図しない方向で解釈され、様々な誤解が生じるケースがあることも、誰もが経験するところでしょう。それは、意識的な言語使用は、必ず無意識的な非言語的余剰をともなうことに起因している場合が多いように思われます。前者に比べて、後者をコントロールすることは、大変困難です。「君の手助けがしたい」という表現でも、穏やかな優しい表情、声のトーンと、暗い表情と沈んだ声のトーンで発話される場合では、そのメッセージの解釈のされ方は大きく変わってくるでしょう。言語表現と非言語的余剰が同じ方向性を向いている場合は、メッセージは言語的意味通りに素直に解釈される可能性が高いですが、両者の間に齟齬がある場合、非言語的な側面が、言語的意味を規定することが多いように思われます。それはコントロールの効きにくい無意識的な余剰の方が、発話者の本音を暗黙裡に示していると考えられるからです。

しかしながら、この「意識的な言語」と「無意識的な非言語」に対するアプローチには、文化によって差があるようです。コミュニケーションにおいて、日本人は言葉の意味そのものよりも、その発話に伴う感情・感覚(気持ちの共有感、一体感という、より無意識的な非言語)を重視する母性原理を基調とする一方で、西洋人は、安易な感情・感覚的迎合よりは、言葉の意味やその論理性(意識的な言語使用)に拘る父性原理の影響が大きいということは、以前のこのコラムでも指摘しました。

この事を考える上で、大変参考になるシーンが、映画『ゴースト』の中にあるので参照してみましょう。殺されても、ゴーストとしてこの世に残ることになったサムが、恋人のモリーに迫っている危険を知らせるために、霊媒師のオダ・メイを通して、なんとか(死者と生者の間で)メッセージを伝えようとしている場面です。モリーはサムの声を直接的に聞くことはできず、オダ・メイがそれを伝えることになっているのですが、そこで、ちょっとしたことから、サムとオダ・メイの間で口論が生じます。

Molly: What I don’t understand is… why did he come back? (分からないのは、どうして彼が戻って来たかってことよ。)
Sam: I don’t know.(僕にも分からないさ)
Molly: Why is he still here? (彼はどうして、まだここにいるの。)
Oda Mae: He’s stuck. That’s what it is. He’s in between worlds. You know it happens sometimes, the spirit gets yanked out so quickly that the essence still feels like it has work to do here.(彼はこの世とあの世の間に挟まってしまったの。魂があまりに早く引き抜かれた為に、存在の核がまだここでやることがあると思い込んでいるのよ。)
Sam: Would you stop rambling? (いい加減なことを言わないでくれ。)
Oda Mae: I don’t think I’m rambling. I’m just answering her question. (To Molly)He’s got an attitude now. (いい加減じゃないわ。彼女の質問に答えているだけよ。(モリーへ向かって)彼は反抗的だわ。)
Sam: I don’t have an attitude. (僕は反抗的なんかじゃない。)
Oda Mae: Yes, you do have an attitude. (To Molly)We’re having a little discussion. (To Sam)If you didn’t have an attitude, you would not have raised your voice to me now, would you? (いいえ、そうだわ。〈モリーへ向かって〉私達ちょっと言い争いをしているの。(サムへ向かって)もしあなたが反抗的でなければ、そんなに怒鳴ったりはしないでしょう?)
Sam: Oh, goddamn it. Oda Mae. I didn’t raise…(畜生 (神に呪われろ)。オダ・メイ、そうじゃないって・・・)
Oda Mae: Don’t you goddamn at me. Don’t you take the Lord’s name in vain with me. You understand? I don’t take that. (神を冒涜するような言い方はやめて。我慢できない。)
Sam: Would you relax? (そんなに興奮するなよ。)
Oda Mae: No, you relax. You’re the dead guy. You want me to help you. You better apologize because I don’t take that from anybody. (いいえ、あなたのほうこそ、落ち着いて。あなたは死者で、私に助けてほしいのでしょ。謝りなさい。誰からもそんな言い方をされる筋合いはないわ。)
Sam: Oh, Jesus Christ! (いい加減にしろ。)
Oda Mae: That’s it. I’m leaving. (もういい。帰るわ。)
Molly: What are you doing? (どうしたの。)
Oda Mae: I’m leaving. Nobody talks to me like that. You understand me? Now, you’d better apologize. (もう帰る。そんな言い方は許せない。分かる?さあ、謝りなさい。)
Sam: I’m sorry. I apologize, okay? Now, would you sit down? Please? (ごめん。お詫びします。これでいいかい。さあ、お願いだから、座ってくれないか。)
Oda Mae: (To Molly)He’s apologized. (〈モリーに向かって〉彼、謝ったわ。)
<00:51:30>

