ATEM 西日本支部事務局
大阪工業大学
井村誠研究室
e-mail: makoto.imura@oit.ac.jp

映像メディアと英語

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 (2016.2.1~)

【執筆担当】(2018年)

1月  横山仁視 2月  松井夏津紀・國友万裕 3月  衛藤圭一・佐藤弘樹
4月  吉川裕介・近藤嘉宏 5月  井村誠・ルッケル瀬本阿矢 6月  藤倉なおこ・北本晃治
7月  松田早恵・福井美奈子 8月  飯田泰弘・山本五郎 9月  野中泉・深津勇仁
10月  藤枝善之・山内圭 11月  角山照彦・奥村真紀 12月  蘒寛美・田畑圭介
1月   小林翠・近藤暁子

>> 過去の記事はこちら

2018年5月6日

投稿者:ルッケル瀬本 阿矢(京都大学)
タイトル:アメリカのママ友事情


子供を持つ女性の皆さん、「ママ友」と仲良くできていますか。特に、仕事をしている女性にとっては、仲の良い「ママ友」は子育ての上で大変心強い存在ですが、子供を持つ女性の中には、仕事と育児を両立する女性を批判する人もいるようです。それは世界共通のようで、例えばアメリカ映画にも、理解のない「ママ友」に悩む働く女性がよく描かれます。

例えば、『マイ・インターン』 (The Intern, 2015) では、会社の社長をしている主人公ジュールズが、専業主婦のママ友であるジェーンとエミリーに嫌味を言われている場面が描かれています。アメリカでは、ランチ会に持参する料理が手料理か出来合いの料理かできちんと「母親」をしているかいないかが評価されるようで、映画では保育園に持参する手料理についてよく描かれます。

Jane: “We’re doing a fiesta lunch next Friday, and we thought you could bring the guacamole. Uh, you probably won’t have time to make it, so you can buy it. Which is fine. Enough for 18.”(金曜日のランチ会、ワカモーレ持ってきてね。作る暇ないだろうから市販のでいいわ。18人分ね。)
Jules: “No, I can make it. It’s not a problem.”(作るわ。大丈夫)
Emily: “Great. Matt can bring it.”(よかった。マット[ジュールズの夫]に持たせて)
Jules: “Totally.”(そうね)<00:44:45>
『マイ・インターン』 (The Intern, 2015)

その後、車に戻ったジュールズは以下のように独り言を言います。

Jules: “It’s 2015. Are we really still critical of working moms? Seriously? Still?” (2015年だっていうのにまだ働くママを批判?)<00:45:42>
『マイ・インターン』 (The Intern, 2015)

ジュールズは、他の主婦たちから「どうせ仕事を優先して、料理なんかしないだろうから、買ってきたらいいわよ」と言われたように感じ、憤慨するのです。

ランチ会に持参する料理に関する悩みは、コメディ映画『ケイト・レディが完璧(パーフェクト)な理由(ワケ)』(I Don't Know How She Does It, 2011)にも描かれています。本映画の冒頭に、投資会社で働いている主人公ケイトが、幼稚園のバザーに持っていくお菓子を作れなかったため、出来合いのパイを潰して手作り風に細工をしている場面があります。他の母親に否定的な態度を取られ、子供が恥ずかしい思いをしないようにしたいという思いのもと、主人公のケイトが次のような発言をするシーンがあります。

Kate: Well, you know, I just... I just want Emily to feel proud of what she brings to the bake sale. I don't want her to feel different from the other kids because her mother has to travel for work, you know?(エミリー [主人公の娘]にはみんなに持たせても恥ずかしくないものを持たせたいの。母親が出張で忙しいからって子供に惨めな思いだけはさせたくない。)<00:01:02>
『ケイト・レディが完璧(パーフェクト)な理由(ワケ)』(I Don't Know How She Does It, 2011)

家族のために働く母親によって子供が惨めな思いをするのは本末転倒です。女性の社会進出が進んでいるアメリカでさえこの問題が存在することを考えると、なかなか簡単に解決できる問題ではなさそうですが、女性が活躍できるより良い社会を形成するためには、環境の異なる女性同士がいがみ合うのではなく、お互いが理解し合うこと、そして助け合うことが重要な鍵となりそうです。


