なくならない人種差別

タイトル:なくならない人種差別― “Hidden Figures”
投稿者:藤倉なおこ(京都外国語大学)

黒人男性が白人警官に押さえつけられて死亡したことを受けて、アメリカだけでなく世界各国で抗議デモが起こっています。参加者が掲げた当たり前であるはずの“Black Lives Matter”(黒人の命は大切)のスローガンは、黒人の命がいかに簡単に奪われているかを訴えかけています。英語には“police brutality”という人種差別に基づく過剰な警察の暴力、威嚇、恫喝を指す表現があります。今回のことが大きな運動に発展している背景にはこの事件が今回たまたま起きたことではなく、同様の暴力を警察が繰り返している事実があります。

報道を見て思い出すのは、映画『ドリーム』(Hidden Figures, 2017)の一場面です。映画は1958年から1963年にかけてNASAが実施したアメリカ初の有人宇宙飛行、マーキュリー計画に携わった黒人の女性数学者たちを描いています。現在のようなコンピューターが開発される以前、「コンピューター」と呼ばれた女性数学者たちが、宇宙開発に必要な高度な計算を行っていました。ところが彼女たちの存在は、黒人女性マーゴット・リー・シャッタリーが本にするまで表舞台に出ることはありませんでした。まさに英語の原題、 “Hidden Figures”(隠された人びと)だったのです。

映画の冒頭、主人公Katharineを含めた黒人女性3人がNASAへ通勤中に畑で車が壊れ、そこにパトカーが近づいてきます。普通であれば、助けてもらえる、ありがたいと思うはずですが、3人の間に急に緊張が走ります。三人は身なりを整え姿勢を正し白人の警察官を迎えます。

Mary: Girls. (見て)
Dorothy: No crime in a broken-down car.(故障は犯罪じゃない)
Mary: No crime being a negro, either.(肌が黒いこともね)
Katharine: Button it up, Mary. Nobody wants to go to jail behind your mouth.(言葉に気をつけて、逮捕されたくない)
Mary: I’ll do my best, sugar.(頑張ってみる)
Police Officer: Not a great place for three of you all to be having car trouble.(こんなところでエンストか)
Mary: We didn’t pick the place, Officer. It picked us.(車がここを選んだんです)
Police Officer: You being disrespectful?(ナメてるのか)
Mary: No, sir.(いいえ)
Police Officer: You have identification on?(身分証は?)
Katharine: Yes.(持ってます)<00:04:03>

今では“Negro”は差別用語ですが、かつては「黒人」を表すことばでした。 “No crime being a negro, either.”(黒人であることは罪じゃない)と口にするのは、黒人だというだけで警察官に「いいがかり」をつけられて逮捕されてもおかしくないからです。白人であれば冗談になることも黒人が口にすると “disrespectful”(無礼な、失敬な)となるわけです。今もそのことは変わっていません。黒人であること自体が理不尽な暴力の被害者になるかもしれない、時には命を奪われかねないリスクなのです。今でもアメリカで黒人の子どもは、警官に呼び止められたときにはすべてに従って、決して口ごたえしてはいけないと教え込まれます。コロナウィルスの流行で生活にマスクが欠かせませんが、黒人男性は強盗と誤解されないようにあえてパステルカラーのバンダナや花柄のマスクをしているという新聞記事がありました。

そもそも17世紀にアフリカ系アメリカ人は、奴隷としてアメリカ大陸に連れて来られました。1865年に奴隷制度は廃止になります。しかしその後も差別はなくならず、マーチン・ルーサー・キング牧師が参加者約25万人のデモ「ワシントン大行進」で、人種、肌の色に関わらず平等を求めた“I have a Dream”(私には夢がある)のスピーチを行ったのは1963年、奴隷制度廃止から約100年後でした。スピーチの一節に “We can never be satisfied as long as the Negro is the victim of the unspeakable horrors of police brutality.” (口にするのも恐ろしい警察の暴力の犠牲者に黒人がなり続ける限り、我々は決して満足することはしない)があります。それから60年余り、差別、偏見の厚い壁はいまだに存在し『ドリーム』の実現は厳しいままです。