場所目的語が表す意味について

タイトル:場所目的語が表す意味について
投稿者:吉川裕介(京都外国語大学)

今回は自動詞にも関わらず「場所」を表す語句を目的語に置く表現について、映画からの用例を交えながら紐解いていきたいと思います。老人の姿で産まれ、歳を取るにつれて若返っていくベンジャミンの一生を描いた『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』を中心に見てみましょう。以下は、英国貿易使節団のスパイである夫と結婚しながら、ベンジャミンと恋仲になるエリザベスのセリフです。

(1) When I was 19, I attempted to become the first woman ever to swim the English Channel.
(19歳の時、私は英仏海峡を泳いで渡る最初の女性になろうとしたの。)
『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(The Curious Case of Benjamin Button, 2008)<01:00:46>

ここではswim the English Channelのように、自動詞のswimの直後に「場所」を表すthe English Channelが目的語位置に置かれています。これを場所目的語と言います。では、なぜ脚本家はswim acrossのように前置詞acrossを使わずに場所目的語を使ったのでしょうか。ここでは、エリザベスは19歳の時に英仏海峡の横断泳に挑戦したのですが、32時間かけて泳いだのちに力尽きて失敗に終わったことを伝えています。このように、場所目的語は動詞によって示される行為の達成が困難であるという意味を含む場合に使われるという特徴があります。次の例を見てみましょう。

(2) a. John swam the lake.   (ジョンは湖を泳ぎ切った)
b. ??John swam the pond. (ジョンは池を泳ぎ切った)
(3) a. John swam across the lake.
b.     John swam across the pond.

(2)を比べてみると、場所目的語が含む意味が見えてきます。(2a)のthe lakeは、多くの人にとって泳いで渡ることが困難なほどの大きさであるため、Johnは「湖を泳ぎ切る」ためにswimが表す動作を意識的・積極的にthe lakeに働きかける解釈ができます。一方、(2b)のthe pondが湖よりも小さくプールよりも大きい程度の池を意味するので、それほど労力をかけずに泳ぎきることができる解釈となるため、場所目的語が容認されません。この場合、(3b)のようにswim acrossとすると適切な文になります。

このような困難な状況や偉業の達成を含意する背景には動詞の他動詞化が関係しています。本来、自動詞のswimは前置詞acrossなどを伴って「泳ぎ切る」という出来事を表しますが、この自動詞が他動詞として使われることで、目的語の場所に対して主語の意識的な行為の働きかけが加わり、対象となる場所全体にわたって意識的に動詞の行為を働きかける解釈になります。

この作品の中では、終盤にもう一度この場所目的語が出てきます。(4)を見てみましょう。20年以上経ち68歳になったエリザベスが英仏海峡横断泳を成功させた知らせを、ベンジャミンはテレビのニュースで知ることになります。ここでも、アナウンサーが場所目的語を使うことで、その偉業を効果的に伝えようとする意図が見えてきます。

(4) The oldest woman to ever swim the English Channel arrived here today in Calais. <02:15:16>
(英仏海峡を泳いだ最高齢の女性は今日、ここカレーに到着しました。)

最後に次の表現を見てみましょう。おそらく多くの読者の皆さんは(5)の例から偉業性を感じられないと思います。

(5) Bike the bridge !

しかし、この文がサンフランシスコにあるGolden Gate Bridgeの広告文で使われるとどうでしょうか。2700m以上の長さを誇る吊り橋を自転車で渡る場面が想像できますよね?このように、場所目的語は広告文でも目にすることがあるので、ぜひ探してみてください。