モリーの質問に対して、勝手に講釈を垂れだしたオダ・メイに向かって、サムは勝手なことをべらべらとしゃべるなと声を荒げます。親切心から手助けしようとしているにも拘らず、サムの態度が生意気だと思ったオダ・メイは、「彼は反抗的だ」とコメントしますが、その言葉にサムはさらにイライラして、思わず、“Goddamn it!”(神に呪われろ=畜生)と口が滑ってしまいます。オダ・メイはあなたにそんな言葉をかけられる筋合いはないと、謝らなければ、さっさと帰ると言い出します。そんなことをされては、モリーに大切なメッセージを伝えられなくなると思って慌てたサムが、怒りを押し殺して、とりあえず謝るというのがこのシーンです。

ここで、サムは「お詫びの言葉」、“I’m sorry. I apologize, okay? Now, would you sit down? Please? ”(ごめん。お詫びします。これでいいかい。さあ、お願いだから、座ってくれないか。)を発しますが、この表現に伴う「非言語的余剰」には、怒気とあきれが含まれており、それはあたかも「いい加減にしてくれ、手のかかる女だなあ。ほらとにかく詫びてやるから、機嫌を直して仕事をしろ。」と言わんばかりの口調となっています。これに対して、オダ・メイは、モリーに向かってニッコリとしながら、“He’s apologized.”(彼謝ったわ)と言って、再び席につきます。日本人的感覚から行けば、「そんな態度じゃ、謝ったことにはならない、きちんと詫びなさい。」といいたくなるところなのですが、オダ・メイはすんなりとその言葉を受け入れています。ここには、両文化の「言語化」に対する価値づけの違いが表れているように思われます。「怒り(感情)」にも拘らず、お詫びを「言語化」できたことを評価するか、「言語化」よりも、「怒り(感情)」そのものが問題であると感じられるか・・・この点を意識しながらサムとオダ・メイとのやり取りに注目することで、普段は無意識的な「言語メッセージ」と「非言語メッセージ」との関係性に内在する文化差について、より深く考察するきっかけとなるように思います。


2017年5月4日

投稿者:藤倉なおこ(京都外国語大学)
タイトル:「ご注文は?」―接客英語

外国からの観光客が増えました。最近、学生がよく質問するのはアルバイト先で必要な接客英語 “Hospitality English”です。飲食店でアルバイトをしている学生がたくさんいます。例えば、「ご注文は?」というフレーズ。この表現が出てくるのはアメリカ映画、『ウェイトレス~おいしい人生の作り方』(Waitress, 2006)です。パイを焼くことが誰よりも上手な主人公のウェイトレス、ジェナはモラハラ夫からなんとか逃げ出したいと一生懸命にお金を貯めています。そんな矢先に妊娠していることがわかり、どうしても子供ができることを喜べません。アメリカ南部のダイナーを舞台に結婚、妊娠という女性の人生の大きな選択を問い直す物語です。主治医との恋愛、女性の同僚2人との深い友情を中心に描くコミカルな映画です。

ジェナがダイナーのオーナーである常連のジョーにから注文を取るシーンがあります。

Jenna: Hi, Joe. How are you doing my friend? What can I get you?
(こんにちは、ジョー。今日のご機嫌はいかが?ご注文は?)
Joe: Okay. I want two glasses of water. No ice. (水を二杯。氷なしで。)
Jenna: Two glasses. No problem (二杯ね。もちろん。)
Joe: Two glasses. (二杯だよ。)
Jenna: Right. (はい。)
Joe: No, ice. And I want the Bad Baby Quiche Pie with tomato on the side. On its own plate. (氷なし。それからバッド・ベイビー・キッシュ・パイ。トマトを付け合わせに。別の皿にね。)

Jenna: Is that everything? (ご注文は以上でしょうか?)
<0:14:45>

ファストフードやカジュアルなレストランで「ご注文は?」という表現は、“What can I get you?” が一般的です。ほかにはAre you ready to order? (ご注文はお決まりですか?)もう少し丁寧な表現として、May I take your order? (ご注文をお伺いしてよろしいでしょうか?)もあります。一通り注文を聞いたあとには、 “Anything else?” (ほかには?) または、“Can I get you anything else?” (ほかに何かご注文は?) “Would that be all?” (ご注文は以上でしょうか?) などを使います。