2018年5月1日

タイトル:映画で学ぶ地球科学
投稿者:井村誠(大阪工業大学)

77万年以上前にはコンパスが南の方角を指していたなんて信じられますか?実はこの地磁気の反転(geomagnetic reversal)という現象は、45億年前の地球誕生以来、何百回も繰り返されてきたそうです。

地球の中心部は固体状の内核と液状の外核から成っており、外核では高温で溶けた金属が対流していて、これが地磁気を生じさせると考えられています。方位磁石のN極が北を指すのは、地球自体がいまは北極をS極、南極をN極とする巨大な磁石になっているからです。なぜ地磁気の反転が起こるのかよくわかっていませんが、核内部の対流の変化と関係があるのかもしれません。

もしも、いま地磁気が反転したらどうなるでしょうか?その「もしも」の世界を描いたSF映画が「ザ・コア」(The Core, 2003)です。ある日世界中で方向感覚を失った鳥の群れの異常行動や、電子機器の誤作動などが発生し、調査を依頼されたシカゴ大学のキース博士らは、地球内部の核の回転が止まって地磁気を不安定にしていることを突き止めます。

以下は、この異変についてキース博士が国防総省の幹部を前に説明をする場面です。

<00:23:49 – 00:24:14>
Dr. Keyes: Everybody on Earth is dead in a year. Let me explain why. Wrapped around the Earth is an invisible field of energy. It's made up of electricity and magnetism, so it's called, creatively enough, the Electromagnetic Field. It's where we get our magnetic North Pole and South Pole. It protects us from cosmic radiation. So this EM Field is our friend.(1年以内に人類は滅亡します。説明します。地球は目に見えないエネルギー場に包まれています。それは電気と磁気からできています。なのでそれを電磁場と呼んでいます。磁石が北を指すのもそのためです。電磁場は我々を宇宙線から守ってくれています。つまり電磁場は我々の味方なのです。)

この電磁場が崩壊しつつあることについてさらに説明を求められたキース博士は、フルーツバスケットから取り出した桃を半分に切って見せます(キース博士の説明の途中でコメントを入れているジムスキー博士は政府お墨付きの著名な地球物理学者)。

<00:24:36 – 00:25:36>
Dr. Keyes: The thin skin, that's the Earth's crust. That's what we live on. It's 30 miles thick. The meat here, call it the mantle. Forgetting all the funky transitions, its... uh, 2,000 miles thick. The core the peach pit in the center, that's a tricky one. There's two parts... the inner core and the outer core. Are you following me? The inner core is uh... it's a big solid chunk of iron, we think. And that's surrounded by the outer, and that is liquid.(桃の皮の部分を地殻と考えてください。我々が暮らしているのはこの50kmくらいの厚みの上です。桃の実の部分がマントルです。細かいことは抜きにして、まぁ約3,200kmの厚さです。そして種が地球の核にあたりますが、これが少しやっかいです。内核と外核という2つの部分からできているのです。いいですか?内核は巨大な鉄の塊だと考えられています。それは液状の外核に包まれているのです)
Dr. Zimsky: Yes, but most importantly, this liquid is constantly spinning in one direction. So a trillion, trillion tons of hot metal, spinning at a thousand miles an hour, so...(そして最も重要なのは、この液状の外核が常に一定方向に回転しているということです。1兆トンもの高温の金属が非常に速いスピードで。)
Dr. Keyce: So physics 101. Hot metal moving fast makes an electromagnetic field. This spinning liquid outer core is the engine... that drives the EM field. And that's where we have our problem.(物理の基本ですが。高温に移動する金属が磁場を作ります。この回転する液状の外核は電磁場を作り出すエンジンなのです。そこに問題があります)
Dr. Zemsky: This engine has stalled. The core of the Earth has stopped spinning.(エンジンが止まってしまった。地球の核が回転を止めてしまったのです)

桃の実を例えに使った説明は分かり易いですね。アナロジー(analogy:似通ったものを用いた例え)は非常に効果的な説得手法の1つであり、理系英語のプレゼンテーションにも役に立ちます。さて、果たしてこの重大危機を乗り越えることはできるのでしょうか?

