人種間の融和へのメッセージ― “Harriet”

タイトル:「人種間の融和へのメッセージ― “Harriet”」
投稿者:藤倉なおこ(京都外国語大学)

オオカミや毒ヘビが潜む森の闇を、北極星を頼りに着の身着のまま必死に逃げる奴隷のハリエット。馬に乗った男達が銃を片手に犬を連れ、彼女を血眼になって追います。奴隷は大事な財産です。逃げた奴隷が捕まれば見せしめに鎖に繋がれ、痛めつけられ、殺される恐れさえあります。奴隷主は彼女に言い放っていました。

Gideon: … having a favorite slave is like having a favorite pig. You can feed it, you can play with it, give a name … One day you might have to eat it or sell it. You know it and the pig knows it. And if you have to sell it, there is no more guilt than separating piglets. And if you have to eat it, you’ll forget its name. (気に入った奴隷というのは、気に入ったブタと同じさ。餌をやって、遊んで、名前をつけて。その日が来たら食べるか、売るかだ。それはお互い承知のこと。子ブタを売り飛ばしても罪悪感を味わう奴はいない。食べたら名前だって忘れるさ)<00:09:02>

映画『ハリエット』(Harriet, 2019)は、実在した活動家ハリエット・タブマンを描いています。家族と引き離され、家畜同然に売られることになったハリエットは、自由を求めて南部メリーランド州から160キロの道のりを奴隷制度がない北部ペンシルベニア州まで逃れます。彼女はその後「地下鉄道」(Underground Railroad) という奴隷を逃す組織で唯一の女性「車掌」として何度も危険を冒して南部に戻り、家族を始め多くの奴隷を北部へと導きます。

やがて北部から奴隷を連れ戻すことを認める逃亡奴隷法ができると、彼女たちはカナダに逃れます。メリーランド州からカナダまでは約1,000キロです。自由黒人、奴隷の逃亡をそれまで助けていた白人達には「地下鉄道」の活動はもう無理に思えました。ところがハリエットは彼らに宣言します。

Harriet: But I’ve heard their groans, their sighs. I’ve seen their tears. And I would give every last drop of my blood in my veins to free them. So, I ain’t giving up. I am going to do what I got to do. Go wherever I got to go, however I got to do it, to free as many slaves as possible till this beast, this monster called slavery is slain dead. (私は彼らのうめき声、ため息を聞いてきた。彼らの涙も見てきた。彼らを自由にするためならば、私の血管に流れる血の最後の一滴までも捧げる。だから私は決して諦めない。やるべきことをやる。行くべきところに行く。手段は選ばない。この奴隷制度という怪物の息の根を止めるまで、できるだけ多くの奴隷を解放し続ける)<01:33:40>

その決意の堅さは奴隷主に追い詰められた彼女の言葉からも知ることができます。

Harriet: I reasoned that there was one or two things I had a right to. Liberty or death. If I couldn’t have one, I’d have the other. (考えた末に一つか二つの権利が私にもあることに気づいたの。自由か死か。一方が無理ならもう一方をとるわ)<01:51:57>

ここで紹介した台詞はいずれもハリエットの実際の言葉です。南北戦争が始まると彼女は北軍の男性兵士150人を率いて戦いました。黒人女性という“invisible”(見えない)な立場を利用してスパイ、斥候としても活躍し、戦後は女性の地位向上、晩年は高齢者や孤児の救済に力を注ぎました。90年あまりの生涯を閉じたときの最後の言葉は、“I go to prepare a place for you.”(あなたたちの居場所を用意しにいきます)でした。

ハリエットはオバマ政権下で黒人女性として初めて20ドル札の肖像になることが決まっていました。しかしトランプ前大統領はそれを「意味がない」と先延ばしにしました。バイデン大統領は、現在のアンドリュー・ジャクソンの肖像からハリエットの肖像への変更を進めると表明しています。ジャクソン元大統領は奴隷を所有し、先住民を弾圧し、土地を奪ったことでも有名です。そうした人物から黒人女性の活動家へと肖像が変わることは、過去の反省と人種間の融和への象徴でもあります。人種差別が再び顕在化している米国でハリエット・タブマンのお札を人々が手にすることは、彼女からのメッセージを受け取ることに他ならないのかもしれません。