外国の人は注文する際に「氷なしで」、「別のお皿に」など様々なリクエストをすることがあります。日本で「おもてなし」ということばが流行っていますね。これは相手が必要としている「もの」や「こと」を提供する側が「察する」ことが大切なポイントの一つになっています。しかし、アメリカなどでは、サービスを提供する側が相手の要求を聞いてそれをかなえることを重視します。日本ではいかにお店に気遣ってもらったかが満足につながりますが、外国ではいかにかなえてもらったかが満足につながります。今や世界から観光客が集まる日本。お客様に満足していただくには相手の文化・習慣に合わせた接客が求められますね。


2017年4月1日

投稿者:井村誠(大阪工業大学)
タイトル:『ズートピア』に学ぶ警察英語

今回は2016年に公開されたディズニーアニメーション映画『ズートピア』(原題Zootopia)から警察英語を学んでみましょう。

Prey(草食動物)とpredator(肉食動物)が平和に共存する都市Zootopia(動物園zoo +理想郷utopia)で、ウサギで初めての警察官(bunny cop)となったJudy Hoppsですが、彼女がZPD(Zootopia Police Department)で割り当てられた仕事は、駐車違反の取り締まり(parking duty)。せっかく猛訓練を乗り越えて警察学校(police academy)を首席で卒業したというのに、まわりからはmeter maid(駐車違反専門の婦警さん)と呼ばれて軽んじられます。それでもめげずに頑張る彼女は、やがて町で起こっている謎の失踪事件の尻尾をつかむ(!)ことに。

そこでまずは署に応援を要請する場面を見てみましょう。

Judy: Officer Hopps to dispatch! <00:53:51>
  (こちらホップスより署へ、至急応援頼む!)
Judy: We have a 10-91! Jaguar gone savage! <00:54:13>
  (被疑者を確保!ジャガーが凶暴化してます!)
Dispatcher: Okay, we're sending backup! < 00:54:19>
  (了解、至急応援送る。)

ここで、”We have a 10-91!” というセリフがありますが、10-91は「被疑者連行(pick up subject)」という意味のコードです(Police 10 Codes:https://copradar.com/tencodes/ 参照)。ちなみに日本の警察用語にも「ホシ(=容疑者)」や「チャカ(=拳銃)」などがありますが、こういった業界用語のことをjargonといいます。

次に逮捕の場面を見てみましょう。

Police: Mayor Lionheart, you have the right to remain silent. Anything you... <01:08:53>

この後に続くのは、アメリカで容疑者を逮捕するときに必ず言わなければならないセリフで、「ミランダ警告(Milanda Warning)」と呼ばれます。それは次のようなものです。

① You have the right to remain silent. Anything you say can and will be used against you in a court of law. (あなたには黙秘権がある。あなたの供述は法廷であなたに不利な証拠として使われる場合がある。)
② You have the right to consult an attorney before questioning.(あなたには取り調べを受ける前に弁護人と相談する権利がある。)
③ You have the right to have your attorney present with you during questioning.(あなたには取り調べの際に弁護人の立ち合いを求める権利がある。)
④ If you cannot afford an attorney, one will be appointed for you at no expense.(もしあなたに弁護人を雇う経済的余裕がない場合は、無料で公設弁護人を付けてもらう権利がある。)
⑤ You may choose to exercise these rights at any time.(あなたはこれらの権利をいつでも行使することができる。)

このように映画を通して業界特有の言葉使いを学ぶのも面白いですね。

さて、この映画のメッセージは多様性(diversity)です。気が遠くなるほど動作が遅いナマケモノ(sloth)や思わず遠吠えに同調してしまうオオカミなど、Zootopiaではいろいろな動物が個性豊かに暮らしています。果たしてJudyと相棒のキツネNickは多様性の危機に瀕するZootopiaを救うことができるのでしょうか。元気の出る主題歌Try Everything (by Shakira)とともに心に残る作品です。


2017年4月1日

映画のメッセージを探してみましょう!―英語力アップのための秘訣―
担当:ルッケル瀬本 阿矢

皆さんは、なぜ映画を見ますか。リラックスするため、現実逃避するため、歴史を学ぶため、英語を学ぶため…色々な目的があるでしょう。今、「英語を学ぶため」と心の中で思った読者の皆さんに、私はまず、映画のメッセージ(thesis statement)を探すことをお勧めします。「英語を学ぶのに、映画のメッセージなんか関係ない。」すぐさまこのような返答が返って来そうです。ところが、実は大ありなんです。何故ならば、色々な映画の「肝」を考察することで、自分好みの映画を見つけることができる。そして、その映画を好きになることで、セリフの英語が頭に残りやすくなるからです。

例えば、『プラダを着た悪魔』(The Devil Wears Prada, 2006) を例に見てみましょう。この映画を利用した英語学習のための教科書が松柏社から出版されており、授業で本映画に親しんでいる学生さんも多いのではないかと思います。その際、英語だけに注意を向けていませんか。なんてもったいない!この作品に対するミクロな視点を、一度マクロな視点に変えてみましょう。本映画のメッセージはなんだと思いますか?