つい最近、地磁気の反転を示す地層が千葉県で発見され、「チバニアン」と名付けられる見通しとなったというニュースがありました。正式に決定されれば、地質時代に初めて日本の地名がつけられることになります(讀賣新聞 2017年11月16日)。


2018年4月1日

投稿者:吉川裕介(近畿大学)
タイトル:レジスターと呼ばれる言葉の環境

昨今、インターネットで新聞を読んだり、料理のレシピを検索したりするのは当たり前になっています。今回は4月よりATEMがThe Association for Teaching English through Multimedia(映像メディア英語教育学会)に変更になったことを受けて、メディアを中心に言葉の使用環境について紹介したいと思います。

新聞の見出しやレシピ文、インターネット広告といった特定の集団や場面で使われる言葉の使用環境をレジスターと呼びます。このレジスターには特有の文法が存在し、通常とは異なった言葉のふるまいを可能にしています。例えば、John wiped the table clean.(ジョンはテーブルを綺麗に拭いた。)のように、原因と結果を単文で描写できる構文を結果構文と呼びますが、この構文は強い文字制限のある新聞の見出しなどで効果的に用いられます。しかし、(1) の見出しだけを目にして全ての人が記事内容を推測できるとは限りません。ここにレジスター特有の文法が働いています。

(1) Young forwards fire Liverpool to victory over Athletic.(若いフォワードらの得点でリバプールがアスレチックに勝利)
https://theworldgame.sbs.com.au/article/2017/08/06/young-forwards-fire-liverpool-victory-over-athletic

動詞fireは他動詞で「(得点を)入れる」という意味を持ちますが、(1) では本来の目的語the ballが顕在化しておらず、その代わりにLiverpoolが目的語位置に現れています。通常、このようなタイプの結果構文は自動詞、もしくは自動詞の中に目的語が意味として含まれている(drinkなど)場合に用いられます。しかし、(1) がこの制約に違反しているにもかかわらず適格とされるのは「新聞の見出し」というレジスターで使用されているからです。例えば、forwards、Liverpoolという名詞からサッカーの話だと類推できる人には、fireの後ろに省略されている目的語がthe ballであると補うことができます。また、類推できなくとも、記事内容を読むことで目的語を復元することが可能となります。このように、文字に限りのある「見出し」においては、通常では想像し難い因果関係を述べている場合でも、読み手が自身の経験に基づく知識や記事内容から、「足りない情報」を補うことで理解ができるのです。

次はレシピ文ですが、以下の指示文を見てください。

(2) Cut squid into rings(イカを輪切りにしましょう)

(2) は料理のレシピ文によく見る表現です。この文には「胴から内臓と足を引き抜く→骨を抜き、中を洗って、皮を剥ぐ→胴を横向にして切る」という手順が含まれています。つまり、レシピ文は慣習化した調理手順を読み手に補ってもらうことによって、端的な指示が可能となっているのです。その証拠に、料理をした経験のない読者の場合、この指示文に従って調理をすることは困難ですよね。同様に、料理のレシピで“Cut beef into rings”という指示があったらどうでしょうか。読者はどう切れば牛肉が環状になるのか一連の調理手順を想起することができないので理解できない文になってしまいます。このように、レジスターには特有の文法があり、その特性を生かして様々な表現を可能にしているのです。


2018年3月9日

佐藤弘樹:京都外国語大学・非
タイトル:現代に通じる「ハンナ・アーレント」の視点

戦争を扱う映画は無数にあります。国威発揚モノ、ヒーロー活劇モノ、反戦風刺モノ、などに分類できますが、今回取りあげる映画は2012年ドイツ・ルクセンブルグ・フランス製作の『ハンナ・アーレント』(Hannah Arendt)です。この映画は戦場を描いたものではありません。戦後、数年が経過してから逮捕されたナチの戦犯を裁く裁判を巡る実話です。

1960年代初頭、何百万ものユダヤ人を収容所へ移送したナチの戦犯アドルフ・アイヒマンが、逃亡先で逮捕されます。イスラエルで裁判が行われますが、この裁判を傍聴したレポートを、自身がナチスの強制収用所から脱出しアメリカへ亡命したユダヤ人である高名な哲学者のアンナ・ハーレントが、ニューヨーカー誌に発表します。彼女は、ユダヤ人指導者の中にナチに協力した者もいた事実を包み隠さず発表し、世界中から激しいバッシングを浴びることとなります。

