Minamata (2020)

タイトル:Minamata (2020)
投稿者:井村誠(大阪工業大学)

Life誌の1972年6月号に載った『入浴する智子と母』(Tomoko and Mother in the Bath)は、水俣病の恐ろしさを物語るとともに、ピエタのように清らかで、母の慈しみが心から伝わってきて、涙を禁じ得ない写真です。

Minamata (2020)では、この写真を撮影したフォトジャーナリスト(Eugene Smith, 1918-1978)をジョニー・デップが演じているのですが、お馴染みの『パイレーツ・オブ・カリビアン』や『チャーリーとチョコレート工場』とかけ離れた容姿にまず驚かされることでしょう。

有機水銀を含む工場排水を不知火海に垂れ流し続ける日本窒素肥料株式会社の社長を演じるのは国村隼さんですが、その英語が発音といい、間の取り方といい、イントネーションといい、全てにおいてすばらしい。次は工場を訪れたユージンを社長が巧みに丸め込もうするシーンです(なお社長の Nojima は仮名)。

Nojima: Mr. Smith, do you know what “parts per million” means? Without getting confused by all the science, it is a very, very small amount. And small amounts are accepted. Even in this bottle. Unopened bottle of Cola. There may be the tiniest amount of some material you might not expect or appreciate. But it’s microscopic, barely even there.
(スミスさん、”ppm” が何を意味するかご存知ですか?科学的な議論はさておいて、100万分の1というのは、ほんの微量です。許容範囲です。まだ栓を抜いていないコーラのこのビンの中にも、あなたが望まないような物質がほんの僅かですが含まれているのです。でもそれは極めて微量であり、存在しないに等しい。)<00:53:38-00:54:16>

その後社長自らが工場見学を英語で案内するシーンもESP(English for Specific Purposes)の教材として最適なのですが、そこで社長はなかなか肯んじないスミスを5万ドルで買収しようとします。

奇病の発生は1950年(昭和25年)頃から見られ、ネコが狂死する例や、胎児性の異常が続く中、工場は操業を続け、厚生省が正式に公害病認定をして工場排水が止まるのは1968年。被害者の苦しみは今も続いています。有害であることを知りつつも、生活のために工場を受け入れざるを得なかった現実。折しもいま、福島原発の汚染水が「飲料水と同じ放射能レベルまで希釈した上で」海洋放出されようとしています。

映画はフィクションですが、私たちが知らない現実や真実を、心揺さぶる表現で見せてくれます。本も然り。この悲惨な現実を我々は実体験するわけにはいかないのですが、描かれたものを通して知り、共感することができます。石牟礼道子さんの『苦海浄土』も水俣病被害者の魂の声が、まるで詩のように熊本弁で聞こえてくる作品です。