そう、それは、「仕事のために生きるのではなく、生きるために仕事をすること」、そして「仕事に忙殺されて自分を見失わないこと」ですね。本作品には、仕事に追われて夢を見失っている主人公のアンディに、親友のリリーが

“You know, the Andy I know is madly in love with Nate, is always five minutes early, and thinks, I don’t know, Club Monaco is couture. For the last sixteen years, I’ve known everything about that Andy. But this person? This glamazon who skulks around in corners with some random, hot fashion guy? I don’t get her.”i
 (あのね、私の知ってるアンディはネイトに夢中で、いつも5分前には来てた。それに、ブランドの服って言ったら…、クラブ・モナコくらいしか知らなかった。そのアンディのことだったら、ここ16年間のことなら何でも知ってるわ。でも、この人は?不特定のセクシーな業界男と、陰でこそこそやってる派手な女?そんな女、知らないわ。)

と責めて彼女から去ります。その直後に恋人のネイトが現れ、

“You know, I wouldn’t care if you were out there pole-dancing all night, as long as you did it with a little integrity. You used to say this was just a job. You used to make fun of the Runway girls. What happened? Now, you’ve become one of them.”ii
 (いいか、俺は君があそこで一日中ポールダンスをしていたって気にならない。君が多少なりとも誠実に仕事をしている限りはね。君はこれはただ金を稼ぐための手段だって言ってたじゃないか。『ランウェイ』の女たちを笑ってたじゃないか。どうしたんだよ?今じゃ、君はあいつらと同じだ。)

と言ってアンディとの恋人の関係を終わらせます。また、売れっ子フリーライターでプレイボーイのクリスチャンも、

“The wide-eyed girl, peddling her earnest newspaper stories? You, my friend, are crossing over to the Dark Side.”iii
 (お堅い新聞を売り歩いていた純朴な少女が?君、ダークサイドに堕ちたね。)

とアンディの変化を指摘し、最終的にアンディのボスであり、その自己中心的で独裁的な仕事ぶりで悪評の高いミランダまでもが次のように彼女を評価します。

“I never thought I would say this, Andrea, but I really… I see a great deal of myself in you. You can see beyond what people want, and what they need, and you can choose for yourself.”iv
 (こんなこと私が言うなんて思ってもみなかったことだけれど、アンドレア、でも私は…、あなたの中にすごく私自身が見えるのよ。あなたは人が望むものや必要とするものの先を見ることができ、自分自身のために決断することができる。)

つまり、仕事を始めた頃の思いやりに溢れるアンディから、出世のためなら何でもし、自己中心的に振る舞えるようになってきたと言われたことで、アンディはやっと目を覚まします。そして、ファッション業界の仕事に見切りをつけ、それまでないがしろにしていた恋人や友人のもとに帰っていきます。

筆者は、本作品を授業でも利用していることもあり、何十回と観賞してきました。それでもクライマックスでは涙腺が緩み、心が熱くなります。それは、この映画のメッセージが毎回胸にしみるからです。私は仕事に呑まれて自分を見失っていないだろうか、家族に辛い思いをさせていないだろうか、と。もちろん、生活をするためには仕事に精を出す必要がありますし、ある程度家族には我慢を強いらなければならないことも現実です。しかし、本当の「幸せ」のためには、仕事とプライベートのバランスを保つことが大切であり、仕事に振り回されて自分の一番大切なもの、つまり家族、恋人、友人、そして夢を見失ってはならないと、この映画を観るたびに肝に命じることができるのです。

もし皆さんが、大好きな映画を見つけることができたら、それはとてもラッキーです。なぜなら、その映画に対する前向きな気持ち、すなわち「好き」という気持ちが、英語学習にもポジティブに働くからです。本作品をもっと知りたいという気持ちが、セリフを一言一句覚えることまでも可能にします。該当の作品をより深く知りたいという気持ちによって、「勉強」を意識することなく、喜びまでも感じながら英語を学ぶことができるようになるのです。