そのバッシングの嵐は、勤務する大学からも退職を勧告されるほど吹き荒れたため、アーレントは学生たちを前に自身の見解を述べることにします。彼女はアイヒマンが公判で以下のように述べたことを紹介した上で、アイヒマンのような非人道性を、venality of evil(悪の凡庸さ)<01:38:34>と表現しています。

Hannah: Contrary to the prosecutions and assertions, (he said) that he had never done anything out of his initiatives that he has no intensions whatsoever good or bad, (and) that he had only obeyed orders.(起訴内容に反して彼は、自発的に行ったことは何もない、自分の意思は介在しない、命令に従っただけ、と主張しました)<01:37:44>

ナチスに限らず、戦争犯罪で訴追される多くの軍人が反論に使うこの手の常套手段は、実は、現代社会に通じるものがあります。それは、会社や学校で日常的に見られるものです。自分の意に沿わぬことや、疑問を持つ他者からの指示・命令に対して、「私が決めたことではない。」あるいは「私はただやるように言われただけだ。」といった言葉で、自分を納得させることはないでしょうか。

まして戦場において軍人への命令は絶対的なものです。命令に背けば命を失いことになりかねません。自分の命を賭して、許されざる行為である命令の非人道性を告発せず、唯々諾々とそれに従ったアイヒマンの心情をvenality(金銭ずく、金銭上の無節操、金で動くこと、賄賂のきくこと)という単語でアーレントは表現しました。これもまた、現代の拝金主義的風潮を、鋭く指摘するものです。

彼女は、人間が自分の頭で「ことの善し悪し」を考えることをやめてしまえば、普通の人々がいとも簡単に悪に手を染めることになり、「私に罪はない。」とその罪深さにも気付かないことへ、警鐘を鳴らし、最後にこの言葉で締めくくります。

Hannah Thinking gives people strength.(考えることで人間は強くなれる。)<01:42:36>

ろくにモノを考えずとも、快適な生活を送れる、便利なスマホやネット環境が生み出す現代社会の“思考停止状態”への警告と捉えるべきだと思います。


2018年3月1日

投稿者:衛藤 圭一(京都外国語大学・非)
タイトル:枕詞のように使われる英語の条件節

私たちが普段コミュニケーションを取る時には、直接的な物言いにならないよう「申し訳ないのですが」や「お言葉を返すようですが」などの枕詞を置くことがありますが、日本語だけではなく英語にも枕詞に相当する表現があります。一般的にはperhapsやI’m afraid などが知られており、通常は婉曲的、あるいは丁寧な響きを与えたり,話者の控えめな気持ちを表したりする際に使われます。たとえば、次の(1)は『ブリジット・ジョーンズの日記 きれそうなわたしの 12 か月』(Bridget Jones: The Edge of Reason, 2004)に出てくるセリフで、話者ダニエルがバルコニーからの夜空を一緒に眺めようとブリジットを控えめに誘っている場面です。

(1) Daniel: Perhaps you’d like to come up and have a little look? (よかったら、ちょっと寄って見ていかないか )
Bridget: I don’t think so. (やめとくわ)<01:04:29>

ここではperhapsを枕詞として使うことによって、相手に気を使いながら誘っていることがわかります。
また、英語では、こうした語句以外にも条件節が枕詞として機能することがあります。

(2) Ted: If I understand it correctly ... what means the most here is what’s best for our son. (もし私の理解が正しいければ,今最も大事なのは,何が息子にとって最善かということです)<01:27:32>
『クレイマー,クレイマー』(Kramer vs. Kramer, 1979)

条件節を枕詞として使う場合には主に二つの特徴が見られます。まず、主節に仮定法の助動詞を伴う点です。次の(3)では、仮定法のwouldと共に用いて一歩引いた感じを作り上げることで更に配慮しながら提案しています。

(3) Sugai: If you had time, I would explain what that means.(もしお時間がおありであれば、それがどういったことなのかを説明いたしますが)<01:39:30>
『ブラック・レイン』(Black Rain, 1989)

もう一つの特徴は、条件節の中に助動詞が生起するという点です。(4)では側近が大統領に進言している場面ですが、条件節の中に許可を表す助動詞mayを使うことで、更に控えめな姿勢を効果的に示しています。