今、読者の皆さんが「英語が嫌い」と思っているのなら、ぜひ色々な洋画を見てみてください。そして、映画に託されたメッセージを読み取って、心を打つ映画を一本でも見つけてみてください。そうすれば、自然とその作品を何度も観たくなるでしょう。登場人物がどんな英語を使い、どんな言い回しをして、そこにはどういう意味が背後にあるのか、その言葉のベースとなった文化はどんなものなのか、知りたくてたまらなくなるはずです。そうして喜びとともに覚えたセリフや文化的な知識は、必ず英語でのコミュニュケーションの中で役に立ち、スムーズな英会話のキャッチボールをするための助けとなるでしょう。
―――――――――――
i  McKenna, Aline Brosh, 神谷久美子, Kim R. Kanel. 『映画総合教材:プラダを着た悪魔』. 東京: 松柏社,2010, p.132.
ii  McKenna, Aline Brosh, 神谷久美子, Kim R. Kanel. 『映画総合教材:プラダを着た悪魔』, op.cit., p.133.
iii McKenna, Aline Brosh, 神谷久美子, Kim R. Kanel. 『映画総合教材:プラダを着た悪魔』, op.cit., p.140.
iv McKenna, Aline Brosh, 神谷久美子, Kim R. Kanel. 『映画総合教材:プラダを着た悪魔』, op.cit., p.147.

*和訳は、『映画総合教材:プラダを着た悪魔』(松柏社)の翻訳を参考にしました。


2017年3月1日

タイトル:あまり見慣れない構文だからと言って、稀有な表現とは限らない
投稿者:吉川裕介(昭和大学)


英語の構文にJB-X DM-Y構文と呼ばれる興味深い現象があります。あまり聞きなれない構文かもしれませんが、JB-X DM-Y構文とは(1)のような文を指します。この構文の意味としては「XだからといってYというわけではない」という一種の推論否定(inference denial)を表しており、聞き手の「期待通りのデータを得られた=データは正しい」という推論を否定する解釈となります。

(1) Just because the data satisfy expectations does not mean they are correct. (Hipert 2007)
(期待通りのデータが得られたからといって、それが正しいというわけではない)

この構文は、Just because… does not mean…と言うひな形を持ち、その頭文字をとったのがJB-X DM-Y構文の所以です。動詞はmeanのみならず、tell、imply、indicate、signなど様々な動詞に代用されます。

もうお気づきかもしれませんが、この構文の主語が一体どの要素なのかがこれまでの研究で議論されてきました。一つの考え方として、(2a)のようにthat節主語と同様にJust because節が文の主語として現れているという立場があり、もう一つは(2b)のように主語としてitやthatが現れることから、副詞節として捉える立場です。Hilpert (2007)によると、(1)のような主語のない用法は1950年代から使用を増やし、現代にかけて固定表現化してきていると指摘しています。したがって、(2b)のような使用が本来的であったが、次第に主語が省略される形も許容されるようになったと言えるでしょう。

(2a) [That the data satisfy expectations] does not mean they are correct.
(2b) Just because the data satisfy expectations it does not mean they are correct.

このような経緯から、JB-X DM-Y構文は口語的な(くだけた)表現であることがわかります。その証拠に、この構文は映画のセリフの中に頻出しており、決して稀有な表現ではないことがわかります。以下は『ダ・ヴィンチ・コード』(The Da Vinci Code, 2003)からの例です。

Leigh Teabing: Leonardo gives us the chalice.
 (レオナルドは杯を描いている)
Yes. Oh, and Robert, notice what happens...when these two figures change position.
(そう、ロバート、2人の位置を入れ替えるとどうなるか気づいたかね)
Sophie Neveu: Just because da Vinci painted it doesn’t make it true.
(ダ・ヴィンチが描いたからと言って、それが真実とは限らない)
Leigh Teabing: But history.....she does make it true.
(しかし歴史は…真実だと言っている)
<01:23:03>

これは主人公ロバートの旧友であるリー・ティービング卿が『最後の晩餐』に隠されたダ・ヴィンチの謎(コード)を解き明かす、物語の核心的な場面での発話です。ソフィーはJB-X DM-Y構文を使ってティービング卿の推論を否定しており、その新説に対して慎重な態度を示しています。それほど『最後の晩餐』にはソフィーにとっても信じがたい驚くべきメッセージが込められていたことがこの表現から伺えます。

このように、一見すると特異な構文も実は映画の中で効果的に使われており、ストーリーを深める一助となっているのです。

参考文献
Hilpert, M. 2007. Just because it’s new doesn’t mean people will notice it. English Today Vol. 23, 29-33.
Takahashi, H. et al. to appear. An Integrative Analysis of the just because-X-not-Y Construction in English. JELS Vol. 34.


2017年3月1日

タイトル:want 人 to do の構文をよろしく
近藤嘉宏 (京都外国語大学・非) 

少し前の国立教育政策研究所の調査によると、動詞+目的語+to do の語順を問う問題で中学3年生の正解率が30%であったらしい。実際、大学生でも普段の授業を見ているとこの構文を正しく使えている学生はあまりいない事がわかります。

題材とする映画は、『ジョーブラックをよろしく』(Meet Joe Black, 1998)で、Brad Pitt, Anthony Hopkins, Claire Forlani がそれぞれ独自の魅力を発揮しており3時間の長編です。 個人的にも特にお気に入りでこの映画の冒頭部分の珈琲ショップの場面は、授業でも扱うことが多い作品です。 ある朝、珈琲ショップで、ある若者がもし病気になったら診察してもらえるかなと、内科医である女性の関心を引こうとしていたのですが…。

場面1) 帰り際、珈琲ショップの外での若者と女性の会話 
Man: You know, I was thinking… I don't want you to be my doctor. I don't want you to... examine me and...
Woman: Why?
Man: Because I like you so much.
Woman: And I... I don't want to examine you.
Man: You don't? Why not?
Woman: Because I like you so much. <00:19:58>

男性: えっと、ちょっと考えていたんだけど、僕は君に僕の掛りつけの医者にはなってもらいたくないなって。君に僕を診察してもらうたくないんだ、そして…。
女性: なぜ?
男性: 君をとても好きになったから。
女性: じゃあ、私もあなたを診察したくないわ。
男性: 診察したくないんだ?なぜ?
女性: あなたをとても好きだから。   

want to doとwant目的語to doがセットになっていて、この構文の違いを理解し、練習するには適切な会話でしょう。フレーズごとに意味を確認した後、音読活動、Read&Look-up、暗唱まで練習し、二人でペアになり自然な発音、リズム、イントネーションで言えるようになるまで練習する事が必要でしょう。ただし、これだけだとwriting活動において、becauseを接続詞だと理解せずに、間違って使ってしまうことになるかもしれません。
そこで、

場面2) 父親の誕生パーティーで、別れを察知したスーザン(先ほどの会話のwoman)のセリフ
Susan: And you said that, uh, that you didn't want me to be your doctor because ... you didn't want me to examine you. Why, I got to examine you, after all. I could come with you. You want me to wait? You'll come back?  <02:23:49>
スーザン: そしてあなたは言ったわ。あなたは私にあなたを診察してほしくなかったから、あなたは私にあなたの医者になってもらいたくないって。でも、あなたを診察したけどね、結局。あなたについて行けるわ。 それとも私に待っていてほしい? 戻ってくるわよね? 

この一連のセリフのうち、You didn't want me to be your doctor because you didn't want me to examine you.が、今回ターゲットになる構文が入っています。映画の1場面を有効に使って、そこで使われている単語だけではなく、フレーズいや文章全体をスラスラ言えるようになるまで練習すれば、この構文も身につける事が出来るでしょう。


2017年2月1日

タイトル: ハリウッド映画の暗示するもの
投稿者: 佐藤弘樹(京都外国語大学・非、α-Station FM Kyoto パーソナリティー)

最近、映画の専門家のみならず映画好きの間で「近頃のハリウッド作品はネタ切れ・ネタ枯れではないか」という声をよく聞きます。それは興行収入にも如実に表れており、2016年の興行収入ランキングでは1位「君の名は。」(興収232億円)、2位「スター・ウォーズ フォースの覚醒」(興収116億円)3位「シン・ゴジラ」(興収81億円)等と邦画に圧倒されています。スター・ウォーズ フォースの覚醒は「スター・ウォーズ」シリーズ第7作品にあたり、固定客を見込んでのこの興行成績は惨敗といってもいいでしょう。

その原因は多岐に渡りますが、一つにハリウッド作品の発するアメリカ的メッセージに日本の観客が懐疑的な眼を向けはじめたことにあるような気がします。

ハリウッド作品におけるアメリカ的メッセージとは何でしょうか。それは一言で言えば「戦いによって勝ち取る個人の正義と自由」です。戦争映画のみならず恋愛映画もアニメ作品までもが「戦わなければ君の自由は侵される。君の権利は戦いによってのみ守られる。」というメッセージを発しているように思われます。英語のloser〈敗者〉という単語が、我々の想像以上に、強く意識され忌み嫌われる社会ならでは現象かもしれません。こうした映画に日々触れて「戦わねば」との刷り込みによってその国の「常識」が生まれるのでしょう。

ハリウッドは過去幾多の名作を世に送り出してきました。その功績は多としながらも、我々外国人がそうした作品に触れる際には自国文化との比較考量が不可欠であると考えます。


2017年2月1日

タイトル:相手にソフトな印象を与えるには―今思っていることを過去形で
投稿者:衛藤圭一(京都外国語大学・非)


私たちが普段相手に何か大変なことや面倒なことを頼むときに、あまりストレートにお願いすることはないですよね?よほど気の置けない関係でない限りは遠慮した言い方をすると思います。たとえば相手に何か聞きにくいことを質問するときには、「ちょっと聞きたかったんだけど」というふうに、今聞きたいことでも過去形を使うと思いますが、実は英語でも日本語と同じような現象が見られます。

(1) I was hoping you might be able to lend me some money.