(4) Mike: Mr. President, if I may speak frankly, I’m not sure that’s a good idea.(大統領、もし率直に申し上げてよろしいのでしたら、私にはそのお考えが御名案かどうかはわかりかねます)<00:21:04>
『24 -TWENTY FOUR- シーズンⅡ 第 15 話』 (24, Season 2, Episode 15, 2002)

なお、助動詞が条件節の中で使われる場合、主節が省略されて条件節のみで控えめな姿勢を示すことがあります。たとえば、(5)では許可を表す助動詞couldが条件節ifの中で使われていますが、主節が省略されており、条件節のみで控えめに要請しています。

(5) Ray: Mr. Mann, if I could just have one minute, please. (マンさん、1 分で結構ですので、もし可能でしたらどうかお時間をいただけないでしょうか)<00:47:12>
『フィールド・オブ・ドリームス』(Field of Dreams, 1989)

以上、映画における条件節の使用例を中心に、英語にも日本語と同じように枕詞と同等の表現が存在することを示しました。本コラム以外にも日英の類似点を扱った記事が過去のアーカイブにありますので、「もしよろしければ」是非ご覧ください。


2018年2月1日

投稿者:松井夏津紀(奈良工業高等専門学校)
タイトル:Dudeって何?

アメリカの映画やドラマを見ていると、dudeということばをよく耳にしませんか。今回は、このdudeということばの使い方について紹介していきたいと思います。

もともとdudeは1880年代にアメリカで生まれた、最先端のファッションに身を包む若者を嘲笑した表現だったようです。その後、いくつかの意味変化を経て、1990年前後にカリフォルニアのサーファーたちのことをdudeと呼ぶようになり、若者の間でdudeが流行したそうです。そして現在では、dudeは「男」(=a man, a guy)という意味を表すアメリカ英語のスラングになりました。

次のセリフは、テレビコメディーシリーズ『ママと恋に落ちるまで』(How I Met Your Mother, Season 1, Episode 12, 2005)で、自分よりイケてない友人が美人の彼女と結婚する結婚パーティーの場面でのセリフです。

(1) Barney: Man, you know something, Stuart's my new hero. If that dude can bag a nine, I gotta be able to bag, like, a sixteen.(スチュアートは俺のヒーローだ。奴でも9点だぞ。俺なら16点いける)<00:19:10>  

このセリフでは、dudeは「男」(=man)という意味で用いられ、“that dude”(あいつ)はStuartのことを指しています。また、次の例のように複数形でも用いられます。

(2) Randall: One guy can’t make it alone. That’s why I was with those dudes.(1人じゃ生きられない。だから奴らといた)<00:18:30> 
『ウォーキング・デッド』(The Walking Dead, Season 2, Episode 10, 2012)

では、dudeの他の使い方も見てみましょう。

(3) Lily: No, Ted. you don’t mess with a honeymoon.(新婚旅行の邪魔よ)
Marshall: Yeah, come on, dude.(そうだ、やめろ)<00:08:07>
『ママと恋に落ちるまで』(How I Met Your Mother, Season 1, Episode 13, 2005)

(4) Tara: What are you doing, dude?(何するの)<00:27:11>
『ウォーキング・デッド』(The Walking Dead, Season 5, Episode 10, 2015)

これらのdudeは呼びかけとして使用されています。ただ、このdudeはあってもなくても意味はほぼ変わりません。

 また、dudeには感嘆詞としての用法もあります。この感嘆詞としてのdudeはポジティブ、ネガティブ両方の気持ちを表すことができます。

(5) Glenn: Dude, you are such a buzzkill, man.(すっかりしらけちまった)<00:09:11>
『ウォーキング・デッド』(The Walking Dead, Season 1, Episode 6, 2010)

(6) Barney: Legendary! Dude, I am so excited that you’re single again.(伝説を作るぞ!シングルにお帰り)<00:00:18>
『ママと恋に落ちるまで』(How I Met Your Mother, Season 3, Episode 1, 2007)

例 (5) のGlennのセリフでのdudeは平坦に発音されていて、落胆を表しています。日本語の「あーあ」に相当する感じでしょうか。一方、(6) のBarneyの方は抑揚があるdudeで、喜びを表しています。このようにdudeはイントネーションによって、様々な気持ちを代弁することもできるようです。なお、(5) のように主語がyouの場合、dudeは気持ちを表しているとともに、相手への呼びかけとして用いられているとも考えられます。このように、dudeは呼びかけなのか、感嘆詞なのかあいまいなことも結構あるようです。