(1)は過去進行形を使って相手にソフトな感じを与えようとして発話されています。お金を貸してほしいのが「今」であっても表面上は過去の形式になっていますから、「現在はそんな不作法なことは考えていない」という含みを残しています。このように現在時制から一歩距離を置くことで相手にも断る余地を与えていることになり,その分聞き手の意志決定を尊重した表現となっています。次の例はHarry がCho をパーティーに誘っている場面です。主節と従属節の両方で過去形の表現が使用されており、主節が進行形になることで、さらに一歩引いた感じを出しています。ここではjustと共起することで、できるかぎり押しつげがましい感じをなくそうとしているHarryの気持ちが表れています。

(2) "Harry Potter and the Goblet of Fire"『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』(Harry Potter and the Goblet of Fire 2005) <01:13:01 >
Harry: I was just wondering if maybe you wanted to go to the ball with me.
「もしかしたら僕とダンスパーティーに行きたいと思っていたのかな,なんて思っていたんだけど」

このように、英語で頼みごとをするときに相手にソフトな印象を与えたい場合は過去形を使ってみてはいかがでしょうか。
ただし次の(3)でもわかるように、上の(2)と違って仲の良い友人を単にパーティーに誘いたい場合に過度に丁寧な表現は適正に使用しないと、「皮肉」や「脅迫」や「慇懃無礼」な意味を表すことがあり逆効果になることがあるので、「どの相手に使うか」に注意することが必要です。

(3) I just wanted to ask you if you could possibly come to our party on Friday.


2017年 1月1日

タイトル: 映画の中に隠された記号
投稿者: 國友万裕(同志社大学・非)
 
今回は映画通の映画の見方を紹介したいと思います。

『ノッティングヒルの恋人』(Notting Hill,1999)は、大学の授業で見せやすく、大学生にもっとも受ける映画の一つです。これまで何度も授業中に見せてきて、その度に好評なのですが、今の若い学生たちは主演のジュリア・ロバーツの名前すら知らないですし、この映画の隠れた面白さに気づいていないのではないでしょうか。

イギリスのノッティングヒルの街角で、しがない本屋の店主ウィリアム(ヒュー・グラント)がうっかりハリウッド女優アナ(ジュリア・ロバーツ)の服にオレンジジュースをこぼしてしまい、彼女に着替えさせるために彼の家に誘う場面で、以下のような台詞が出てきます。

I’m confident that in five minutes we could have you spick and span and back on the street again…in the non-prostitute sense, obviously.<0:11:52>
(5分もあれば、君をきれいにして、道に立てるよ。それは、明らかに、娼婦という意味でではなく)

In the non-prostitute sense(娼婦という意味ではなく)は字幕では「へんな意味じゃない」と訳されていましたが、この台詞の意味は理解できたでしょうか。娼婦は街角に立つといわれますからそのことを言っているのですが、 映画通の人だったら、即座に『プリティ・ウーマン』(Pretty Woman, 1990)のことだとピンとくるはずです。『プリティ・ウーマン』は、ジュリア扮する娼婦が大金持ちの男性(リチャード・ギア)と出会い、玉の輿に乗るまでのシンデレラ・ストーリーですが、世界的な大ヒットなり、この映画でジュリアは大ブレイクし、一気にハリウッドで最も稼げる女優となりました。
 
映画の終盤、アナがウィリアムに求愛するために彼の本屋を訪れる場面、店の従業員であるマーティン(ジェームズ・ドレイファス)は映画のことに疎く、彼女に『ゴースト ニューヨークの幻』(Ghost, 1990)で共演したパトリック・スゥエイジはどういう人だったの? 彼は撮影中、そんなフレンドリーじゃなかったのかい?とアナに尋ねてしまいます。

Well, I’m sure he was friendly …to Demi Moore… who acted with him in Ghost.<1:43:36>
(おそらく、彼がゴーストで共演した、デミ・ムーアにはフレンドリーだったと思うわ。)

彼女が切れ切れにこの台詞を言っているところに彼女が彼の勘違いに気づいて、戸惑っているところが伺えますが、ここも映画通の人だったら思わず笑ってしまいます。『ゴースト ニューヨークの幻』は『プリティ・ウーマン』と同じ頃、世界的な大ヒットとなり、主演のデミ・ムーアもこの映画で大ブレイクしました。当時のマスコミでは、ジュリアとデミはライバルと見なされました。そのことを意識していることが映画ファンにはわかります。映画の作り手たちが、遊びの精神で映画ファンを楽しませる台詞を挿入していると言っていいでしょう。

ストーリー的に考えても、『ノッティングヒルの恋人』はいわゆる逆玉の話ですし、『プリティ・ウーマン』の逆バージョンと言っていいでしょう。『プリティ・ウーマン』を明らかに意識した作りとなっているのです。

映画は総合的なものなので、ストーリーを追うだけが映画を観る楽しみではありません。さりげないところにも面白さが溢れています。また美術、ファッション、音楽、地理、歴史など独自の視点で映画を見ていくと、様々な記号が隠されていることもわかってきます。
みなさんたちも、心に残る台詞、名前、事項、地名などが映画に出てきたら、ネットで検索してみてください。英語を学ぶだけではなく、その背景にあるものを知ることで、ますます映画を観ることは楽しくなるはずです。


2017年1月1日

タイトル: スラング使用と話者の自己像
投稿者: 松井夏津紀(京都橘大学・非)

スラングとは新語や丁寧ではない表現が含まれるインフォーマルなことばを指し、映画でも様々な例が観察されます。しかし、それらの表現を学習者がそのまま使ってしまうと思わぬ失敗につながることがあります。スラングを使用する意図としては、ある集団の一員であることを確認したり、仲間意識を強めたり、流行を意識していることを示したりと、話者の人物像を表すことが考えられます。学習者が英語を話す場合、文法的なミスの場合は「誤用」だと認識されますが、意図しない印象を持たれるようなスラング使用におけるミスは「誤用」とは思われず、ただ話者のイメージを損なう結果にもなり得ます。

スラングの中にも様々なタイプが存在し、口語表現として多くの母語話者に気軽に使われている表現や、若い年齢層の話者に好んで使われる若者ことばのような表現、またswear wordと言われる罵りのことばなども含まれます。学習者がslungと呼ばれる表現を使う際、その表現がどんなイメージを聞き手にもたらすかを把握せずになんとなく今どきの感じがするから、あるいはかっこよさそうだからという理由で気軽に使うと、間違った自己像を投影することになる場合があります。次の『ズーランダーNo.2』(Zoolander 2, 2016) に出てくるDon Atariという登場人物のセリフを見てみましょう。

You guys look so lame. I love it, dude.「そのくたびれた感じ最高だぜ!」〈00:23:31〉

“uncool”の意味で使われている“lame”というスラングですが、映画やドラマでも40代以下ぐらい年齢層の話者が使用している場面がよく見られます。若い層の英語母語話者なら口語表現として気軽に使う表現かと思われるかもしれませんが、大学生ぐらいの若い世代でもこの表現に抵抗を感じる英語母語話者も結構いるようです。“lame”を使わないという人の理由には、「中高生のようで子供っぽい感じがする」、「“lame”ということばを使う人が“lame”だと思う」などが挙げられています。“lame”を使わない人たちはスラングを使用しないのかというとそうではなく、同様の意味で“suck”や“shitty”などを使うことはあるようです。つまり、同じような意味を表す「スラング」と分類されることばでも、表現の選択により聞き手に与える話者の印象が変わってくるのです。

『ズーランダーNo.2』のDon Atariは若者言葉に分類されるようなスラングを多用する人物ですが、彼のような話し方をするとどのような印象を持たれるかという調査を行ったところ、「教育をうけていない人」、「頭が悪い人」、「失礼な人」という回答が多くみられました。学習者には、留学中などにスラングを覚えたがる人が多く、あまり深く考えずにスラングを使用することがあるようです。しかし、「スラング」=「若者っぽい」、「クールな感じ」とは一概には言えません。「日本語で話すと丁寧なのに、英語になると別人のように失礼な話し方になって驚いた」という経験をしたアメリカ人学生からの声もありました。「どのような場で」、「誰に対して」、「自分が投影したい自己像はどのようなものか」、などの使用の際の条件や目的がそのスラング自体と一致していない場合、意図せぬ印象を相手に持たれてしまう可能性があるということは認識しておいた方がよいでしょう。