Dudeの使用は男性同士の会話において多いようで、異性間での会話では出現が少なくなるようです。また、dudeを使用するのは30代ぐらいまでで、「男っぽさ」や「クールさ」を強調する、ヨーロッパ系アメリカ人を中心に使用に身のタフな女性で、ドラマの中でLGBTであることを表明しています。このようなスラングは、辞書を引くだけではなかなか使用法のイメージがわかないことが多いと思われますので、是非、映画やドラマでどのような人物像のキャラクターが使用しているかを観察してみて、ことばの持つイメージを捉えてみてください。


2018年2月1日

投稿者:國友万裕(同志社大学・非)
タイトル:日本語タイトルにご用心!

日本でレンタルビデオが普及し始めたのは30年ほど前からです。それまでは映画は映画館で見るものでした。レンタルでこっそり借りるわけにもいかないので、当時は人目の多い繁華街の劇場に行かなくてはなりません。映画少年だった私がいつも困ったのは、変な邦題をつけられることでした。

例えば、『歌え! ロレッタ愛のために』(1980)という映画があります。これはシシー・スペイセクが実在のカントリーシンガー、ロレッタ・リンに扮してアカデミー賞主演女優賞を獲得した映画なのですが、原題はCoal Miner’s Daughter(炭鉱夫の娘)です。このタイトルの方が良かった気がするのだけど、当時の日本は何かにつけて、「愛」だ「恋」だという言葉をタイトルに多用していました。

例をあげればきりはありません。アン・バンクロフトとシャーリー・マクレーンがバレエに生きた女と家庭に入った女の友情と葛藤を演じたTurning Point(人生の転機)が『愛と喝采の日々』(1977)、リチャード・ギア主演の軍人の友情と恋愛のドラマAn Officer and a Gentleman(将校と紳士)が『愛と青春の旅立ち』(1982)、シャーリー・マクレーンとデボラ・ウィンガーが母娘役を演じたTerms of Endearment(親密な間柄)が『愛と追憶の日々』(1983)、アフリカを舞台にしたメリル・ストリープ主演の大河ドラマOut of Africa(アフリカから)が『愛と哀しみの果て』(1985)、シガーニー・ウィーバーが実在のゴリラ研究者ダイアン・フォッシーに扮したGorillas in the Mist(霧の中のゴリラ)が『愛は霧の彼方に』(1988)…。

こんな感傷的で的外れなタイトルでは友達に言うのも恥ずかしい。上にあげた映画はいずれもアカデミー賞を受賞、もしくはノミネートされた上質の映画だけに邦題がその質を下げてしまうような感じです。こういうタイトルをつけなかったら、お客さんが来ないと当時の宣伝の人は思っていたのでしょうか。

それから時代が流れ、最近では無理に邦題を付けるよりも、英語のタイトルのまま公開するケースが増えてきました。『ラ・ラ・ランド』『ムーンライト』『マンチェスター・バイ・ザ・シー』(いずれも2016)『ゲット・アウト』『ダンケルク』(いずれも2017)など、昨年日本で話題となった映画は原題そのままで公開になったものが多いです。

しかし、原題をそのままタイトルにする場合は、語呂がいいように変えてしまうというケースが往々にしてあります。昨年アメリカで絶賛された映画でThe Shape of Waterという映画があるのですが、これは日本ではtheを抜いて『シェイプ・オブ・ウォーター』で公開予定です。Three Billboards Outside Ebbing, Missouriは、『スリー・ビルボード』と単数形の邦題になります。

その一方で、英語タイトルとは言っても、原題とは違った英語にしてしまうものもあり、Arrivalは『メッセージ』(2016)、Hidden Figures(隠れた人々)は『ドリーム』(2016)というタイトルがつけられてしまいました。ちょっと難しめの英語だとわからない人もいるから、誰でも知っていそうな英語に変えてしまうことがあるわけです。また、邦題が必ずしも悪いわけではなく、Boyhoodを『6歳のボクが大人になるまで』(2014)にしたのは当を得てよかったと思います。

映画を観るときは、邦題だけではなく、原題も覚えるようにしましょう。そうしないと、外国の人と映画の話をするときに困ることになります。